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母は、娘の重荷になりたくないので

先日、Twitterで非常に興味深い動画が流れてきた。

発信元は、BuzzFeed Japan。動画のタイトルは「外国生まれの日本人VS日本育ちの外国人」。

フランスで日本人両親のもとに生まれた女性と、日本でアメリカ人両親のもとに生まれた女性が語り合う5分弱のビデオである。人が社会のマイノリティの立場で育つなか、何を見て何を感じるのか、可視化している大変すばらしい動画だと思う。

私は、25歳でニュージーランドにきて、そのまま10年間暮らしている。この動画を見て、娘のことを思った。ニュージーランドで日本人両親のもとに生まれた娘。その娘と、動画の中の「フランスで日本人両親のもとに生まれたマユさん」がダブる。

ダブるとは言いすぎだけれど、娘が「周りと同じ容姿だったらいいのに」と悩む可能性に思い至った。それは、大人になってから海外に来た親の私が、たぶん持つことはない悩みである。その類の悩みは、容姿以外にもあるだろう。

そして娘がこの先悩んでも、親には言わない―言えないかもな、と考えていた。

突然だが、私の英語はダメダメである。またまた、謙遜でしょと言われそうだが、本当だ。英語試験でいうなら、2年前にIELTSでアカデミック6.0(TOEIC800点ぐらい)のスコアを取ったのが最後。生活しているだけで、英語は伸びないのは真実だなあとつくづく思う。

1年半前から在宅でライターの仕事をはじめてから、英語能力はさらに低下した。1日のなかで、英語を発語する機会がほとんどない。すると、どうなるか。英語が頭から出てこないのはもちろん、口が滑らかに動かなくなる。以前も大したレベルではなかったが、語学力の後退を実感するくらい衰えた。

店でコーヒーを注文するのに、コンマ0.1秒つまる感覚を抱いた矢先に、あの動画をみた。そして、娘に「お母さん英語がしゃべれないから、恥ずかしい」と言われる未来を想像してしまった。

お友達のお母さんはみんな英語が上手なのに、自分の母親は違う。

直接娘から言われるなら、「うっ」となるけど、まだいい。娘は、たぶん思っても言わないだろう。だって、私と夫が日本産まれで日本語で育ったことを理解している。むしろ、「お母さんは日本(で育った)だから、英語はちょっと上手じゃないよねえ」と笑顔で言ってくる。

語学力はネイティブとは違うと理解しつつ、その差異を「恥」と娘が感じたら。周囲との違いに、居心地の悪さを感じてしまったら。お家にお友達呼ぶの、お母さんが英語話せないから恥ずかしいなと思ってしまったら。

娘に対して、申し訳なさすぎる。ほんと、ごめんって思ってしまう。

これを読む人に誤解しないでほしいのは、語学がしゃべれないのがダメだと言っているわけではないこと。もし、「お前の母ちゃん、英語がへたくそー」とかいう子がいたら、差別発言する側が全面的に悪い。

言葉は容姿と違って努力すれば云々というレベルではなく、他人の語学力をジャッジしてあれこれ批判するのは、大変に恥ずかしい行為だと思う。

だから、海外に住む人は語学がんばろうね、と言いたいのではない。これは、私自身の自分の努力不足を、バカバカバカと痛烈に後悔して壁に頭を打ち付けているような、そんな文章なのである。

娘は、成長するにつれて周囲との違いに、なにかの違和感を抱くのかもしれない。移民1世である親を、恥ずかしいと思うのかもしれない。

容姿の違いについては、笑ったときにくしゃっとなる君の笑顔はハイパー可愛いと言い続けたいが、「親を恥ずかしいと思うな」と言うのは、自分の努力不足を棚に上げた発言である気がする。

英語ができない親を恥ずかしいと思う娘の気持ちは、私の努力で2割ぐらいは減らせるのではないだろうか。いや、わかんないけど。

と、長々と話したけれど、母は娘の重荷にはなりたくないので、毎日15分、英語の学習をすることにした。決意が鈍らぬうちに、このnoteを書く前に1日目をスタートさせた。

ちなみにここでいう15分とは、「Netflixで英語の映画を見る」という受動的なものではない。もちろん、英語に触れる時間を増やすのも語学力アップには大切だ。けど、私に必要なのは「きちんとインプット」すること。

聞き流すのではなく、数語でいいから、知らない単語の意味を覚える。

そして、「口を動かすこと」。在宅で人と会わないので、英語を発語する機会がない。なので、口の周りの筋肉が固くなっている。これを解決するため、英語のシャドーイングをすることにした。シャドーイングとは、聞きながら耳に入った英語を繰り返すことである。

そうはいっても、毎日1時間も学習を続けられない。仕事して家事して雑事してジム行ってnote書いて。言い訳のように聞こえるかもしれないけれど、人生は忙しい。続けるために、まずは「小さく」を私は選ぶ。

教材は、BBC Learning Englishから『6 Minute English』を選んだ。その名の通り、6分間で1トピックを扱っており、話の難易度は中級レベル。その分、私がシャドーイングするのにちょうどよい速さと内容。聞きながら口を動かしてみると、ぜんぜん追いつけないことに気づく。英語をさぼり続けたツケがきているなあ。

小さくでも、続ければ遠くにいけるとはよく言われたことで、語学はその代表例みたいなものだ。だから、がんばろう。娘に「お母さんの英語恥ずかしい」と思わせないでいられるくらいは、ちゃんと努力しよう。

言葉がうまくても下手でも、外見が周りと違っても、「みんな違ってみんないい」には変わりないけれど。これは、私自身の努力をするか否かの問題なので、よく生き続けるために、頑張ることを選ぼうと思った。



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