ピンボールとジャズギター、あとクラウドとか。

 僕がまだ年若く、その異様な光と音を放つ大きな物体が意味することを、まだ正確に分かっていなかった時分に、父があるアドバイスをしてくれた。
「このゲームをやる時にはだな」と、父は言うのである。
「まず、楽な服装をしろ。そして、自分の手の位置を正確なポジションにつかせ、頭を上げろ。それから体重をまず足に、それから手にかける。ゲームが始まったら後は適当で良い。好きにしろ。だがな、惨めにボールをロストしてもだな、決して癇癪を起こしてはいけない。常にこのゲームの前では紳士でいることを心がけろ」
 父はこれ以上何も教えてくれなかった。思えば父が何かのアドバイスをしてくれたのは、これが最初で最後であったが、その後の人生において、この言葉は一つの規範となって僕の中に存在している。

***

 皆さんは、ピンボールというゲームをご存じだろうか?

傾斜した盤面とそこを転がり落ちる球、それが最後に落下しないよう跳ね返す。ただその作業の繰り返し。だがこのゲームには、人類が開発した工学技術の英知が搭載されていると私は思う。例えば、盤面にはさまざまな障害物や得点となるターゲットがあり、多くは自動で球を跳ね返す。多くは『自動』で跳ね返すのだ。この仕組みを説明するのはなかなかに難しい。はじめて、ピンボールのメンテナンスの様子を見た時に、複雑ではあるがとても洗練されたその構造に、子供ながら感心したものである。

 またピンボールは電気を使ったゲームだ。電気が通っていないピンボール台はピクリともしない。完璧な沈黙が周りを覆う。さっきまで、やかましく光り輝いていた彼とはまるで別人のようだ。そんなピンボールが私は好きだった。ピンポン球くらいの鉄球が重力加速度をうけて、勢いよく落ちてくるのはとてもアナログな感じがするくせに、電気が無いと何もできやしない――まるでアンプに繋がっていないジャズギターのようだ。
 みなさんが一番プレイした事が多いピンボールはWindowsに付属している『3D Pinball 'Space Cadet'』であろう。グラフィック自体は現在の標準から比べると見劣りはするし、実物のようにボールが加速する感じは体験できないが、実はこのゲームはピンボールの基本が再現されている。
 このゲームで一番驚いたのは、ティルト(台を激しく揺すると、ゲームが停止する機能)がしっかりと再現されていた事である。ピンボールにおいて、ボールの動きに変化をつけるために、台を揺らすというテクニックは上級者になるためには必須のテクニックである。この動作に対抗するためにメーカーが付け加えた機能がティルトとなる。この揺れに対する許容量は各マシンによって異なるので、その範囲内において揺らしを行うのがプレーヤーの力量となる。それがWindows版でも『xキー』を連打する事で再現できていた。この機能の存在を知った時、一人ニヤニヤと笑ったものだ。
さてみなさんも、この文章(大変下手な説明ではあるが)を読んで、ピンボールがやりたくなっただろうか?さあ、家に帰ってWindowsのパソコンを開いてみよう。それでは、「Have a nice game!!」

***
「――それで、お父様のピンボール台はどうなったの?」彼女が聞いた。僕は先程運ばれてきたチリソース添えのフライドチキンを頬張りながら、
「処分したよ。僕が小学5年の時にね」と答えた。
「どうして?」彼女は心の奥から驚いたようだった。
「ずっとメンテナンスをしてくれた父の知り合いで技術士の方が死んだのさ。トラックにはねられてね」
 僕は「ピンボール台に挟まれてね」と言おうと思ったが、どう考えても彼女が笑ってくれる冗談では無いと思って、直前でやめた。
「でも、何も捨ててしまわなくても。思い入れのある台だったのでしょ?」
「君はピンボールの事をまるで分かっちゃいない」
 僕は冷えたビールを飲みながら、続けた。
「さっきも言ったとおり、ピンボール台っていうのはとても複雑で繊細なんだ。ちょっとでもメンテナンスを怠ると、全くダメになってしまう。残念ながら、僕と父にはその技術は無かった。今の日本にピンボールを完璧に保守できる人は5人くらいしかいないのじゃないかな。さらにピンボール台の交換部品を手に入れるちょっとしたコネクションが必要なんだよ、どう考えてもホームセンターで売られている品物じゃ太刀打ちできないからね」
 僕がそこまで話し終えると、彼女は何かを思い詰めたように手元にあるワイングラスを見つめていた。
 沈黙。窓の外には紅葉した木々の葉が、街灯に照らされ夜の闇から浮き上がっていた。風が吹いているのだろう、木々が揺れている。店内で流れてくるBGMはギターがアドリブをとるモード・ジャズ。JimHallであろうか。ピアノと共に繊細で自分たちの世界を掘り下げていく演奏は難解で、拍をとることさえも難しい。そこから繰り出されるのは、あえて音数を減らした、厳選されたフレーズ。間違いないJimHallだ。ピンボールとジャズギター。

「それで――」彼女が口を開いた。
「あなたはもうやらないの?」
「何をだい?」僕は自分の意識を音楽から彼女の話に戻すのに少し時間がかかった。いつもそうだ。
「もちろんピンボールよ。だって自宅に台があったくらい何だから、今でも相当な腕前なのでしょう?」
 僕は思わず笑い出してしまった。
「今の時代ピンボールなんて流行じゃないよ。僕はもてないことはしない主義なんだ。それに第一、いったいどこにピンボール台なんて置いてあるのだい?教えてくれ、ピンボール台にはどこに行けば会えるんだ?」
彼女は何か考えを巡らせているようだった。自分の行ったことのあるゲームセンター(おそらく数えるほどしかないと思うが)の中の様子を再現しているのだろう。
「それもそうね」結論が出たのだろう。僕が何年も前に到達した結論に。
「いまさらピンボール台を配置するなんて凶器の沙汰だよ」
 二人は顔を見合わせて笑いあった。

 ピンボール お前はどこに 行ったのだ

 それは遠い過去の詩。

***
 2005年の冬。
 その日僕は、彼女が体調を崩してたと聞いて、いそいそとお見舞いに来た(当時、彼女は一人暮らしであった)わけだが、当人は相当に辛い様子で、すっかりと寝込んでしまっていた。当然のことだが、僕は全く相手にしてもらえず、持ち歩いていた小説を読みながら時間を潰しつつ、時々思い出したように「風邪は今が一番つらいが、そこをすぎれば楽だ」とか何とかよくわからない励ましをしていた。小説を読み終えると彼女からPCを借り、フリーのメールサービスにログインをし、必要なメールに返信をしていた。このサービスはIDとパスワードが分かれば、どこのPCからでもメールの送受信ができ、出先でも何の不便もない。初めて彼女のPCからログインした際に「私のパソが乗っ取られた」と騒いでいたが、今では慣れてしまったようだ。

 その時、僕の携帯が鳴った。電話も一つのアカウントとして統合されれば便利だな、と考えながら出ると、趣味でジャズギターを演奏する友人からであった。曰く、
「おい、聞いたか。ブルースエットにピンボール台が設置されたらしいぞ」

***
 私たちの視点としてのカメラは、古びたゲームセンターの一角を映し出す。ここがブルースエットという名のゲームセンターなのだろうか?おそらくはそうであろう。古びてところどころラシャがはげてしまっているビリヤード台と、どう首を斜めにしてみても、台が傾いたまま接地されているピンポン台。カウンターにはここ数年は心の底から笑ったことの無いような表情をした50過ぎのおじさんと、ビリヤード台には学生風の男性二人組が玉を撞いている姿が見える。
 他に客はいないのだろうか?
 私たちの視点はその疑問に応えるかのごとくフォーカスの中心から、画面を右へスライドさせる。そこに写りこんできたのは、何か真剣なまなざしで一点を見つめる青年(年齢は二十歳前後であろうか?)と、その先に対峙しているピンボール台。私たちの視点もその青年の肩越しにピンボール台と対峙をする。おそらくここでは厳かな気持ちにならなくてはいけないのだろう。私たちは青年とともに意識を集中させる。周りの雑音は振動することをやめ、あらゆる光がピンボール台に吸収されていく。無意識の覚醒。次にあたりを覆ったのは地の底からわき上がるような低いうねり。ピンボールの起動音だ。続いて、何万の鳩の群れが飛び立ったかのような、バタバタバタという音とともに、スコアボードに6ビットのゼロがたたき出された。そして、ボードに原色の光を点滅させながら浮かび上がる文字は、『Data East presents THE SIMPSONS』

***
「やあ、ひさしぶり」と僕は彼に声をかける。「だいぶ待たせたようだね」
「ああ、ほんとに待ちくたびれたぜ」と彼は今日僕がこの場にくることを事前に知っていたかのような口ぶりで答えた。それと同時にバンパーからボールがはじき出された。

 スリングショット、左フリッパー、ファーストターゲットコンプリート。

「いくつか質問していいかな?」
「かまわないよ、幸い俺には時間はありあまっているからね」彼は言った。
「残念ながら時間が有り余っているのは君だけで、僕は原因不明の光熱にうなされているガールフレンドのために、スポーツドリンクを買って帰らなければならない。それに、僕にとってゲームをしながら君と話し続けることは、いささか疲れる」
「それは失礼。だが残念ながら俺の方から君の世界へ語りかけることはできないのでね。お前と俺はゲームを通してでしか語り合えない。そうだろ?」
 僕はその問いには答えなかった。

左トラップ、右フリッパー、セカンドターゲットコンタクト。

「簡潔に行こう。君は僕のことを覚えているのかい?」
「もちろん覚えているさ」ボールはボーナスエリアに入り、盤上ではマーチがにぎやかに行われている。彼も鼻歌まじりだ。
「じゃあ君は本当に僕の家に置いてあったピンボール台なのかい?」
彼は少し間をおいてから、丁寧に言葉を選びながら話はじめた。 
「その質問の答えは、イエスでありノォウでもある。残念ながら君の家に13年間存在していた台は、君の記憶の通りに10年前に廃棄処分された」
その言葉に僕は少なからずショックを覚えた。それと同時に少し頭が混乱してきたようだ。

 右トラップ、キックアウトホール、リバウンド、ハギング、3番ターゲット。

「しかしね、キャラクタというのは損な役回りでね」彼は続けた。
「いついかなる状況でも完璧であることを要求されるんだ、つまり俺という存在を現実世界に射影したものが世界各地に散らばっていおうとも、一人の「シンプソン家の長男、バード。10歳」として振舞わなければならない。すなわち俺の記憶レベルは全世界で差異のでないようになっている。世界一有名なネズミと同じ考え方さ。キャラクタである以上、未来永劫これは変わらない」
「何となくだけど――」と断りを入れたうえで、
「――君達は何らかの仕組みを使って、絶えず記憶を同期しているということ?」
「そうではない、同期ではないんだ」すぐに否定された。
「同期というのはそれぞれの差異を埋める作業だ。そうではなくて、まずはじめにオリジナル――俺達が『実体』と呼んでいるもの――が生み出される。そして俺達はそれの『参照』とでも言うべきものなんだ。『参照』を通して『実体』が変更され、『参照』を通して君たちの前に『実体』が現れる。そして、そのオリジナルがどこにあるかは重要なことではない。君たちが作者と読んでいる者の頭のなかかもしれないし――いや、違うな、彼の肉体はとうに滅んでいる。だとしたらまた別の――神様のコンピュータとか、地球の真ん中とか、あるいは空に浮かぶ巨大な雲の中とか、そういったものに格納されいるだ」

 キャラクタ、実体、参照、一体何のことだ。

「すごいことだね、一体どういった仕組みになっているんだろう」僕は、4番ターゲットに狙いを定めながら、尋ねた・
「そんなのは知らないさ。ブラックボックスは開けることはできないし、開ける必要もない。ただ俺達にはその仕組がある、君たちにはその仕組がないだけだよ」

――あるいは、『まだ』ないだけなのかもしれない。僕は5番ターゲットのまえにあるフラッパーゲートが開くのを、待ちながらそんなことを考えていた。

「記憶というのはね」彼は続けた。
「秘密のことなんだ。デカルトの言う『我思う』の言葉は、秘密そのものをさしているんだよ。自分が考えていることというのは常にプライベートで、誰からも可視化されていない、だからこそ自分の存在を確認できる」
 ここまでは分かるね――と彼は言う。
「だから人には秘密が必要なんだ。自分の存在を確立するために。逆に言えば秘密を保有することを禁止されている俺は、すべての記憶を知っていても不思議じゃないだろ?」
「説明が上手だね」と僕はなかなか感心しながら言った。
「そりゃ全世界で何十年も思春期の少年を演じ続けているからね、いろいろ考えるさ」彼は笑った。
 ゲームはなおも進行し続ける。

 トラップ、リターン・レーン、6番ターゲット。ゲームは終盤3ボールマルチに移行した。

「君がさっき言った言葉をまとめると、『自分が自分でありえるためには他人の誰も知らない秘密を持つことが必要』と言うことになるね」
「そのとおり、お前はなかなか頭が良い」10歳のアメリカ人の男の子に誉められるのはなかなか不思議な気分がするものだ。
「じゃあ、君は自分の存在をどう思うの?秘密を共有しあう作業は自分が誰であるか認識できなく…」
 僕はこの発言をしたことをすぐに後悔した。あまりにも不躾な質問であったと思う。すぐに何でも理解したつもりになって、大事なことは見逃してしまう、いつもそうだ。
「それを俺に聞くのかい?」彼は言った。

 トラップミス、ボールドレイン(ロスト)。

 『すまなかった』の言葉すらでなかった。スコアボードがこのゲームの終了を告げる。
「何も気にすることは無い。世の中には役回りというのが必要なんだ。俺は自分の役割を演じるだけだし、君をうらやましいとは思わない。夜の月が昼間輝く太陽をうらやましがらないのと一緒さ」と彼は言う。スコアの表示。 最盛期の僕から比べれば目も当てられない数字だった。僕はガラス版から手を離し、床に置いてあったトートバックに手をかけた。
「帰るのかい?」と彼が言う。
「帰るさ」と僕が応える。
「もう来ないんだね?」
「ああ、もう来ない」はじめから決めていたことだ。
「寂しくなるな、このあたりの冬は厳しいから」
「スプリングフィールドは暖かいのかい?」
「もちろんさ、こことは比べものにならない」
「ぜひ行ってみたいな」
 僕の言葉とともに、少しずつ意識が覚醒していく。辺りには光が戻り、往来の車の音が聞こえ、ビリヤード玉のぶつかる音が聞こえた。
「さようなら」と彼が言う。さようなら。
 幻想と現の間で僕は考える、彼と僕の違いはなんだろう。記憶方法の違い?いや、記憶に関する仕組みの違いだろうか。
僕はアーケードゲームの脇をぬけて、カウンターのおじさんに軽く目であいさつをしながら、ゲームセンターを後にした。僕は後ろを振り向かなかった。一度も振り向かなかった。ただ、最後に彼の吐き捨てるような叫び声が聞こえた気がした。

「何も違いなんてないぜ。俺達の行き着く先は一緒さ!」

 けたたましい、ティルト時の警告音とともに。

***
 私達の視点は10m程度の高さ(これは電信柱の高さと同じくらいだ)から、冬の夜のとある交差点を見つめている。時間は真夜中を過ぎた辺りであるから人影はないが、月が大きな雲に遮られながらも、地上を照らしているため闇の恐怖はない。
 その視界に右端から、青年が侵入してくる。左手にはスポーツドリンクが入ったビニル袋を持っている。交差点の信号は黄色を点滅しており、車の通りもないようだが、青年は立ち止った。さて少し彼に近づいてみよう。その間に、青年はタバコを取り出し、気持ちを落ち着かせるかのように、ゆっくりと吸いはじめた。何かを考えているのだろうか。私達はただの視点としての存在であるから、彼の考えていることを認識することはできない。しかし、彼の表情と目線の動きから、思考を処理していることは確実である。私達はもう少し距離をつめ、青年を真正面から捉えた。
 
 しばらくすると、考えがまとまった(あるいは思考の継続をあきらめた)のだろうか、青年は少しだけ空を見上げ、大きくタバコの煙を吐いた。そして、左右に車が無いことを確認してから、正面に向かってすたすたと歩き出した。そして、私達を通り過ぎ、あっという間に視界から消えてしまった。
 
 彼の思考は煙と共に吐き出されたのかもしれない。その場から高く高く上がっていく。それ追うように私達の視点はゆっくりとパンアップし、紫煙が天上を覆う大きなクラウドに吸い込まれていくのを見続けていた。

***
 私は村上春樹の作品を青春時代によく読みました。この小品は彼の作品を強く意識した上で書かれています。
 全体の雰囲気は『アフターダーク』を模倣しています。また、ピンボールにスポットをあてたことは『1973年のピンボール』という作品の影響(自身の体験も当然ありますが)です。
 あと書き出しは『グレート・ギャッツビー』(F・スコット・フィッツジェラルド)のパロディです。パクリじゃねえかと言われたら元も子もありませんが、自分の主題は別のところにおいているつもりです。
 ありがとうございました。

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