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【競馬コラム】黒歴史にひと区切り

仕事をしていると、忘れたくても忘れられないミスというものをやらかしてしまうことがある。何年経っても、当時のことを思い出すと心の中に闇が灯る..そんな経験、皆さんもお持ちではないでしょうか。

坂井瑠星の場合、「モズアスコットの安土城S」はきっといつまでも忘れることのない一戦になっていることだろう。重賞で好走を続けながら、安田記念出走に向けて賞金があと少し足りないという状況で矢作芳人調教師が描いたのは「安土城Sを勝って連闘で安田記念へ」というプラン。ワールドカップアジア予選よりも絶対に負けられない戦いで鞍上に起用されたのが、当時デビュー3年目の彼だった。

同じ日に東京競馬場では日本ダービーが行われており、リーディング上位騎手が不在という背景もあり、厩舎所属の若手に大役が任された。ちょうど豪州への長期遠征から一時的に帰国していた週で、修行の成果が試されるタイミングでもあった。実際、土曜は東京競馬場で騎乗し、メインの欅Sをドリームキラリで勝利。H.ボウマンのベストマッチョとの逃げ争いで一歩も引かず、ゴール前は戸崎圭太のサンライズノヴァをきっちりと封じ込める中身の濃い騎乗を見せ、強烈なアピールに成功していた。
さらに当日も中内田充正厩舎のフォンターナリーリで東大路Sを1番人気に応えて勝つなど、「おいおいやべえくらいに成長してるぞ」感をみなぎらせながら、いよいよ安土城Sを迎えることになった。単勝は1.5倍。モズアスコットの実力が抜きん出ているのは、誰の目にも明らかだった。

ところがどっこい。

最内枠から痛恨の出遅れ。後方のまま4角に向くと、圧倒的人気の立場でイチかバチか内を突くわけにもいかず大外へ。さすがに脚力の違いで差を詰めにかかるも、同じく末脚を伸ばしたダイメイフジを捕らえられず痛恨の2着。ゴールの瞬間はさすがに鞍上も落胆の思いが大きかったことだろう。

さらなる事実が彼にのしかかる。安土城Sで賞金加算に失敗したにもかかわらず、他馬の動向によって安田記念の出走が叶ったモズアスコットは、何とこのレースを勝ってしまう。鞍上はルメール。翌週にG1を勝てるだけの馬を、OP特別で勝たせられなかった悔しさは察するに余りある。後日netkeibaのコラムでも一連のできごとを「悔しくて仕方がなかった」と振り返っている。個人的にも、「人気薄を持ってくるのではく、勝って当たり前の人気馬を勝たせるのが本当にいい騎手なんだ」とパラダイムシフトさせてくれた。

あれから4年が経ち、再び安土城Sの季節がやってきた。あの日と同じ、日本ダービーの発走が間近に迫った時間のゲートイン。そこで勢いよく飛び出したのが、坂井瑠星とエントシャイデンだった。思い切った先行策で馬群を引っ張ると、直線に入っても脚色は全く衰えることなく圧勝。昨秋、フランスの重賞でも3着と健闘し、今年に入ってからもサウジアラビア・ドバイを渡り歩いた相棒の力をフルに発揮し、安土城Sの黒歴史に一つの区切りを迎えることができた。偶然にも、ゼッケン番号はモズアスコットと同じ1番だった。

名門・矢作厩舎の愛弟子ということでデビュー当初から注目を集め、ここまで順調にステップアップは遂げている一方、まだ中央のG1には手が届いていない。その間に同年代の横山武史はエフフォーリアとの出会いもあって日本を代表するトップジョッキーへと台頭。また、岩田望来も飛ぶ鳥を落とす勢いで勝ち星を量産している。彼らに比べるとどうしても、あと一歩ブレイクしきれていない印象が残らないのが現状。ずっと彼を応援している身からしても、十分よくやっているという気持ちと「もうちょっと..!」という気持ちがごちゃまぜになっている。

ただ、普段からチャンスがあれば積極的に海外遠征を敢行し、この春はドバイミーティングでゴドルフィンマイルを制し海外重賞初制覇を果たすなど、比類なき道を力強く歩んでいるのは事実だ。JRAのリーディング争いには反映されない努力の積み重ねが、近い将来ドカンと形になる時が来ると信じている。

先週は土日で6勝をマーク。特に日曜は4勝の固め打ちで存在感を見せたが、本当ならば日本ダービー当日に中京で乗っていること自体が歓迎されることではない。安土城Sとは今年でお別れにしよう、そういう意味でも区切りの勝利となった。

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