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生きることを怖がるあなたへの手紙 #短編小説

親愛なるあなたへ

 手紙を書くことは、むずかしいものですね。何度も書き損じたせいで、ごみ箱が便せんでいっぱいになってしまいました。
 正直に言って、わたしはこの手紙を書くのをためらっています。あなたに伝えたいことがあるのですが、伝え方がわからないからです。

 わからないから、いっそ核心に触れてしまうことにします。
 わたしは、あなたです。30年後の、あなた。あなたがこれまで生きてきた年月の、2倍くらいの歳月を過ごした後の、あなた自身です。未来の技術は、過去に手紙を届けられるまでに、進歩したのです。
 ああ、わかります。あなたの不信感をあらわにした顔。信じられないでしょう?いくつか、証拠を示しましょう。

 わたしは、あなたが今、悩みの中にあることを知っています。あなたは、死んでしまいたい、と思っています。その一方で、生きることへの意味を見出したいと願って、色々な本を読んだり、音楽を聴いたりしています。
 先日は『罪と罰』を読みましたね。あれだけの長編を一気に読める集中力、若くなくなったわたしには、ないものです。うらやましい。
 おっと、話が逸れました。
 でも、名作と呼ばれるその本にも、あなたの求める「明確な答え」はありませんでした。

 別の証拠を見せます。あなたは、とあるミュージシャンのことが大好きで、その歌を聞いて歌うときには、悩みや苦しみから、解き放たれています。
 あなたの机の引き出しには、書き溜めたファンレターがあります。まだ封筒には入っていない、便せんに書かれたままの何通ものファンレター。
 あまりに感情的な手紙なので、あなたは投函をためらい、引き出しに入れたままにしているのですよね。安心してください。誰も、その存在には気づいていません。わたしがあなただから、知っているだけ。

 ここまで書くと、あなたは半信半疑、といったところでしょうか。でも、証拠はここまでで十分でしょう。信じられなければ、それでも構いません。本題に入ります。

*
 あなたの疑問。
 「なぜ、人は生きるのか。なぜ、自ら命を絶ってはならないのか」。重たい、重たい質問。ほら、これを書くわたしの文字も震えているでしょう?

 一般論でこの質問に答えるのならば、「絶対的な答えはありません」ということだけです。なんてつまらない回答。だから、一般論ではなく、あなたのための答えを教えましょう。

 あなたは、人を愛する喜びを知ります。また、愛されることの喜びも知ります。あなたには、とても好きな人ができます。そして、その人は、あなたの前でいっぱい笑ってくれます。あなたは、その笑顔が大好きです。もっと笑わせたい、と思います。
 だから、生きたい、と願うようになるのです。好きな人をもっと笑わせるために。

 また、あなたは、好きなことを見つけます。今のあなたも「ものを書くこと」が好きだと思いますが、今後、さらに好きになっていきます。仕事にもするんですよ?
 そうして、あなたは知ります。自分の書いたものが、他の人や組織を動かしたりする力を持つ、と。それがあなたには面白くて、書くことがいっそう楽しくなります。そして、もっと書きたい、だからもっと生きたい、と願うようになるのです。

 あ、「ものを書くこと」以外にもいろいろ好きなことができますよ?でも、今後のあなたのために、秘密にしておきましょう。

 「なぜ、人は生きるのか。なぜ、自ら命を絶ってはならないのか」。
 答えのひとつは、こうです。「なぜなら、この先の人生に、『生きたい』と願うあなたがいるから。」

*
 「だからといって、今はこんなに辛い。目の前の理不尽に対して耐えることがしんどい。理不尽を耐えるよりも、死んでしまう方が楽だ。」あなたはきっと、こう思うのでしょう。

 残念ながら、あなたは、この先も「辛い理不尽」をたくさん経験します。「今」を乗り越えても、理不尽はなくなりません。特定の誰かによることもあれば、自然現象によることも、健康状態によることもあります。
 そのたびに、あなたは「やっぱり辛い。楽になりたい」と思います。「楽になりたい」という誘惑は、一度感じてしまえば、とても強いものですから。

 けれども、同時に気づきます。大切なひとがいること。大切なものがあること。だから、それをしてはならない、と。驚くかもしれませんが、それらの「大切なひとやもの」は、年を重ねるごとに、増えていきます。「楽になりたい」という誘惑からあなたを守ってくれる存在は、増えていくのです。

 ふたつめのこたえは、こうです。「なぜなら、大切なひとやものがあるから」。

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 もうひとつ、あなたは、人を少しだけ助けることができるようになります。直接的に人を助ける力も少しばかり手に入れますが、それ以上に、話を聞いて、悩みを分かち合うという間接的な方法で、助けることができるようになります。
 あなたの今感じている辛い理不尽の経験は、そのときの助けになります。感謝をされることもあります。「ありがとう」と言われるのは、とても嬉しいことです。

 みっつめのこたえは、「なぜなら、あなたの悩み苦しんだ経験は、いずれ他のひとを助ける力の源になるから」です。

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 わたしは十分に伝えられたでしょうか?あなたは、何か感じることができたでしょうか?

最後にひとつ、アドバイスをさせてください。

 ひとを信じてください。あなたを大切にしようとしてくれるひとに対して、心を開いて信じてみてください。それも「楽になる」方法のひとつです。大人たちも行っている、健全な「逃げ」の方法のひとつです。
 「誰にもわたしの悩みは理解できるはずがない」という考えは、本質的には正しいと思います。けれども、ひとは、完全には理解し合えなくても、相手を理解することはできるのです。心を開いて話をするだけで、救われることもあるのです。話をされた方のひとも、心を開いてくれたことを、うれしく感じるものなのです。

 さて、時間がきました。唐突な手紙を、ここまで読んでくれてありがとう。あなたが、この手紙の中に少しでも手がかりを見つけられたなら、うれしいです。
 何も見つけられなかったとしても、「どうやら、わたしはこの歳まで生きるらしい」と思っていてください。ついでに、ここにいたるまでのあなたの人生は、そこまで悪いものではありませんので、安心してください。

 それでは、寒い時期なので、体に気をつけてお過ごしください。
                             わたしより。

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お読みいただきありがとうございました。
特段盛り上がりのある話ではありませんが、書簡調の小説(?)を書いてみました。
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