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【書評】「他人の言い訳はあなたの必勝法」(塙宣之『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』集英社,2019)

はじめに

 この本を手に取った理由はシンプルで、個人的にお笑いが好きだからだ。結論から言えば、単にお笑いが好きなだけであれば読まないほうが幸せだと思う。漫才を生み出す思考過程は、目の前の漫才を楽しむには邪魔な裏側だったりする。
 一方でお笑いに限らず、勝負の世界に魅了された人たちに刺さる部分が多い。表面上はM-1グランプリ、そして漫才の分析である。しかしその裏には本場の強さを痛感したうえで、それでも勝ちたいと願い、苦悩してきた姿が隠れている。勝つための工夫は必要だが、その前に必要なことを教えてくれる。

審査員の顔を持つ塙

 著者はヤホー漫才で有名、関東を代表する漫才コンビ「ナイツ」の塙宣之。最近では審査員の仕事も増えており、2018年のytv漫才新人大賞やM-1グランプリの審査員を務めた。優勝経験はないものの、漫才を分析する力が評価され抜擢された。そうした分析能力がこの本の根底にある。

大阪は漫才界のブラジル

 サッカー好き以外でも耳にしたことがあるかもしれないが、「ブラジルと日本ではサッカー文化が違う」とよく言われる。漫才界でも同様に「大阪と東京では文化が違う」と観ていて感じる。実際なにがどう違うのかは曖昧にしかわからないし、そもそも「文化」がなにを指しているのかもあやふやだ。ただナイツのように最前線で戦う人もそう感じていること自体には耳を傾ける必要がある。

「〔引用者注:関西人は〕なぜ、そんなにおしゃべりが好きなのか。それは、会話の中に常に笑いがあるからだと思います。このバックボーンが関西の漫才文化を支えているんでしょうね。サッカーで言えば、関西は南米、大阪はブラジルと言っていいでしょう。
ブラジルでは子供から大人まで、路地や公園でサッカーボールを蹴って遊んでいます。同じように、大阪では老若男女関係なく、そこかしこで日常会話を楽しんでいる。それが、そのまま漫才になっているのです。」(35)

 M-1グランプリはそもそも大阪吉本の企画で、吉本流の大会だ。塙さん曰く、関東芸人にとってのM-1出場は「漫才の総本山に殴り込みをかけているようなもの」であり、「道場破り」のようなものだ。つまりは大阪の文化に合わせた大会なのだ。
 M-1は漫才という娯楽を競技化したもので、スポーツに性質が近い。本著の中でスポーツの比喩が出てくるのもそのためだろう。スポーツにルールがあるように、明文化されていないがM-1にもルール(審査基準)があり、それは大阪に有利になっているようだ(数の論理があるのも事実)。そこに気付かずに正々堂々と戦っても勝てないのだ。

限界と向き合う

 ルールを分析していくと、自身の限界にぶち当たる。塙さんも関東の言葉はこのルールに不利だと気付き、正々堂々としていたは勝てないと気付いた。一方で関西の芸人にも限界はあると気付く。型があるがゆえに選択できない戦略がある。ここに勝てる可能性があると。

「相撲でいう「ひとまずぶつかれ」同様、関西には、漫才たるもの「ひとまず掛け合って、テンポよくしゃべれ」という大原則がある。それゆえ、うまいなとは思うものの、発想でぶっ飛んでるなと思わせるような規格外のコンビは大阪からはあまり出てきません。そこが関東芸人の生きる道です。突き抜けた武器を手にすることができれば、関東芸人でもM-1で勝てるかもしれない。」(140)

 非関西芸人にとって有効な戦略だったのがコント漫才だった。M-1第一期(2001-2010)において優勝した非関西系のコンビは04年のアンタッチャブル、07年のサンドウィッチマン、09年のパンクブーブーのみで、彼らはすべてコント漫才だ。これはしゃべくり漫才では関西弁を使いこなす芸人には勝てないことから生み出された苦肉の策であると同時に、しゃべくり漫才という型を持った関西芸人からは生まれにくい発想だと塙は分析する。もちろん和牛のようにコント漫才を得意とする関西芸人もいるのも事実だが。
 お決まりが偏見としてお笑いの可能性を狭めているのかもしれない。関西のお笑いには原則、言いかえると「お決まり」がある。その典型が吉本芸人が全員でずっこけるあれだ。お決まりはお笑いのメソッドでも、団体芸を支える共通言語でもある。しかしそのせいでお笑いの線引きがはっきりしてしまい、お決まりからはみ出したことをお笑いとして認識してもらうことが難しいようにも見える。

ルール上避けられない部分

 ではお決まりをはみ出した独自性溢れるネタならM-1に勝てるのか、といえばそうでもない。斬新すぎるとマジカルラブリーのように怒鳴られてしまう。M-1という戦いのルール上不可欠な要素があり、それを塙は「強さ」と表現している

「ただ、僕たち〔引用者注:ナイツ〕になくて、サンドウィッチマンにあるものがあります。それが、やはり強さなんですよね。伊達(みきお)さんが「うるせえな!」とか言うと、ものすごくお客さんのツボにはまるんです。ナイツにはないパワーがある。アンタッチャブル同様、ストレートが速いんです。あれだけボケ数が豊富で、それを際立たせる強さがあれば、コント漫才でも、関東言葉でもM-1で勝負できます。M-1歴代王者のツッコミを見渡すと、例外なくストレートが速いです。言葉巧みなツッコミも持ってますが、それも速いストレートを持っているからこそ効果的なのです。」(146)

 これはお笑いというよりもM-1の性質上ではあるが、たしかにコント漫才で優勝しているコンビでも「強さ」を感じる。M-1のルール、つまりは関西漫才から逃げていないのだ。そしてこの点で非常に近い指摘が五百蔵さんによるサッカー日本代表分析の中にある。

「ハリルホジッチとエディ・ジョーンズはそのチーム作りや標榜するロジックを見る限り、「ルール上避け得ない局面を耐えずして独自性なし」という認識で一致していたことでしょう。[…略…]不可避の「デュエル」を戦えというテーゼ、それは単なる現状認識であって、エディ・ジョーンズの事績と同じく「自分たちらしさ」をその上で発揮すべき基盤、現実に過ぎないのです。」
(引用元:五百蔵(2019),p.232-233.)

 共通するのが独自性の裏にはそれを支える基盤があるということである。塙の言う「強さ」や「速いストレート」がそれに当たるだろう。
 勝負の世界には何らかのルールがあり、競技者はその制約からは逃れられない。独自性はたしかに大切だが、それはルールと向き合った後で初めて発揮されるべきものなのだろう。

おわりに

 読む前はもっとテクニカルなことが書かれていると思っていたが、開けると塙さんの勝負観が詰まっていた。勝負においてはルールと向き合い、自身の限界を自覚し、その上でどう戦うかを考える必要がある。ヤホー漫才はそのように考えた末の戦略だったのだ。
 ナイツはM-1優勝を果たせずに「言い訳」にしかならなかった。彼の言い訳があなたの必勝法になることを願う。



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文系大学院で浮世から離れて文化とは何かを考える日々、に戻りたいと思う毎日。川崎フロンターレサポです。サッカーを文化に。 twitter:@frontale_foot6

書評

サッカーに関係しそうな本を中心に紹介します。たまに自分の勉強用の書評も書きます。
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