【Review】2019年J1第8節 川崎フロンターレVS.湘南ベルマーレ「ボールを回せれば時間が生まれる」

はじめに

 2019年J1第8節の川崎フロンターレは、2-0で湘南ベルマーレに勝ちました。
 松本戦ぶりの複数得点、そして鳥栖戦に続いて無失点と良い結果に終わりました。谷口の負傷で心配された守備でしたが、マイケルと奈良が不安を感じさせない活躍を見せてくれました。

取られないことが味方に時間を与えた

 川崎のボール支配率は52.6%で、横浜戦の46.6%に次いで低い数字です。これまでの湘南との対戦のイメージとは少し異なり、湘南もボールを保持することが多い展開でした。これは湘南の意図したものでした(後述)。
 というわけで決してボールを持ち続けていたわけではありませんが、奪われることが少なかった試合だったと思います。特に中盤のボールロストがほとんどなく、これがこの試合の展開を決めました。
 大島、田中のボランチに家長を加えた3人のパスワークは圧巻で、湘南の中盤は取り所を見失っていました。CBの奈良とマイケルもスムーズにパスワークに参加し、ボール保持においては今季ベストといっても良いと思います。
 こうした安定したボールキープはチームに時間を与えてくれます。その恩恵を特に受けたのが知念と小林の2トップです。彼らは相手を外すのが上手い選手ですが、そのためにはタイミングを見極めなければならず、つまり多少の時間が必要です。この試合ではその時間が多く、何度も相手DFを外す動きを繰り返すことができ、結果的に裏でパスを受けることができました。
 もう一つ、安定したパスワークは湘南守備陣にストレスを与え続けました。時折遊び玉を混ぜて相手を食いつかせることで、守備陣形を少しずつずらすことに成功します。つまりただボールを相手ブロックの外で回しているだけのように見えても、実は徐々に相手を乱していて、2点目のように相手CB間にギャップを生み出すことができるのです。
 このように大島の復帰が川崎のパスワークに息を吹き込み、攻守ともに生き返りつつあります

そこに馬渡

 こうして得た仕掛ける時間で川崎は先制しました。まずきっと疑問なのが馬渡がなぜあそこにいたのか。その理由のひとつが上記で述べたように駆け上がる時間があったからです。チーム全体が相手陣地に進入して、かつCB奈良も高い位置を取る余裕があったからこそ、SB馬渡はゴール前までチャレンジできたのだと思います。
 一方でそもそもなぜ進入を選択したのでしょうか

馬渡「1点目のシーンは練習でもやっていた形だし、自分自身ペナルティエリアに入って得点に絡んでいきたいと思っていた。ボックス内の仕事という意味で、ああいう抜け出しはもっとやっていきたいし、逆にこれまで少なかったと思う。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2019 明治安田生命J1リーグ 第8節 vs.湘南ベルマーレ」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/j_league1/08.html>)

上のコメントにあるようにチームとしての狙いではあったようです。ここまでの川崎はボールは持てども点が入らない状態でした。その原因の一つにゴール前の人手不足がありました。1トップが攻撃の起点になりつつゴール前に顔を出すのは大変で、今季はそれが上手くいっていません。
 そのため2トップにしたりしているのですが、その対応の一つがSBの攻撃参加です。SBがPA内に進入することは少なく、だからこそ進入すると守備はマークするのが難しいです。走る距離は増えますが、SBの攻撃参加は川崎にとって一つの打開策になりうるのです(「そこにエウソン」を思い出してください、といえばきっと伝わるでしょう)。
 味方が作ってくれた時間を利用して馬渡がPA内に進入し、大島がリスクをとって緩いパスを供給し、最後は阿部のスーパーショットで華麗に先制しました。

奈良がもっと楽しくプレーできるか

 2点目は間違いなく奈良のパスで決まりました。奈良のああいったスルーパスは今季のサポーターの注目ポイントの一つでしょう。セレッソ戦で見せたようなパスが、今節は得点に結びつきました。

奈良は選択をキャンセルする時にボールを持ち直す癖があり、その分時間がかかって相手に寄せられてしまいます。また持ち直す時にボールを前に出すので、相手のプレッシャーを受けやすくなってしまいます。
(引用元:六「【Review】2019年J1第6節 川崎フロンターレVS.セレッソ大阪「脅威であり続けた知念がチームの意識を変える」」<https://note.mu/6_culture/n/n07d2fee1d40a>)

 セレッソ戦のレビューでは上のように奈良のスルーパスのデメリットを挙げました。ただやはり本人が一番それについて考えていました。

奈良「1点目のアシストは自分のなかで到達点とは思っていなくて、ああいうプレーをすることで自分にプレスがくれば他の選手が空いてくる。そこの方が大事。周りの選手を使う判断はまだ精度が低いと感じている。今回は知念の動きに対してどのタイミングで出すかだけを判断していた。自分が狙っているところを警戒されたらどこが空くのかを見られるようになれば、もっと楽しいだろうなと思う。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2019 明治安田生命J1リーグ 第8節 vs.湘南ベルマーレ」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/j_league1/08.html>)

 おそらく今後は奈良が指摘しているように、スルーパスは警戒されるでしょう。そうなった時には必ず他が空くので、判断を変えられればチャンスになります。奈良は中長距離パスの精度は高いので、遠いところを冷静に見ることが出来れば相当脅威になるでしょう。奈良がサッカーの新たな楽しみに気付いた時、チームはまた一段強くなるかもしれません

攻守ともに未完成だった湘南

 湘南は川崎の2トップに対して3バックで臨みました。噛み合わせ的に受け渡しが必要になるため難しく、結果的にはハマらなかったことが勝負の分かれ目になりました。
 右から山根、フレイレ、小野田の3人で小林と知念を抑えようとします。しかし二つの理由で上手くいきません。一つは受け渡しがスムーズではなかったからです。中央からサイド、サイドから中央のような横の動きへの対応が悪く、度々裏を取られていました。特にフレイレはマークを見切るのが早く、FWをフリーにすることが多かったです。
 もう一つがフレイレの意識が前過ぎたからです。前で奪おうとする意識が強いためにFWの落ちる動きに着いて前に出ることが多く、そのため常にDFラインにギャップが生まれました。フレイレは攻撃の時も前への意識が強く、パスの多くを味方前方のスペースに向けて出していて、川崎の選手との距離が近づき過ぎて取られることもありました。
 一方攻撃では、最終ラインから繋いで攻める意図がありました。しかもサイドばかりでなく中央突破も試みていて、攻撃の経路は多様でした。近年の湘南は曹監督が述べているように、カウンター一辺倒からの脱皮を図っており、それが実りつつあると感じました。

曹監督「ボールを相手に渡し、守る時間を長くして、少ないチャンスをモノにするという戦い方だけだと、やはりこのリーグでやれることは限界があります。」
(引用元:Jリーグ公式HP「試合結果:川崎vs湘南<https://www.jleague.jp/match/j1/2019/041901/coach/>)

 しかし全体を通してミスが多く、シュートまで持っていくことが難しい試合になりました。一つの原因が技術面のミスで、一つのパス交換をとってもトラップが浮くシーンが散見し、パス本数の多さが逆に仇となっていました。曹監督が「プレゼントパス」と表現したように単なるパスミスではなく、すんなりとカットされて川崎ボールになるようなパスが多かったです。

曹監督「彼らに押し返されてしまったのは、僕はわれわれのイージーなプレゼントパスが原因で、彼らに「ラッキー」と思われてゆっくりいなされたと思います。プレゼントパスとパスミスは別物で、今日は特に前半にプレゼントパスが多かったと思います。」
(引用元:Jリーグ公式HP「試合結果:川崎vs湘南<https://www.jleague.jp/match/j1/2019/041901/coach/>)

 もう一つが意思疎通の面で、カウンター攻撃からボールキープによる立て直しに移行する時のミスが多かったように思います。選手間で、そのまま攻めきるのか、それとも一旦ボールを保持するのかの切り替えタイミングが合わず、ポジショニングが遠くなってしまうことがありました。そうなると判断が難しく、ミスで奪われて終わることが増えてしまいます。こうした原因から攻撃の質は上がらずに試合は終わりました。
 おそらく昨年の湘南の戦い方をそのままやられた方が厄介だったとは思います。しかしそれでは先がないと曹監督は考えたのでしょう。たとえ未完成でも、次のステップに行くための我慢なのでしょう。リーグ後半に湘南と当たるのがいまから恐ろしいです。

90分をコントロールする大島

 この試合も大島は別格でした。前節でも感じましたが、試合全体90分を意識したプレーをしていると思います。その一つに時間帯を意識したリスク管理があります。
 たとえば1点目に繋がった馬渡への緩いパス、鳥栖戦でも同様なパスが見られましたが、ああいったパスは以前の大島には見られないプレーです。なぜなら不確定要素が多すぎるからです。これまでの大島は確実なプレーを選択することに長けており、悪く言えばリスクを冒さない選手でした。
 しかしこの2試合で見せたあの緩いパスは、よく見積もっても五分五分のボールで、奪われる危険性が大きいものです。それでも出すということは、そのリスクを踏まえた上でも得点の可能性があるなら出してみるという判断をしているのだと思います。
 ここで重要なのはそうしたパスは前半にしか出していないことです。もちろんまだ2試合だけなので早計ではありますが、とはいえ無理をするタイミングは考えているのでしょう。時間帯に加えて、味方のポジショニングなどを確認した上で、多少リスクがあっても得点の可能性があるなら出してみよう、ということを考えているのだと思います。
 なので後半の大島のプレーは冷静で、無理に縦パスを入れるシーンはほぼなかったと思います。きっと頭の中では「3点目は欲しいが、2-0という状況を考えると失点しないことの方を優先する」という考えていたのでしょう。
 大島はこういったその場の状況だけでなく、90分全体を考えた上でプレーできるようになっているなと思います。逆に途中出場の鈴木の65分のようなプレー(ボール奪取後中央にドリブルして奪われてシュートまで持っていかれた)は、考えられていないと感じました。チーム全体で考えられなければいけないことなので、ああいったプレーは早急に修正すべきでしょう。

おわりに

 見事に2連勝を飾った川崎。結果はもちろん、内容もよかったです。個人的には今季ベストゲームだと思います。
 ここからGWに入って連戦が続きます。おそらくスタメンを固定することはなく、毎試合様々な組み合わせが試されるでしょう。そうした状況を悲観するのではなく、むしろ新たな川崎を作っている過程だと考えて、積極的に楽しむのが良いのではないでしょうか。

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