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ドメスティック・バイオレンスは家父長制の結果ではない

進化心理学ポスドクLimor Gottliebの記事抄訳。


研究によると、異性愛者の女性は、少なくとも男性と同等の頻度でパートナーに暴力をふるう傾向にあるという結果が一貫して示されている。

ご存知、ジョニー・デップは、2018年のワシントン・ポストで、自身をDV被害者だと告発した記事をめぐって、元妻アンバー・ハードを訴えている。この係争は米バージニア州の裁判所に持ち込まれ、裁判の模様が生中継されている。デップは、ハードが自分を殴ったり脅したりしたことを認める音声をいくつも記録しており、DVを痛烈に告発しているのが特徴だ。
「世界中に言ってみたらどう、ジョニー。私、ジョニー・デップは男で、DVの被害者ですって。どれだけの人が信じるか、味方になってくれるか見ものだわ」。

現在、パートナーからの暴力をテーマに博士論文を書いている心理学と人間関係の研究者として、私はこの事件を注意深く見守り、社会がDVというテーマを扱う際のダブルスタンダードに強いフラストレーションを抱いている。この論文では、広く一般に認められるDVへのジェンダー・パラダイムに反論し、代わりに経験則に根差した心理学からのジェンダー・ニュートラルの視点を提供する。

パートナーからの暴力(IPV)は、世界的な公衆衛生と人権の問題である。最近では、COVID-19による社会的孤立やステイホーム施策により、世界的にIPVの事例が激増し、この問題をさらに深刻化させている。
IPVとは、恋人に危害を加える行為全般のことを指すが、一般的には男性から女性への暴力というイメージがある。この考え方は「ジェンダーパラダイム」と呼ばれ、家父長的なDV観に由来している。ひいては、西洋文化の男性は女性を支配するよう社会化されており、女性に対する権力と支配を確立するために暴力を行使する権利さえ有するとされている。
しかし、異性愛者の女性はパートナーに対して、少なくとも男性と同じ頻度(以上ではないにしても)で暴力をふるう傾向にあることが、調査結果から一貫して明らかになっている。
CDCによると、米国では男性の7人に1人がパートナーから身体的虐待を受けた経験があり、男性の10人に1人がパートナーからレイプ、身体的暴力、ストーキングを受けた経験がある。国家統計局の最近のデータでは、英国で報告されたIPVの3件のうち、2件は女性で、1件は男性であることが指摘されている。DVの男性被害者は、虐待を犯罪としてとらえる傾向が弱く、友人や警察に相談しないことも多いことを考えると、この数字はかなりの暗数を含んでいる可能性すらある。

実際、DVの男性被害者は、疑義や不審の目を向けられることが多く、DVの支援やシェルターのほとんどが女性被害者を対象としているため、公的な保護を得ることが困難である。さらに、女性から男性への暴力は、女性からの暴力を受けている蓋然性が高いことを示す証拠があっても、裁判では深刻に扱われず、軽視される傾向にある。IPVの男性被害者は、身体的な傷害に加えて、心的外傷後ストレス症状などの心理的な影響にも苦しんでいる。

これらを踏まえれば、すべての家庭内暴力が家父長制だけの結果であるという見解は、誤解を招くだけでなく、危険でもあるのだ。したがって、今こそ私たちの考えを大きく修正し、DVのジェンダーパラダイムを、イデオロギーではなく、事実に根ざした科学的な視点に置き換えるべき時が来たのである。

では、家父長制でないとすれば、何が実際にIPVを駆動しているのだろうか?

IPVに関する家父長制の考え方は、人々(男女とも)にIPV加害のリスクを高める生物学的・心理学的要因があることを示唆する膨大な経験則によって、否定されて久しい。
人づきあいの中にいる、あるいはいたことのある人なら誰でも、争いが避けられないことを知っている。相互依存の高い(お互いの人生が深く絡み合っていることを意味する)すべての関係において、時として利害の対立が表面化することはあるだろう。これを「状況的カップル間暴力」と呼ぶ。パートナーと合意に至らなかったり、相手が問題を解決できなかったりすると、不満や怒り、不安が生じ、感情的な対立が急激にエスカレートして暴力に発展することがある。
IPVは、パートナー(男女とも)が、相手との関係において動揺や脅威を感じたときに現れる衝動的な行動として理解することができる。
実際、人々はパートナーに対して驚くべき割合で暴力をふるっている。米国では、6組に1組のカップルが毎年少なくとも1回はIPVを経験している。しかし、すべての男女の対立が暴力に発展するわけではない。

多くの研究が、愛着スタイルの個人差と、それらがカップル間で相互作用する様態から、両性のIPV加害を予測できると示唆している。愛着理論では、人々が生まれもった愛着システムは、幼児期の養育者との関係に影響を受け、恋人との関わり方に影響を与えることがあると説明される。
例えば、自分の要求に応え、安心させてくれる親を持った人は、安定型愛着スタイルを身につける傾向にある。安定型愛着スタイルを持つ人は、人間関係に不安を抱きにくく、親密さを心地よく感じ、他人を頼ることのハードルも低い。逆に、自分の要求に応えてくれず、ネグレクト経験や自分勝手な親を持つ人は、「不安」と「回避」の2つの次元で概念化される不安型愛着スタイルを発達させる傾向にある。

愛着不安は、親密さを維持しようとする束縛、安心・安定を得るための過度な依存などを特徴とする。愛着不安のある人は、パートナーからの拒絶のシグナルに敏感で、見捨てられ不安が強い傾向がある。その結果、不安型の人は、人間関係で苦痛や脅威を感じたりすると、パートナーとの関係において、支配的または強制的な行動(しばしば暴力的な行動)をとることがある。

一方、愛着回避は、親密さや距離を詰めすぎることへの恐怖を特徴としている。愛着回避型の人は、自立心が強く、他者に依存することを恐れたり、人間関係におけるトラブルの兆候を無視する傾向にある。心を閉ざしたり、逃げたりすることによって、対立を回避しがちなのである。

愛着スタイルとIPVに関する研究では、不安定な愛着スタイルを持つ人、特に不安型の人は、パートナーに対して暴力を振るう傾向が高いことが一貫して示されている。中でも、カップル間で双方の愛着スタイルがどのように相互作用するかが、IPV加害の予測因子となるかもしれない。
具体的にいえば、不安型と回避型のペアリングは災いのもととなりうる。例えば、回避的なパートナーが親密さを避けたいと思う一方で、不安的なパートナーは常に安心感を求め、身体的に寄り添いたいと思っている。べたべたした関係が苦手で自立していたい回避型は、不安型をピリピリしていて粘着質だと感じるかもしれない。その結果、不安型の愛着欲求が満たされないと、拒絶されたと感じ、回避的に近づくためによからぬ「抗議行動」(子供の癇癪のような)に走る可能性があるのだ。

不安型と回避型のマッチングは、追跡と逃亡、押しと引きの負のスパイラルにカップルを陥れるため、しばしば不安障害者と回避障害者の罠と呼ばれる。したがって、このようなカップルはより暴力を訴える隔離が高いと予想される。
ある研究では、回避型男性と交際した不安型女性は、追跡と逃亡のパターンにはまり、女性が男性の許容範囲を超える親密さを要求することが明らかにされた。その結果、回避的な男性が逃げ回ることで、不安型は要求をエスカレートさせるだけであり、親密さを得るためと距離を保つためという異なる動機で、両者が暴力を行使することになりかねないのだ。さらに、パートナーに見捨てられ、関係を失うという悪夢が現実のものとなってしまった日には、不安型にとって、別れはとても飲み込めないものとなる。そのため、不安型は、元パートナーにつきまとったり復讐したりする傾向が強いとも言える。

このように、性別にとらわれない視点から、IPVの加害につながる根本的なメカニズムを説明することで、DV問題を十分に科学的に理解することができる。しかし、愛着スタイルは、なぜ人が暴力に訴えるのかについて明白な根拠を与えるものであっても、むろん虐待を肯定するものではない。人の愛着スタイルは時間とともに変化し、トレーニングや専門家の支援によって、より安全な他者との関わり方を身につけることが可能であるという事実は一つの光明である。したがって、公的な治療的介入をさらに推し進め、DVの被害者と加害者の両方が利用できるよう発展させていく必要がある。

私たちが家父長制というレンズを通して説明し、生物学的・心理学的要因を軽視・無視している限り、DVは決して止まらないだろう。DV全般を家父長制のせいにし、すべての男性は女性を支配する力を得るために女性を虐待するように社会化されており、すべからく加害者であると示唆することによって、私たちはDVの男性被害者を無視し、彼らが声を上げる機会を奪い続けているのである。

最後に、DVはお互い様だと主張することで、矮小化や正当化をしてはいけない。

すべての女性は男性の支配と抑圧の犠牲者であり、自己防衛の手段としてのみ暴力に訴える、と主張することによって、私たちはDV加害者女性のすべての責任を免除している。社会として、加害者の性別に関係なく、DVに対しゼロトレランスであるべきなのだ。

COVID-19や#MeTooの時代である今ほど、DVの話題が重要視される機会は今後訪れないかもしれない。デップ対ハードの事件が、DVにおけるジェンダーパラダイムに終止符を打ち、DVについての会話を、女性・男性両方の虐待被害者に力を与えるものに再構築することで、社会変革の風を起こすことを願っている。

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