幻の『兵庫県民歌』追跡記録・その3

 岸田幸雄兵庫県知事が制定を提唱した『兵庫県民歌』の歌詞募集には全国から720編の応募があり、知事自らが委員長を務める審査委員会が最終候補作34編を審査した結果、入選作が決定し1947年(昭和22年)2月19日付の新聞各紙で発表された。

■わきたつ喜び

 2月19日付の神戸新聞2面は『兵庫県民歌』の歌詞が決定したことについて、次のように大きく報じている。

※原文は旧字・旧仮名遣い。また、歌詞単体では著作権が存続しているが公表後50年以上を経過し保護期間を満了した神戸新聞社の法人著作である記事の一部分につき、全文を引用した。ただし、原文では番地まで明記されている入選もしくは佳作に選ばれた個人の住所は市町村までとしている。写真は省略。

兵庫県民歌決る
歌おう“郷土の誇り” 四月に盛大な発表会

 郷土のほこりを高らかに歌って祖国再建への三百万県民の意気を鼓舞するため新憲法公布記念事業として兵庫県で募集中であった兵庫県民歌は北は北海道、南は鹿児島県まで全国各地から応募作品七百二十編に上ったので審査委員長岸田知事および委員富田砕花氏、堀県教育部長、朝倉神戸新聞社長らの手で第一次審査を行って優秀作三十四編を選んだうえ全体委員会で第二次審査をした結果、一等一編(賞金一万円)佳作十編(賞金二百円)を決定、十八日に次のごとく発表した
一等 川辺郡小浜村 野口猛(有馬郡生瀬国民学校教官)
【佳作】武庫郡御影町 島崎良一(会社員)△大阪府池田市 上條昌平(高女教諭)△加東郡中東條村 藤原優(農業)△西宮市 中川信夫(無職)△東京都杉並区 潮田いさむ(会社員)△朝来郡生野町 岩宮佳朗(事務員)△尼崎市 阪中すみゑ(助産婦)△福岡県粕屋郡古賀町 花田豊(農業)△揖保郡越部村 八木好美(国民学校教官)△明石郡櫨谷村 井上俊澄(僧侶)
 一等当選作は作曲家信時潔氏の手で三月中に作曲のうえ正式県民歌として四月盛大な発表会を催す
┌─────┐
兵庫県民歌
└─────┘
 一
わき立つよろこび 日本のあけぼの
長夜(ちょうや)の眠(ねむり)は さめたり今こそ
大道(だいどう)開かる 布(し)く新憲法
ゆくては明かるし 民主の楽園
いざわれら 共に起たん
建設の力ぞわれら わが兵庫
 二
あかるき海原 緑の山々
野の幸ひらけて 恵みは豊かに
のびゆく産業 港のにぎわい
いさおは継ぐべし 国土にふたたび
いざわれら 共にゆかん
復興の先駆ぞわれら わが兵庫
 三
歴史ははるけし 文化の水上(みなかみ)
さやけき流れに かがやく人の名
ゆるがぬ伝統 たゆまぬ躍進
使命はあたらし 世紀のこの朝
いざわれら 共に揚(あ)げん
民族のほこりをわれら わが兵庫
 四
こぞれりこの民 国土の再建
希望の光は 天地に満ちたり
重荷にひるまず 心をあわせて
進はむはひとすじ 世界の平和へ
いざわれら 共に遂げん
永遠の理想をわれら わが兵庫

教壇生活十八年
一等当選の野口猛氏

 一等当選の野口猛氏(四二)は小学校卒業独学で大阪府で検定試験をうけて本科正教員の免許状を得、川辺郡長尾小学校代用教員を振り出しに同郡宝塚、有馬郡三田国民学校の教員となり、現在有馬郡生瀬国民学校教官で十八年間教壇生活をつづけている人、少年時代から詩歌、絵画に趣味を持ち、雑誌その他に投稿してしばしば賞を得、かつて本社が募集した相生市歌にも三等一席に入ったことがある
 野口氏は左のごとく当選の喜びを語る(写真は野口猛氏)
 敗戦後の混乱から立ち直る力は県民一人々々の復興への意気込みです、加重する困難に屈せず、あらゆる障害をつき抜いてかの明治、大正時代にわが兵庫県が果した偉大な業績をおもい、もう一度起ち上ろうではありま-せんか、貧しい私の歌が立派な曲に作られていくらかでもこの大きな仕事に役立つことになればこの上の喜びはありません

 作曲は記事中にある通り審査委員を務めた東京音楽学校教授の信時潔(1887-1965)に依頼され、東京藝術大学(東京音楽学校の後身)図書館に所蔵されている信時の自筆譜によれば3月11日に完成したようである。
 ただし『兵庫県民歌』制定の日付を特定する文書は発見されておらず「3月11日から5月3日までの間」に制定された、としか言えない。県公報でも県民歌制定に関する告示はなく、少なくとも賞金総額12,000円余りが拠出されているはずの関連予算も「教育予算」に内包されていたようで事業への具体的な「箇所付け」が行われた形跡を確認することは出来なかった。

 この間、岸田は4月に統一地方選挙の一環として行われる第1回兵庫県知事選挙に出馬するため3月14日付で官選知事を辞し、4月12日までは遠藤直人が官選では末代となる第33代知事を務めた。知事選では岸田が民選初代知事として初当選し、知事の座に返り咲いて5月3日の日本国憲法施行記念祝典に臨むことになる。
 5月3日に神戸の兵庫県議会議事堂で挙行された祝典では、県庁舎(現在の県公館)の向かい(現在の県庁舎が建っている場所)にあった県立第一神戸高等女学校(県立神戸高校の前身の1校)の生徒が『兵庫県民歌』を斉唱したことが4日付の神戸新聞や朝日新聞兵庫県版(画像)の記事で確認される。恐らくはこれが『兵庫県民歌』の初披露だったのであろう。
 2月19日付の記事では「4月に実施予定」とされていた発表音楽会は、憲法施行記念週間の文化事業として5月8日に改めて開催された。

つづく

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幻の『兵庫県民歌』追跡記録

1947年の制定後、半世紀にわたり県から存在を否定されて来た幻の『兵庫県民歌』を追う。(表紙画像はPhotock使用)
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