(後編)パパのなかの『アニマル浜口』

 ”叫ぶレッドブル” ことアニマル浜口さんは、なぜ「気合いだ!」と連呼するのか?

 パパの想像ではこうだ。昔、アニマルさんは、京子さんの成績が落ち込んだとき、気合いだ!と言ってみた。すると、成績は回復することが多かった。逆に良かったときに褒めてみると、成績は低下する傾向があった。だから、気合いだ!と常に叫ぶのが効果的だと判断し、長い年月をかけて尋常ではないほどの気合いを発するようになった。彼は、単なる声援ではなく、成績アップを目的に、指導の一環のつもりで叫んでいる。

 たしかに、娘を想う気持ちは痛いほどわかるし、特に試合前は、じっとしているより何かをしていたほうが気が休まるのも理解できる。しかし、こうした成績の浮き沈みは、じつは、平均への回帰と呼ばれる、統計的に自然な現象にすぎなく、アニマルさんが褒めようが叱ろうが成績への影響はなかった可能性が高い。

 なにも影響がないのであれば、極端な話、「気合いだ!」ではなく「ブロッコリー!」と叫んでもよかったし、「OK牧場!」でも「ラテのグランデサイズ!」でも「レシートは結構です。」でも「これは大盛りにできますか?」でもよかった。何も言わずに子猫を膝の上にのせて優しく撫でていても、成績は変わらなかったはずだ。パパはそんな考察をした(※すべて想像上のフィクション)。

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 この考察が的を得ているかどうかはともかく、パパを含む多くの大人が、こうした認知上のエラーを起こしやすい。じっさい、そこら中で ”アニマる” 大人を観察できる。

 子をもつ親は往々にしてアニマりがちだ。テストが平均的に70点の子どもでも、たまたまテスト問題が得意な分野に偏っていて80点になったり、たまたまお腹が痛くなり集中できずに60点になったりする。こうした成績の上下に意味はない。
 しかし、アニマルさん同様、「褒める or 叱る」で悩んでいた親は、答案用紙を見て、80点のときには褒め、60点のときには叱る。60点でも80点でも、次回のテストでは、実力の70点に近づく可能性が高い。すると、親は、褒めたら点数が下がった(80→70点)・叱ったら点数が上がった(60→70点)、との因果関係を認識し、「褒めて甘やかすのはよくない、厳しく叱ってプレッシャーを与えるべき」との教育方針をもつようになる。
 パパは学生時代、家庭教師として多くの子どもを教えてきたが、少なくとも家庭教師をつける家庭の母親は、例外なく、「叱ってなんぼ型」だった。

 部下を指導する上司もよくアニマる。たとえば、会社の営業マンだって、常に実力どおりの成績をあげるわけではない。偶然や外的な要因によって、平均を上回る月もあれば、下回る月も当然ある。
 部下の成績が悪いとき、それを厳しく叱る上司は、翌月に部下の成績が回復したら(その確率が高い)、自分が厳しく指導した成果だと勘違いする。逆に、部下が良い成績を残したとき褒める上司は、翌月に部下の成績が落ち込んだら(その確率が高い)、自分が褒めたせいで部下が甘えたと誤解する。こうして、多くの上司は、部下の指導は「やっぱり叱るに限る!」と思うようになる。
 アニマル浜口さんは元プロレスラーだが、パパがいる金融業界を見渡してみると、上位の役職者ほど、なぜか体つきがしっかりしている傾向があるように思う。なるほど、同じ音でも、小型より大型のスピーカーのほうが、迫力や臨場感があってよいものだ。

 親にしろ、上司にしろ、スポーツのコーチにしろ、誰かを指導する立場にある人間は、「褒めて伸ばすか・叱って伸ばすか」という古典的な悩みをいつも抱えている。そして、成績のランダムな浮き沈みを目にするうちに「叱ると伸びる」という誤った法則性を導き、強化してしまうことが多い。
 誰もがそうした認知上の癖を持っている。パパのなかにも、ママのなかにも、いざとなれば君に対して「気合いだ!」と執拗に叫ぶ、アニマル浜口が眠っているのだ。

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 もちろん、叱ることがまったく無意味だとは言わない。中高生の部活では、ワーワーうるさい監督が率いるチームはなんだかんだ強い。また、動物園のような証券会社の支店が、図書館のように静まりかえったとしたら、やはり全体の成績は落ちることになるだろう。これは、一部の中高生やサラリーマンがサボるようになり、実力の平均自体が落ちるからだ。
 そういう意味では、怠けたり遊び半分でやっている相手に対しては、恐怖を与えることで、真面目にしたり集中させたりすることができる。

 だが、恐怖のムチをバシバシ打っても、怠けがちな馬をレースに向き合わせる以上の効果はなく、その効果もすぐに頭打ちになる。なぜなら、ある程度以上の現場になると、誰だって当たり前に真剣だし、気合いも十分入っているからだ。
 誰がどう見たって、京子さんや五郎丸さんは大まじめにやっているし、対戦相手だって必死にやっている。毎日夜の10時まで塾にいるような子どもは、周りのおとなが感心するほど集中し、ひたむきに勉強している。まさか、最近のユニクロの不振が柳井会長の気合が足りないからと言う人はいないだろう。そうした人たちへの「気合いだ!」は、害こそあれ、やはり基本的には無意味ではなかろうか?

 あと、「最後は気合いで乗り切る!」というセリフは、パパは好きではない。気合いは ”最初の最初” からあるべきだ。いったら、スーツやネクタイ、時計などと同じ身だしなみのひとつに過ぎない。朝、家を出る前に整えておくべきことで、気合がないのは股間のチャックが開いた状態と同じだ。

 パパは、チャックをして家を出たあとの話を君にしたい。

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P.S. note企画のイベントで、僕の記事を選んでいただきました。

4月ハッシュタグイベント『春が来た』結果発表
マスク美人という『桜』

この記事は、なんというか「ギリギリアウトのラインかなー」なんて思いながら書いたのですが、いま改めて読み返すと「割りとふつうにアウト」だと自分で思いました(笑)
にも関わらず、選出いただいたnoteさんの懐の深さを感じました。思わず、プレミアム会員になりそうでした。

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七瀬 充

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