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【吹奏楽曲解説】ピース、ピースと鳥たちは歌う(伊藤康英)

今回紹介するのは伊藤康英(いとう やすひで)作曲、『ピース、ピースと鳥たちは歌う』です。

創価大学パイオニア吹奏楽団の委嘱作品で2018年に全国大会初登場し、今年の全国大会では鹿児島県立松陽高校、神奈川大学、創価学会関西吹奏楽団の3団体で演奏された楽曲です。

参考音源

① 伊藤康英指揮/創価大学パイオニア吹奏楽団のリハーサル動画(全国大会初演の3日前の映像です)

②岡村雄之典指揮/川口市・アンサンブルリベルテ吹奏楽団による第57回定期演奏会ライブ演奏

作品について

本作品は冒頭で触れた通り、創価大学パイオニア吹奏楽団により委嘱されましたが、本楽曲の原曲である『平和と栄光』にまずは触れていきたいと思います。

吹奏楽のための序曲「平和と栄光」

吹奏楽のための序曲「平和と栄光」は、創価グロリア吹奏楽団の委嘱で2001年に作曲されました。

女性合唱付き、客席内に4群ものバンダ(バンダだけでもTrb6、Trp12、打楽器4名の合計22名!)を配置した大編成の壮大かつ華やかな作品で、こちらの楽曲が『ピース、ピース〜』の原曲となっています。

規模の大きさからなかなか実演の機会が無い作品なのですが、2016年に洗足学園音楽大学が演奏した際の動画がYouTubeで配信されていますので、ぜひご覧下さい↓

藤岡幸夫指揮/洗足学園音楽大学グリーン・タイ ウインド・アンサンブルの演奏です。

冒頭の『ピース、ピース~』の参考音源と聴き比べていただくと分かる通り、大まかな構成は「平和と栄光」とほぼ一緒です。

『ピース、ピース〜』について、伊藤康英氏は以下のように述べており、「平和と栄光」を一般的な編成で演奏出来るよう手直しをしたリダクション版という位置づけと考えることが出来ます。

『平和と栄光』の音楽を生かしながらも、冒頭部分や、後半(第127小節から第183小節)など、新たな部分を加え、全体的にオーケストレイションも見直したため、タイトルも改めることとなった。
「ピース、ピースと鳥たちは歌う」楽曲紹介より抜粋

カタロニア民謡『鳥の歌』

『ピース、ピース~』を解説するうえで、もう1つの重要な要素としてカタロニア民謡の『鳥の歌』があります。

『鳥の歌』はスペイン北東部のカタロニア地方の民謡で、キリスト聖誕を鳥が祝っている様子を歌っている楽曲です。
この楽曲は弦楽器奏者であれば知らない人はいないであろうカタロニア出身の伝説的チェロ奏者、パブロ・カザルスによる編曲と演奏によって広く知られた楽曲でもあります。

カザルスは第二次世界大戦が終結後の1945年以降から、故郷への想いと平和の願いを結びつけ、この曲を頻繁に演奏するようになったと言われています。

パブロ・カザルスによる『鳥の歌』の中でも特に有名なエピソードとして、カザルス晩年(94歳)の1971年10月24日、世界国際平和デーに国連本部で行った演奏があります。
この曲はアンコールとして演奏されましたが、演奏にあたってカザルスは平和を求めるメッセージとともに、「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は peace、peace と鳴くのです」と述べたうえで『鳥の歌』を演奏しました。

第一次世界大戦、スペイン内戦、そして第二次世界大戦と争いが絶えない時代を生きたカザルスですが、音楽を通じた世界平和を生涯考えて活動していたことがこのエピソードからも窺えます。

『ピース、ピース~』のスコア(総譜)の1ページ目上部、楽曲のタイトルの下には以下の文言が記載されています。

『ピース、ピースと鳥たちは歌う』のスコア
Birds sing when they are in the sky, they sing: "Peace, Peace, Peace "
from the words at the United Nations- 24 October 1971 by Pablo Casals.
『ピース、ピースと鳥たちは歌う』スコアの1ページより

内容としては、まさに先程上記で触れたカザルスのエピソードですね。
『平和と栄光』そして『ピース、ピース~』の核となるテーマとして、平和の象徴とも言える『鳥の歌』の旋律を用いることで、伊藤康英氏なりの平和に対するメッセージが感じられます。

冒頭~34小節目 (参考音源の冒頭~2:30頃)

ここからは『ピース、ピース~』の解説に入っていきます。

冒頭はオーボエソロの印象的な『鳥の歌』の旋律によって始まります。曲自体は4/4拍子ですがこのオーボエソロはa piacere(自由に)との指示がある通り、拍感にとらわれらずに自由に、そして語りかけるように吹くのが曲のイメージとも合っているように思います。

『鳥の歌』の旋律はその後トロンボーンソロ、トロンボーンセクションでのTutti(総奏)へ受け継がれていくのですが、このトロンボーンの使い方が個人的にとても好きなポイントです。

私自身『鳥の歌』はどうしてもチェロのイメージだったので、チェロと音域的に近しいトロンボーンがこの旋律を担っていることは非常にしっくりと来ました。

オーケストラの楽曲でのトロンボーンは「神聖な楽器」として、特別な役割を担うことが多いです。
(例:ベートーヴェンの交響曲第9番4楽章、ブラームスの交響曲第1番4楽章コラール、マーラーの交響曲第3番1楽章の長い長いソロなど)

『ピース、ピース〜』冒頭のトロンボーンの使い方も、上記のトロンボーンの使い方と近しいものを感じます。

余談ですが、伊藤康英氏の編曲に『鳥の歌』がありトロンボーンソロ+吹奏楽伴奏というような編成になっています。
楽曲は異なりますが、『鳥の歌』の旋律におけるトロンボーンは重要な役割を担っていると考えられるかと思います。

35~91小節目 (参考音源の2:30頃~4:30頃)

『鳥の歌』の旋律が歌い継がれた前半部から雰囲気が変わり、中間部は物々しい雰囲気になります。

テンポがやや速くなり、拍子も4/4拍子・2/4拍子で歌うように流れていた前半部から9/8拍子・4/8拍子・3/8拍子と8分音符主体の拍子になることで切迫した音楽が続いていきます。
前半が平和の音楽だとすると、この辺りは争いの音楽でしょうか。

争いの音楽の盛り上がりの頂点となる75小節目、オーボエ・ソプラノサックス・トランペットなどによって突如『鳥の歌』の旋律が奏でられます。
冒頭とは雰囲気が変わり、ここでは木管楽器群やティンパニによる激しい合いの手が入ります。
この合いの手は平和を高らかに唱えることに対して、一種の弾圧のような表現なのでは無いかと思っています。

弾圧に負けずに『鳥の歌』が続いた後、トランペット・トロンボーンによる力強いファンファーレが加わります。『平和と栄光』ではバンダによって奏でられていたファンファーレです。

先程の弾圧に対しての民衆側の抵抗、あるいは平和を望む強い意志を感じるような勇ましい音楽です。
ファンファーレに後押しされて、『鳥の歌』の旋律はより力強く奏でられます。

92小節目~183小節目 (参考音源の4:30頃~6:30頃)

テンポが前向きになり、行進曲風の音楽となります。
大音量の音楽ですが前半のような物々しい雰囲気は無く、輝かしい希望の音楽です。
クラリネットによる鳥の声(マウスピースでのグリッサンド)も聞こえ、終盤に向けて音楽が徐々に緊迫感を増していきます。

この部分はぜひ原曲の『平和と栄光』の動画も見てもらいたいです。
客席後方のバンダ(Trp+打楽器)が演奏しながらステージに向かっていき、最終的に舞台側の演奏と合流するという演出がされており、『ピース、ピース~』よりもかなり壮大な音楽となっています。これは生で聴いていたら圧倒されると思います。

原曲の『平和と栄光』でのホール全体を使った壮大な演出(YouTubeより)

184小節目~ラスト(参考音源の6:30頃~ラスト)

行進曲風の音楽の頂点で、トランペットにより高らかに『鳥の歌』の旋律が奏でられます。また、すぐに同じ旋律がトロンボーンによってこだまのように奏でられます。

原曲では女性合唱+バンダのトランペット・トロンボーンで奏でられていた部分なので、天から降りそそぐような音楽で演奏したい部分ですね。
トランペットには楽譜上standing(立奏)の指示があるので見た目的にもインパクトがありますが、トロンボーンも同じくらいの音量で演奏して欲しい箇所です。

楽曲は行進曲風の旋律も再び加わり、平和が争いに打ち勝つように輝かしく華やかに終わります。

参考音源

① 伊藤康英指揮/創価大学パイオニア吹奏楽団

2018年度(第66回)全日本吹奏楽コンクール全国大会ライブ録音盤での演奏です。
コンクール初演の演奏ですが曲にカットは無く、作曲者の自作自演ということもあり、非常に感銘度が高く必聴の演奏です

②中村俊哉指揮/神奈川大学吹奏楽部

神奈川大学吹奏楽部による2021年定期演奏会のライブ演奏。普段の神奈川大学の演奏よりは熱量が高いものの、全体としてはやや大人しい印象。ライブ演奏ですが、先に挙げた創価大学より細かいミスは少なく安定感があります。

③仲田守指揮/名古屋アカデミックウインズ

中部圏のプロ奏者を率いる仲田守指揮による演奏。音色の深みや安定感が随一です。

最後に

今年のコンクールで一気に3団体が演奏したことで今後流行していく楽曲かと思いますが、私個人としては曲の派手さや華やかさだけに注目するのではなく、曲自体に込められた平和へのメッセージを感じながら演奏されていくことを望みたいです。

また、『ピース、ピース~』のもととなった《吹奏楽のための序曲「平和と栄光」》や、2つの楽曲通して重要なテーマとなっている『鳥の歌』についても、聴いたことが無い状態では曲自体のイメージがだいぶ変わってしまうかと思います。

特に「平和と栄光」の方は、せっかく音楽大学の公式チャンネルで貴重な動画がアップされているので、『ピース、ピース~』に取り組む際はぜひ聴いていただきたい楽曲です。
(2年前にアップされて現時点で2,500回再生とは何とも寂しいです…。これを機に原曲に興味を持ってもらいたいですね…!)

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