ゆふぐれ短歌


消防の鐘は夜空に吊り提げて町の豆腐をすべて食べよう

麦秋の血の色をして夜となりそんなゆふぐれ泡吹く蟹よ

寒月のどこかに指紋を押印し動物の血は降ってくるのだ

チョコレート嘗め続ける汝(な)の唇(くち)に濡れる夏雲光る銀紙

鶏頭の首をひねりて何もなし首をひねりて何もなし

何処へと問わば遠い過去になりすまし空気を抱いた蛙よあわれ

    川俣町よ

煙る雨つぶやく迷いを復唱し雨を見ているビクターの犬

肺のない人間のように呼吸をし僕はこの星の弱々しい風

きみの唇(くち)蛸のハラワタ思わせて深海の果て青い手袋

六月の歪みバケツの泥水に浮かぶ黄揚羽死後の世界よ

夏至近し生命線を辿りつつ水疱瘡が終わらぬ人よ

剃刀を顎にあてたり、歯茎までひどく涼しき、これは事件だ!

午前零時、煙りのむこうに不審な子。 僕は双子であったのかッ!

曇り空握りこぶしは開かれる何も言わずに産まれ来る猿

水門の在りかをたずね眠る子の帳面の隅に川と書き足し

古釘を集めるわが子探しつつむこう岸では悪魔のをどり    

高架線ながむ高窓ぎよぎよと芋煮る鍋のそら恐ろしき

夕暮れに数多のビデオを巻き戻し電信柱が倒れるような

   デルタ 

雷鳴とどまることなき丘陵の少年の腹をおとしめている

夏祭り湿疹かゆし八月の真紅の真ん丸 何もなかった

記憶にはわっさわっさと街路樹が割り込んでいる 葉は粉々だ

持て余す指に刺さりし釣り針に息を殺す子 燃える藁

複雑な命令済んではや暮色 乱れた列に愕然と 鰐

半袖の子供の義手が回りだす 星雲かっかと燃えている腕

覚えなき約束耳に残りたり 宇宙の穴に僕を圧しこめ

哲学をし終えてもなおやり切れぬ我の命は火星の夜明け

脊髄の近くにレモンぞろぞろ 背中の産毛 酸っぱい夜が  

遠くから曖昧な断定さながらに真夏の椅子が燃えているのだ 

産院の屋上に立ち八月の 晴れた日ざかり 晴れた日ざかり

曇り空はっきりとした電柱に震える腹の 鳩の不安よ

背泳を説明するのは難しい八分間はまず深呼吸をせよ

砂の穴しじみ貝が濡れそぼり指はまさぐる土用波だよ

傍線のごとくに我に逃げ場なし夏の破線も傾きだし

からからと殻いばりせしエスカルゴ花芯のごとくそら恐ろしき

むらさきのセロファン飛ぶか曇天カラスアゲハの産卵のため

出目金よあっぷあっぷと警告しなるほど旅客機西から南へ

晩夏のサドル吠えよ自転車微熱残せしデルタの宿に

   真昼羊羹

ビラ撒きて帰る今宵の夕食に茹でた空豆泣きたくなるの

流し場の水拭き残し家出せしわたしの秘密ご覧のとおり

羊羹の端と端とを見比べてどちらが甘いか許されざる罪

古代ハス背骨震わす発芽なり火の見櫓が燃えているのに

錆びナイフ曇天に風自転車で何をか切らむ台風は去り

大輪の向日葵どうっと折れ曲がり完全試合九日前に

穂の軋み背骨さむざむ晩秋に滴り落ちよ一本の我

新たなる性の悩みにあいずちを波打ち際に大根の面

飛ぶ鳥の幻映りし縞天に不安になりぬ手紙の折り目

三階の時空危うし所在なく目を閉じてみん真昼の工事

空高しやぶれ仮面に告げられし肋骨雲にはななつの子が

藁燃やしスパナ残せし荒野にて赤錆び増せば何をか分けむ

のぼりおり軋む階段柿の皮どの天地にも届かぬ夕べ

逆さ吊り昨日の蛸は知らずとも今日の蛸には教えむ亜米利加

いやむしろ巨大な魚がいるように公園にある長椅子不思議

物置の5号水槽なつかしむ玉砂利ころり生きていたのか

まりも浮く屋根裏の怪 はからずもクリップふたつ波打ち際に

曇天の机上に狂う分度器よ凧を吊るせしまま行く電気

選挙なり蟻の巣ひとつ暴落す股をひろげて泣き出すように

  サデスティック・アイランド

     

多島海パイプ椅子あり荒浜にかるがると波ふらふらと謎

咲かぬ百合幼い耳によく似合い多島海の不安な港

死者在り 未完の多島地獄にて 葛の枝など踏まれずゆらり

 

林檎園火種残せし八日後の二匹の山羊の尻にも若葉

シダの葉を襟元に貼る地獄かな通信兵と電信柱

追われつつ弥生時代の陸軍よ青青と行け丸茄子の畑

おとな海老ミソで壊れホチキスが針を吐くのだ五月の怒涛

多島海黄色いひだの旗揺らし手を振り叫べもうおしまいだ

パパイヤの森のようこの寂しさは南南西の島から真昼

世紀末多島海には落雷が! ヤシガニ生まれもうおしまいだ

  レインボー

蛸足に寒中水泳誘われし虹の息する熱帯魚にも

虹色に分校輝く吹雪谷枯れヒヤシンス根の先は谷 

みどり沼すべての魚は斑病音のないままちり紙ゆらり

ゴム草履八つ裂きのまま裏返しこの先崖だわずかに四歩

0高地、ミシン横ざま全自動、雪崩の奥の縞の薄絹

胸躍る枯れ野電線横風に線路横揺れ丸螺子弛み

髪梳かす海鳴り遠くまひるどき巨大三毛猫生みたき三つ子

飛行船あおき歯車森の家蜜瓶深く笑う沢蟹

日本猿林檎食べ反る足の指踏みいし花は宇宙にひとつ

糠家の階段ぬめり風さやか上下階なくいつも糠漬け

白蟻がここぞと笑い滅び泣く崩れ檜木(ひのき)の影は最高

      

電気海胆(うに)電気鮟鱇(あんこう)電気烏賊(いか)電気鮪(まぐろ)に無いぞ電源

化学室 少女実験紙コップ零れし水が海を真冬に

トタン屋根虹色ナスビ豊満に 初夢消えるトタンの穴は

湯豆腐にいつも虹色だし昆布齧りし頬に不動なる海

この鼓動 冥王星に溢れたる虹の滝壺 錦鯉へと

タラバガニはらわたしずか人の影片耳濡らし通過してゆく

ゆで卵 出自の秘密を知らされて錆びた手鍋はむきだしの渦 

  あたし人魚

人魚よあたし髪束ねつけめんで生姜も擦ってそうめん五杯

アフリカでくたびれた姉故障中未完成にも弟知らず

嘗め残す昆布飴それ溶けつつもきみの血のため舌を噛み噛み

古畳こわれた海が眠らずに夜とは何かそこ知れぬまま

いちご飴二つ噛み噛み俺悔しい髪は暴れて一時間俺

唾吐けば口のなかまで晴れ渡る世界のすべて愛でる歓び

健忘症へへへ卑下してへそ笑い頭のなかは百時間 

青空に錆びた鎖の影は揺れ革命により追放しろよ

髪振れば剥げ頭です手を振ると腱鞘炎だあたし人魚

石英の雨が降ってきたので連絡が遅れたが必ず魚の時代がやって来る

     

いままでも人魚の髪をなびかせて列車に揺られ海まで五月

人魚にも夢はあるのよいつかはさ海を征服 空と条約

どうすれば人と魚を生きられるため息ひとつわずかに津波

  ももんがあ 

ももんがあっ 叫んで降りた寝台の軋む木目が森のすべてだ

未だ分からず髪振り乱し駆け上がる坂、罪と罰とはこれのことかよ!

夜はみな足指鳴らし飯を食え我ら不滅の火消し隊です

腕まくら叫ぶ壊れる燃える空きみを抱けば青々と雪 

狂え初雪 振袖で道行く人あり頬濡らし紫の帯 

おとな海老異常繁殖太平洋右に左に傾くわかめ

幌馬車の燃える火の粉が庭先に目を凝えばシャボンの玉よ

ワニ来る枕元にもトイレにも疑問はひとつ永遠 て 何? 

  ぐるぐる狂い

乱れ蕎麦爆破つけ汁薬味雲暴れ割り箸喉越し銀河

渦巻けり秘密花園花言葉風も靡くよこの前無料

物語紡ぐ凧糸狂う凧ぐるぐる狂うそのままの雲

倒置せよ波浪注意のうしみつに足利幕府濡れ濡れて来

脳外科の大和撫子萎える日の気圧そこそこ1ミリバール

相馬沖サンマの孵卵烈火なり毛髪抜けて風呂抜く叔父貴

変電所蟻の一列向き変わり砂煙あげ燃える満月

高らかに便所モップを振り回せ「モップ」と叫ぶ意味不明の日

発情し狂い燃え咲くひまわりを手折りてきみは砂漠の怒り

丸茄子をがりり噛み切り虹色に指紋ほどけて渦巻く不安

ナイフ研ぎ遊園地まで何マイル回転道路血みどろ仲間

ひげ青し膨大な夢生やしつつ揺られておるよブランコの黴

  生唾 

ハンミョウを見たこともなし食べたこともあなたともこれっきりだ

波止場では僕の知らない鼻歌が口ずさまれて塩に晒され

生あくび唾垂らす犬炎天の川浜しずか吊り橋の螺子

生あくび大黒柱に落書きす星の裏側曲がれ針金

明け方の夢 あ 頭ん中に忘れちまった あ 何を忘れたか思い出せない あ

猫が行くわずかいななく猛り狂う全ての無意味噛み殺す道

桃噛る奥まで甘い舌の根に未知なる言葉それすら甘く

子午線の通る砂場に捨てられし誤植だらけの時刻表なり

 

★【初出「短歌往来」1月号】

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和合亮一

詩ノ梯子

詩の礫
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