水に許された女

白い水。冷たい水。浮き沈みしていた彼女はもう息をしていない。水深はそんなに深くなくて、私の太腿が浸かるぐらいだった。白い肌、黒い潤った長い髪。水死体というのはぶくぶくしていてもっと醜いものだと思っていたが、彼女は美しい。そのうち醜くなるものだろうか。手を離すと彼女は深い海に帰ってしまう。それが少し惜しくて私は手が離せないでいた。

彼女は水を愛していた。どんな液体でも愛おしく慈しむ。水槽を見れば手を突っ込み、プールを見れば飛び込む。お風呂はかなり長いこと浸かっているし、水族館に行けばいつまでも水槽を眺めて羨ましそうに魚を見つめ、時折嫉妬さえしていた。

「何故、人間は海を捨てたんだろう。陸よりずっと居心地がいいのに。愚かだわ。」

彼女はよくそう言っていた。そして、泳げない私を不思議そうに眺めた。

「海に帰りたい。私は海に住むべきだわ。」

そんな彼女を見ていたら、海に返すべきだと私はそう思った。

(私が返してあげよう。彼女を海へ)

美しい屍体。彼女にはやはり水が似合う。静かに手を離すと彼女は深い海に抱かれて逝ってしまった。

私は見えなくなるまで彼女を眺めた。

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