幻の『兵庫県民歌』追跡記録・その9

 1947年(昭和22年)に制定された『兵庫県民歌』は歴史の表舞台から姿を消しただけでなく、半世紀にわたって制定主体であるはずの県からその存在を徹底的に否定され続けて来た。
 何故そうなってしまったのかについて、未だに県側から明確な説明は為されていない。

■『兵庫県民歌』否定の半世紀・前編

 その8では、1964年(昭和39年)に現在の県庁舎1号館落成を記念して兵庫県旗が制定されたのと同時期に県庁舎が落成した岩手県や三重県では県章及び県旗(両県とも兵庫県と異なりデザイン共通)と県民歌を同時に制定したのに対し、兵庫県が県旗しか制定しなかったのは「17年前に県民歌を制定した」記憶がまだ残っていたからではないかと推測した。しかし、県旗制定の半年後には早くも『兵庫県民歌』の存在は県から制定の事実を含めて明確に否定されてしまう。半世紀にわたる「長夜の眠り」の始まりである。

 全国知事会の機関誌『都道府県展望』1965年(昭和40年)1月号では「府県の標識」と題する小特集が組まれている。要するに都道府県のシンボル(木・花・鳥・徽章・旗・歌)の一覧であるが、現在でこそ全47都道府県が定めている木・花・鳥・徽章・旗も50年前の時点では約半数しか制定されていなかった。ちなみに都道府県花は1954年(昭和29年)にNHKや日本交通公社(JTB)の共催で選定された「郷土の花」、また都道府県木はこの特集が組まれた翌1966年(昭和41年)に毎日新聞のキャンペーン「緑のニッポン全国運動」と連動して制定されたものが多いと言われている。
 県章(大半は県旗とデザイン共通)は1968年(昭和43年)の「明治百年」を記念して制定されたものが多く、この特集が組まれた時点では26都県(県旗は23都県、内19都県がデザイン共通)と約半数の制定であった。そして都道府県民歌だが、特集の後記では以下のようにまとめられている。

 まず現在県歌を制定している県は二八県あり、殆どが戦後の制定で大体歌詞は公募によるものが多い。変ったところでは山形のように大正十四年の御製を使っている例もある。又4/4拍子のものが全体の八割を占めている。

 兵庫県はここで初めて「□県歌 なし」として、18年前に制定した『兵庫県民歌』の存在並びに制定事実を公的に否定した。また、あとがきにあるように山形県は『兵庫県民歌』と同年に憲法普及会県支部の主導で制定された『朝ぐもの』ではなく戦前に作られ、一時(少なくともサンフランシスコ講和条約発効まで)演奏が自粛されていた昭和天皇御製歌の『最上川』を慣例上の県民歌として挙げている。なお『最上川』が正式に県民歌として制定されたのは1981年(昭和56年)である。
 もう一つ注目されるのが長野県で、後記によればこの時点では木・花・鳥・徽章・旗のいずれも制定しておらず県民歌も「なし」と回答していた。今や「県民歌の中の県民歌」と称される1900年(明治33年)発表の『信濃の国』が正式な県民歌として制定され、復権を果たしたのはこの特集から3年後の1968年(昭和43年)であった。

 1970年(昭和45年)に刊行された『日本うたの地図』(しなの出版)では、9道県(返還前の沖縄県を含む)が未制定その他の理由で都道府県民歌以外の楽曲を掲載している。京都府・大阪府・広島県・福岡県が県庁所在地の市歌(ただし、広島県は広島市歌でなく市が選定した『ひろしま平和の歌』)を掲載しているのに対し、兵庫県は神戸市歌(『兵庫県民歌』と同じく信時潔が作曲している)ではなく毎年6月1日に開催される「善意の日」のキャンペーンソングである『こころの花ばたけ』(作詞:橋本竹茂、作曲:百瀬三郎)を掲載している。ここで神戸市歌が選ばれなかった理由は、時に「日本のユーゴスラビア」と評される県の複雑な事情を反映しているようにも思える。

 1976年(昭和51年)刊の『世界の国旗・国歌総覧』(岩崎書店)では巻末に都道府県旗・都道府県民歌についてもまとめているが、同書の刊行段階では「未制定」の数が6府県にまで減少している。ただし、宮城県は兵庫県と同様に2代目の『輝く郷土』が失われていた時期であり、現実に「未制定」であったのは京都府・大阪府・広島県・大分県の4府県であった。このうち京都府は8年後の1984年(昭和59年)に全国44番目となる『京都府の歌』を制定している。

 1999年(平成11年)、福井県は「1953年(昭和28年)に制定した『福井県民歌』(作詞:三好達治、作曲:諸井三郎)に代わる2代目の県民歌を制定すべきだ」と言う意見が知事との対話集会で出されたことなどを受け、他の46都道府県に対して都道府県民歌の制定状況を照会した。兵庫県は「県民歌は存在しない」と回答。
 なお、福井県の照会が行われる5年前の1994年(平成6年)に芦屋市立美術博物館が富田砕花の遺族からの寄贈を受けた資料の目録を刊行し、その中に「兵庫県民歌(選評)」と題する原稿がリストアップされていた。また、1985年(昭和60年)に旧県庁舎を改装して開館した兵庫県公館県政資料館では『兵庫県民歌』の楽譜が遅くとも2000年(平成12年)頃まで公開展示されていたが、展示内容のリニューアルに伴い公開されなくなっている。

つづく

画像‥淡路島から見た明石海峡大橋(神戸観光壁紙写真集より)

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幻の『兵庫県民歌』追跡記録

1947年の制定後、半世紀にわたり県から存在を否定されて来た幻の『兵庫県民歌』を追う。(表紙画像はPhotock使用)
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