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【Review】2019年J1第13節 川崎フロンターレVS.大分トリニータ「両面作戦の大分から主導権を奪って宙に投げた川崎」

はじめに

 2019年J1第13節の川崎フロンターレは、1-0で大分トリニータ勝ちました。
 ともにリーグ戦で長らく負けてないチーム同士の対戦。相手は昇格組とは思えない完成度だと評判の片野坂トリニータ。何よりも名古屋に続いて順位が上ということで、舐めてかかったらやられる相手です。
 そんなこと重々分かってるよ、と言わんばかりに用意周到だったのが今節の川崎で、相手のやり方をリスペクトした戦い方で見事勝利を納めました。

大分の両面作戦

しかし、保持者の前方がまったく開けられないほど敵がハイプレスを仕掛けてきたらどうするか。大分はそうならないようにGKを加えて数的優位を確保しているわけだが、そこまで相手が前へ出てきているなら前線は同数になっているからロングパス1発でチャンスメークができる。後方のパスワークでプレスを外しても、一気にカウンターを仕掛ける状態を作れる。つまり、後方のポゼッションは相手がハイプレスしてこなければ押し込んでいく、プレスしてくればひっくり返してカウンターにする、この両面作戦になっているわけだ。
(引用元:西部謙司「J1で最もモダンなトリニータ。計算された「擬似カウンター」、戦術を左右するGK高木駿【西部の目】」『フットボールチャンネル』<https://www.footballchannel.jp/2019/05/03/post319991/>

 大分の戦術については西部さんの記事を読んでもらうのが早いですが、大事なところは上の部分です。以前川崎に所属していたGK高木の技術力とプレスにビビらない胆力で相手プレスを無効化し主導権を確保。相手の動きを見ながら後出しジャンケンするようなサッカーが大分の特徴です。
 最終的にはPA内で藤本に仕留めさせるのが一つの形で、そのために狙うポイントが相手PAの脇のスペース。ここにシャドーの2人が中央から斜めに走ることで、相手のマークを混乱させてフリーでボールを受けることが出来ます。片野坂さんのコメントにあった「左でオープンで持てる選手というのは戦術的にも大事」というのは、おそらくタッチライン近くから同サイドのPA脇深くにパスを出す選択肢を持てるからだと思います。

そして高畑も左サイドのところで、前回の清水戦でミスがあったり入りが悪かったりというところはあったのですが、もう一度チャンスを与えようと、特に左サイドというところで左利き、左でオープンで持てる選手というのは戦術的にも大事だと思いましたので、そこで高畑がいけるところまで。
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2019 明治安田生命J1リーグ 第13節 vs.大分トリニータ」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/j_league1/13.html>)

主導権を宙に投げた川崎

 大分のサッカーはGK足元の技術が高く、少なくともJリーグであればどんな相手にも初めは主導権を握れると思います。なので大分と当たる相手はまずその主導権を手放させることが必要になります(セレッソは握らせたまま静かに0-0で終わらせてましたが)。
 そのため川崎は両面作戦が中途半端に終わるように仕向けました。普段の川崎ならば前線からのプレスでボール回収を目指しますが、GKの優位性がある大分にはそれが難しいです。とはいえボールを保持される展開は大分の思う壺なので嫌です。そこで人数をかけずに大分がボールを保持されない展開に持ち込もうとしました。それが最小限のプレスでした。
 前半から脇坂とダミアンでコースを切りながらプレスをかけます。おそらく奪えればラッキー、奪えなくてもボールを前に蹴らせれば十分くらいの思いだったと思います。さらに強みである松本と岩田の右サイドには、ここ最近安定している長谷川と登里の手堅い守備を当てて、一方で出たての選手がいてビルドアップに不安のある左サイドには家長が強くプレスをかける、アンバランスな守備を敷きました。
 その結果、大分は奪われはしないものの、時間をかけてビルドアップすることができず、理想の選手配置でボールを前に運べません。特に大分は間延びしたまま攻めることが増え、川崎陣地でボールを奪われるシーンが目立ちます。
 もちろん川崎のこの狙いは全てハマったわけではありません。前に食いつきすぎて裏を使われるとシュートまで持ち込まれており、前半立て続けに二回崩されたのはまさに前のめりになっていたことが原因でした。
 さらに川崎としても奪い切れるわけではないので、強みの攻守の切り替えを発揮できる場面もほとんどありませんでした。つまり川崎は主導権を奪って宙に放り投げることで、試合を五分に持ち込んだのです。ともに強みを出しにくい場を作り出しました。

給水タイムの有効活用

 29.2℃の暑さは選手にとって厳しかったでしょう。ACL、ルヴァン杯に出ていた選手はなおさらです。ただ川崎にとって救われた点が一つあり、それがマギーニョへの指示でした。
 大分は左右のSBの裏に選手を走らせてきており、マギーニョはその対応に困っていました。目の前の高畑と走り込む小塚(オナイウ)の二択を迫られるからです。ちなみに登里はもう慣れたもんなので、守田長谷川と連携して器用に守っていました。
 ホームの前半であれば右サイドバックは川崎ベンチの目の前です。つまりすぐに指示を出すことができます。しかしアウェイの前半だとベンチから一番遠くに位置するため、指示が届きにくいです。言語の問題で伝達するのも難しいのではないでしょうか。そうしたことからマギーニョの動きを修正させるのが困難でした。
 しかしそんな状況を救ってくれたのが給水タイムで、このタイミングでマギーニョはベンチに近づくことができます。実際に通訳から指示される様子がDAZNで確認できたので、ここで何らかの指示を受けていると考えられます。
 給水後のマギーニョは目の前の高畑をマークし、裏のスペースは味方に任せていました。この日マギーニョはゴールを決めましたが、守備の迷いが吹っ切れたことが、前に上がる推進力を生み出していたような気がします。給水タイムでの修正が、この試合の一つのターニングポイントになりました

不思議な車屋の右SB起用

 面白かったのが車屋の右サイドバック起用です。まずマギーニョはACLフル出場していたので、途中交代の想定はあったと思います。とはいえ鈴木もベンチに控えていた中で、なぜ車屋だったのでしょうか。
 個人的な見解では大きくは二つで、一つが前プレス後の戻りの速さです。マギーニョと同じタスク、つまり引いて受ける松本に対する積極的なプレスが車屋には課されていました。パスが後ろに出された時に素早く戻ることが求められるため、攻守の切り替えの点で優れている車屋が選ばれたのだと思います。
 もう一つ、自陣でも安心して持てる安心感が車屋にはあります。鈴木家長コンビの鬼キープは試合終盤では確かに有効です。しかしそれは相手陣地の話で、自陣に押し込まれていた展開を考えると、より技術力の高い車屋が選ばれたのではないでしょうか。
 とはいえ車屋としては複雑な心境だったでしょう。出場できることは嬉しいものの、右サイドバック経験者の登里を左に据え続けるという鬼木監督の判断は、車屋の目にはどう映ったのでしょうか。前向きな期待と捉えるのか、それとも現状の評価を突きつけられたのか。ここ一年ほどは良くいえば安定、悪くいえば停滞しているように見える車屋が、これをきっかけに変わるような気がしています。

普段と異なる戦い方を選択した鬼木フロンターレ

 チームのコンディション不良もあって、鬼木監督は支配率を高めて圧倒するのではなく、大分のやりたいことを潰すことを優先させます。試合が名古屋戦に比べてゆったり見えたのもそのためです。

大島「大分は自分たちのやり方がある程度決まっていて、それを遂行していくるチームというスカウティングがあった。その狙いを把握して、事前に準備できたことは出せたかなと思う。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2019 明治安田生命J1リーグ 第13節 vs.大分トリニータ」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/j_league1/13.html>)

 大島がこう述べているように、今節に向けては普段よりも相手のやり方を起点に試合を考えていたように思います。自分たちの強みを出すのが難しい状況も後押しして、ともに強みを出しにくい展開に引きずり込みました。
 鬼木監督はこうした相手のやりたいことを潰す戦い方が得意なように思います。意識的に支配率を下げた試合の勝率が高い(2018年は支配率50%未満の試合は3勝1敗)のも、相手のやりたいことを潰すのに支配率を下げるのが適当だと自信を持っているからだと思います。
 怪我人が多いこともあって色々な選手の組み合わせを試さざるを得ない状況ですが、鬼木監督にとってはネガティブではなく、むしろ戦い方の幅を広げる良い機会と考えていそうです。その意味では、この試合でいつもとやり方を変えても勝てたのはチームにとって大きいでしょう。
 とはいえ先制点が取れていなかったらどうなっていたかわからないのもまた事実です。攻撃で打つ手があったかというと、最終ラインの攻略というところでは光明はあまり見えず、脇坂の右足頼みになっていた可能性も否めません。そこにマギーニョ、本当に感謝です。

おわりに

 普段と雰囲気の違ったチームでしたが見事に難敵の大分に勝利した川崎。これでなんと2位に浮上しました。開幕当初は不安に思っていたサポーターも多かったと思いますが、これが近年の川崎なので慣れましょう。とはいえ例年よりも早いペースで順位をあげているなという印象なので、失速する心配が少しだけ…。
 戦い方の幅も広がってきて、昨年ほどスタメン固定ができなさそうなのが今季の川崎の特徴だと思います。今はある程度の試合展開には対応できそうな気がします。あとは0-0で終盤を迎えるパターンに強くなってくれれば言うことなしですね。

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