アニマル

(前編)パパのなかの『アニマル浜口』

 ”気合モンスター” ことアニマル浜口さんは、必要以上に「気合いだ!」と叫ぶことから、世間では、とても変わった人だと認知されている。

 少しうがった見方をすれば、アニマルさんの特異な言動は、メディアの注目を集めたり、親子でタレント活動したりするための独特なキャラづくりだと解釈できる。つまり、ファミリービジネスのための戦略的な ”気合いマーケティング” だと。

 だがしかし、娘・京子さんの試合会場で120%で叫ぶアニマルさんの様子や少し前に書かれた著書なんかを見ると、そこには何の計算もなく、むしろ完全に天然だと確信できる。

 じつのところパパは、とても娘想いで情熱的なアニマルさんが大好きなのだが、娘があからさまに苦笑いするなか、なぜあれほどまでに「気合いだ!」と連呼できるのか、少々、理解に苦しんでいた部分がある。正直、自分の満足のためにやっていて、娘に対する叱咤激励としての効果は薄いように見えた。
 でも最近、行動経済学なるものを学ぶうちに、アニマルさんの言動の謎が少しだけ解けた気がした。

☆ ☆ ☆

 アニマルさんの前に、まずは名前も似ている五郎丸さんの話から始めよう。

 五郎丸選手ひきいるラグビー日本代表は、王者・南アフリカ相手に歴史的勝利を収めた。
 勝負の世界では必ずしも実力差が反映されるわけではなく、ときに運が結果を大きく左右する(だから面白い)。実力が一定であっても、短期的には実力以上の結果が出たり、あるいは実力以下の結果がつづくこともある。だが、中長期的には運の影響は薄れ、おおむね実力どおりの結果に落ち着く。そのため、実力以上に良い結果をあげていた人の成績は落ち込み、実力以下だった人の成績は回復したように見える。その成績の浮き沈みには、偶然要素以外のなんの理由もない。
 ラグビー日本代表が次戦でスコットランド(南アより格下)にボロ負けしたのは、南アフリカに勝って慢心したり怠けたりしたわけではなく、単に実力どおりの試合をしたからだ。五郎丸さんの人差し指はいつものように尖っていた。

 そこで、アニマルさんの場合はこう考えられないだろうか?

 昔、若かりしアニマルさんは、娘の京子さんを指導するにあたって、「褒めて伸ばす・叱って伸ばす」のどちらの方針が良いか迷っていた。そのため最初の頃は、京子さんが試合でいつも以上の結果を出したら「よくやった!」と褒め、いつも以下であれば「何してるんだ!気合いだ!」と叱っていた。
 しばらくすると、褒めたあとの試合では成績が落ち込むことが多く、逆に、叱ったあとの試合では成績が回復する傾向があることに気がついた。そして、「京子の指導には褒めるより叱るほうが効果的」と結論づけた。実際は、褒めようが叱ろうが、実力相応の結果に戻っただけなのに。
 あとは、元来のまっすぐで情熱的な性格も手伝い、「今日の試合は重要だから『気合いだ!』は2回いっておこう」とか、「フレーズに慣れて効果が薄れてきただろうから多めに言っておこう」とかするうちに、究極の気合モンスターへと進化を遂げた・・・。やはり娘のためを想って叫んでいたのだ。

 もちろん、アニマルさんは気合い注入以外にも技術的指導をしており、彼の献身的なサポートが京子さんの国際的な活躍に大きく寄与したことだろう。しかし、それは、「気合いだ!」を10回言おうが100回言おうが、あるいはバッテン印のマスクを着けて黙っていようが、まったく変わらなかったように思う。

☆ ☆ ☆

 成績がたまたま平均から乖離したあとに平均に落ち着いていく現象を、専門用語で「平均への回帰」と呼ぶ。

 プロ野球では、一年目に活躍した選手は二年目には成績が落ちると昔はよく言われ、「二年目のジンクス」と名付けられていた。スポーツ新聞や野球解説者は「プレッシャーに弱かったから」とか「ハングリーさを失ったから」と説明するが、実際は、一年目にたまたま実力以上に活躍した選手が、二年目は実力どおりに落ち着いただけだといえる。

 フィギアスケートの浅田真央さんが、’14ソチ五輪の初日で思いっ切りコケて放心状態でインタビューを受けたのを覚えているだろうか?翌日、彼女は完璧なフリー演技をし、メダル獲得にはいたらなかったが世界中の人々を感動させた。案の定、直後のメディアの賞賛は、「失うものがなくなりプレッシャーから解放されたから、ふっきれたから」と、精神的な変化に重点を置くものだった。それもすべては否定しないが、多くの部分はたんに世界ランク2位(当時)に見合った実力を発揮したことに因るはずだ。

 バズった記事を書いた無名ブロガーの次のエントリーがさほど面白くないのも、多くの場合、たまたま実力から上振れた記事を書き、いくつかの幸運が重なって、たまたまバズっただけだったからだ。1つの記事だけだと実力からかけ離れて面白かったりつまんなかったりするが、それが3つも4つも続いたりはしない。

☆ ☆ ☆

 さて、このように考えると、アニマル浜口さんの「気合いだ!」は表現方法こそ特殊だが、その言動にいたった思考自体は決して特殊ではないと思える。平均への回帰という統計的な現象を因果関係で解釈しただけだ。
 これは誰もが犯す可能性のある間違いで、気をつけなければならない。じっさい、日常生活では、そこら中で ”アニマる” 大人を観察できる。普通によく、「ああ、あの人またアニマってるな〜」と思うことがある。

 でも、正直に言えば、パパはもう眠たい。眠気に耐えながら ”気合い” で続きを書くのもいいけど、長くなりそうだから明日またゆっくり話すことにしよう。

 おやすみなさい。

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参考資料:Daniel Kahneman「Thinking, Fast and Slow」

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七瀬 充

七瀬 充(ななせ みつる)/アラサーのパパ/都内の金融機関でディーラー/記述は事実をもとにしたフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません/ブログはこちら→www.7se.tokyo
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