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WAR


 丘に行こう 風が少しも吹かないのに暴風雨が続いている あの丘へ行こう歴史の無い鷹の影に追われてここまで駆けてきた 遠くで岩の転がる音が 聞こえない 聞こえない 

           シジュウカラが燃えているから ヤマセミが雨になって降って来るから ヒヨドリがばらばらに切られてきみのナワバリの木漏れ陽になっているから フクロウが俺の瞼の裏で黒く光っているから 光っているから 

   恐ろしい大佐が隠れている 恐ろしい大佐が隠れているのだ 聞き分けることの出来ない入道雲の衝突が恐ろしい 恐ろしい 永遠に生まれては来ない鳥を抱くことは出来ない 出来ない 

                  たったいま 膨大な余白が通り過ぎた世界最後の鳥の頭脳に日が照っていた 照っていたから 鉄散弾の散らばる丘へ行こう 行こう 

         掘り出せばすぐに真珠のような 実弾と不発弾とが現れるその丘へ 散弾銃を持って来い 青空をぶっ放してやる ぶっ放してやる 

                                  大佐は 生まれていない俺に対してこの上なく傲慢だ 日本の鷹の影は俺を追い詰めて濡れてゆく 俺の胸の中のプルトニウムに折れ曲がったフォークを投げ込め 投げ込め 

        その実 俺はまだ生まれてはいない 聞き分けることの出来ない入道雲の衝突が ああ そら恐ろしい 

                    ツバメの巣を持って来い 持って来ました ぶっ放してやる 散々に飛び散ってゆくツバメの体たち 散弾独特の鉄の仁丹 千の弾丸が先か 鳥の破片が先か 

                      それぞれに虐殺されたツバメの想像のなかで 鳥の巣が怒りのごとく燃えあがってゆく なんということのない微細な壊滅ではないか はい 分かりました  

                       右向け右 左向け右 犬は犬になれ犬 魚は猫になれ馬 はい 分かりました そして 鳥になれ はい分かりません 

       やがて大佐は 空から降ってきた一匹の瀕死の鳥をゆっくりと脅迫しながら殺していくことにした 腕のなかで大佐に翼を切り落とされたまま羽根を広げようとしているこの鳥には口が無い 

                       か弱い首へとこめる大佐の指の力は 空が世界を世界の中へと押し込めようとすることと同じであり 

                                  今にも最後の力で飛ぼうとする弱々しく 悲しい意志が手に跳ね返ってくるけれど 大佐は負けじと機械的な殺意になっている なってしまう 空はやがて歪

む 本当に涼しい風が吹いてくる 吹いてこない 聞き分けることの出来ない入道雲の衝突が恐ろしいのだよ 鳥は空を睨んでいる あたかも 全ての敵はこの膨大な青さであるとでもいうかのように 

                     大佐は 今にも息絶えようとするその鳥を放りあげ わざと的を外している 外している 

                           もはや俺は大佐を許せない そのたびごとに大佐の空に放つ散弾は炸裂 その他の鳥は頭が無い尻が無い 言葉が無い 思想が無い 何回も空を舞うこの弱体な鳥には当たらない 

   ついには空が射抜かれる 雲の呟きが足の裏から聞こえてきて 大佐は頭の無い大佐になじられている なじられている 

                       もはや寸前のこの鳥は空を睨んでいる あらゆる鳥類の血が流れるだけ流れ 大量に種族が殺戮されたこの丘で それでも大佐に抱かれている 抱かれている最後の 虫の息の 一羽なのであります 

         鳥はこと切れて簡単に死んだ この大佐はこれみよがしに煩悶しています 殺戮について 暴虐について 虐待について 服従について大佐はこれみよがしに煩悶していません 

葬るようにと命じられ 受け渡された 羽のような重みのその体には 二本足もあったし 四本の手もあった 尾は太くて長すぎるし 口も無いのに 牙があった 何よりも長々とした首が美しすぎた 大佐 この鳥は何だったのでありますか 果たして鳥だったのでありますか 

                

ご報告申しあげます この丘は あまり小高くないのであります むしろくぼ

んでいるといってもいいほどであります じつは 散らばる鉄の散弾もなけれ

ば 鳥も 鳥の飛ぶ空も無いのであります 雑草すら生えていません そして

暴虐な大佐の影ははじめから消えているのであります そればかりか 俺はま

だ生まれてはいないのであります 聞き分けることの出来ない入道雲の衝突が

そら恐ろしいのであります 丘は何かを決意したかのように たったいま風に

吹かれております やがて鋭く降りはじめた真夏の雨は 俺の血そのものにな

ろうとしています 

そうだったのだ 俺はまだ生まれていないのではなく 

                         たったいま死んだのだ

った 死んだのだった 大佐と何百人もの兵士たちは 俺とその他の下士官と

を処刑した後 貧しい荒野のくぼ地の底に向って死体を蹴り捨てて 大佐の命

令のもと それぞれがそれぞれの小高い丘へ撤退した 撤退した                                    ならば丘へ

行くのだ 丘へ行くのだよ そこには恐ろしい大佐が隠れているのだ 丘は何

かを決意したかのように風に吹かれております                                    生きている鳥たちは命令を受

けて疲れ切りながらも ほおら 空を飛んでいるではないか 真夏の太陽の横

顔を見あげ 

      からからに喉の渇いた俺は銃殺されたばかりである                                    そうだった

のだ 俺はまだ生まれていないのであります 聞き分けることの出来ない入道

雲の衝突がそら恐ろしい そら恐ろしいのであります 

  

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