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【書評】「経営管理者は指揮者」(山岸淳子『ドラッカーとオーケストラの組織論』PHP研究所,2013)

はじめに

 実は私は文化政策とかメセナを研究しているのですが、チェックする学会の一つに「アートマネジメント学会」というのがありまして、その中で紹介されていたのが今回取り上げる本です。私自身ビッグバンドオーケストラが趣味で、本書の題材であるクラシック音楽のオーケストラとは異なるものの、大人数の組織による実演音楽には関心があり、研究もそうした実演音楽の活動基盤の確保について考えてきました。
 そんなわけで完全に個人の関心から読み始めましたが、「組織」についてさまざまなフックが散りばめられていて、多くの人の役に立つ本だと思ったので紹介します。またサッカーとの共通点もありましたが、これはまた別の機会にでも。

ドラッカーの知られざる側面

 ドラッカー(1909-2005)といえば最近だと『もしドラ』ですね。小説から始まりアニメ、映画にまで展開されたヒット作で、私がドラッカーの名前を知ったきっかけです。この作品で取り上げられたのが『マネジメント』という経営管理の手引書であるように、ドラッカーは経営学者として知られています。
 ところが本書の中ではそれとは異なり、オーケストラに関心をもつ著述家としてのドラッカーが描かれています。ドラッカーの生まれは実はウィーンで、そのため音楽に詳しいのです。ビジネス=アメリカのイメージからてっきりアメリカ人だと思っていました。そんな音楽にも造詣が深いドラッカーは、経営学者として音楽組織にも言及しており、そうした日本ではあまり知られていない側面を論じているのがこの本です。
 そうしたドラッカーの組織論を下敷きに、著者の山岸が自身の交響楽団勤務経験と、研究者としての知識を生かしてオーケストラの組織論を展開しています。

ドラッカーの予見した「情報化組織」

ドラッカーは「”未来の組織”が急速に現実化している。未来の組織は、情報サービスを主軸としたもの、または情報が組織の構造を支える組織である」と述べている。そしてこのような組織をドラッカーは「情報化組織」(Information-based Organization)と呼んだ。(38)

 ドラッカーは将来の組織モデルを予測していて、それが「情報化組織」です。情報社会と呼ばれて久しく、最近だとIoTやデジタルネイチャーといった言葉をよく耳にしますが、こういった情報と組織の接触を早い段階からドラッカーは予測していました。

情報化組織に必要なものはリーダーシップである。自己規律を持ったパフォーマンスを要求し、末端レベルの管理職からトップマネジメントに向けられる様々な要求を尊重するリーダシップである(39-40)

 そして情報化組織に必要なものにリーダーシップをあげています。少し補足すると、情報化組織においては権限ではなく情報が組織を支えるために上下関係は存在しません。そのため命令により動くのではなく、自らが自らを律して自発的に動くことが組織構成員には求められます。そうしたことから山岸は「新しい「情報化組織」の特徴は、ミドルマネジメントの不要化と、トップダウンでなく自律的な責任によるコミュニケーションに基づく組織、そして強いリーダーシップである」と述べています。

経営管理者は指揮者

「おそらく組織の構造や、マネジメントの問題は、病院、大学、オーケストラなど、今日の経営管理者や学者が関心をもっていないような社会的機関の組織や、問題と似たものになっている」(37)
(ドラッカー『新しい現実』1989年より著者引用部)

 山岸はドラッカーの著作から上の言葉を引いて、オーケストラに未来の組織の姿を重ねていたと指摘します。つまり情報化組織で想定されるのは肉体労働者ではなく、知能労働者であり、何かしらの専門家です。そうした集団は情報に基づいて自らの行動や役割を決定するとされ、したがって管理者の役割は専門家ができることを行うのではなく、専門家の能力を把握してビジョンを提示することです。そうしたことから、経営管理者と指揮者を重ねていると考えられます。

オーケストラの演奏家は、それ自身が専門家なので、指揮者の判断を仰ぐまでもなく、楽譜を読み取り、音の意味を理解して解釈し演奏する一定の技量をもつ。さらにそこに指揮者の判断が加わる。指揮者はその解釈を的確に演奏家に伝え、演奏家はその解釈が聴衆に伝わる演奏をしなければならない。卓越した解釈と伝達の技術、これが音楽家の専門性である。(44)

 最近だと「ビジョン・ドリブン」などが近いでしょうか。オーケストラでいえば組織を支える情報とは「楽譜」で、その楽譜を指揮者が解釈することで意味や目的を付与し、そこに演奏家が賛同することで「演奏」が成立します。同様に経営管理者も意味や目的をもったビジョンを提示することで、さまざまな専門家を同じ方向に導くことが今後求められるのかもしれません。

使命を示す必要性

 ボウモルとボウエンが証明したように、オーケストラやミュージカルなどの実演芸術は経済発展につれて赤字を生み出してしまう構造をもっています。そのため今では多くの楽団が非営利組織として活動、その基盤を自治体などの支援によって成り立たせています。そんなためなのか、あまりマネジメントの重要性が語られてきませんでした。

ドラッカーは、非営利組織は、企業のように収益という共通の成果基準がないからこそ組織の成果を測ることが難しく、それゆえ成果を上げるためのマネジメントが必要なのだと考えた。さらに非営利組織は、利潤を追求しないがゆえに、その固有のマネジメントの難しさがあると考えていた。(224)

 非営利組織は収益が目的ではなく、オーケストラであれば「音楽を届ける」のように使命が目的になります。そのためその成果が測りにくいです。ちなみに最近だと説明責任のために自治体から目に見える成果が強く求められるようになっており、安易な観客数増加施策がとられることなどが疑問視されてます。
 それゆえに非営利組織は使命からスタートする必要があるが、これは企業にも同じことが言えるとも指摘しています。そして使命を掲げるためには、オーケストラであれば聴衆、一般企業であれば顧客の創造が必要なのです。ここでドラッカーの最も有名な言葉の一つ「顧客の創造」と結びつくのです。
 音楽はコミュニケーションであるため聴衆がいなければ成立がせず、そもそもの使命が果たせません。無人の森で木が倒れても音はしないのです

おわりに

 オーケストラを音楽事業を行う非営利組織と見ると、一般企業とは関係性が無いように見えます。しかし組織という点から分析してみると、「情報化組織」と「顧客とのコミュニケーション」という共通項が浮かんできます。これからの組織に必要なのは専門家を動かす「指揮者」かもしれません。


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