見出し画像

【吹奏楽曲解説】交響曲第1番「悪魔の聖書」(ジェイムズ・デイヴィッド)

今回紹介するのはアメリカ出身の作曲家、ジェイムズ・デイヴィッドによる交響曲第1番「悪魔の聖書」(英題:Symphony No.1 “Codex Gigas”)です。

先日開催された第70回全日本吹奏楽コンクールにて、アンサンブルリベルテ吹奏楽団が自由曲として演奏し金賞を受賞しました。

ジェイムズ・デイヴィッドという作曲家、日本ではまだ馴染みが無い状態ですが果たして今後流行っていくのか…?

参考音源

※全曲からの抜粋
福本信太郎/アンサンブルリベルテ吹奏楽団
第61回定期演奏会ライブ(2022年5月29日)

作品について

交響曲第1番「悪魔の聖書」 は、全4楽章構成、演奏時間およそ30分の楽曲で2019年に作曲されました。
日本で初演されたのは2021年の昭和音楽大学吹奏楽団(昭和ウインド・シンフォニー) 第22回演奏会で指揮は上記の参考音源と同じく福本信太郎です。

昭和音楽大学吹奏楽団(昭和ウインド・シンフォニー) 第22回演奏会チラシ(大学公式HPより)

作曲者によれば、 この作品は「偽りと混乱の時代が意味するものの重要性を探るこころみ」で、13世紀~21世紀までに存在したさまざまな音楽的/非音楽的な素材を作曲の発想のもととしているそうです。
なかでも最も重要な素材は楽曲のタイトル(原題)でも使用されている、13世紀初頭に成立したとされる文献 『ギガス写本(Codex Gigas)』 です。

ギガス写本とは?

『ギガス写本』は現存する中世最大の手書き文
献で、 内容はラテン語で書かれた聖書です。 

ギガス写本(Wikipediaより)

上記の画像の通り、聖書の中には巨大な悪魔のイラストがあり、「誓いを破った罰として巨大な写本の完成を求められた修道僧が自分の魂と引き換えに悪魔に写本の完成させた」という伝説が語り継がれているため、『悪魔の聖書』 と呼ばれています。

デイヴィッドは「悪魔」と「聖書」という、相反するものの対比から楽曲のインスピレーションを得ました。 
結果的に「闇」と「光」、「悪」と「善」、「無知」と「啓蒙」、「偽り」と「真実」といった対比が、 さまざまな形で楽曲内に対置されています。

カレル・フサ作品との関連

カレル・フサ(1921年-2016年)

この楽曲を聴いてもらうと所々にカレル・フサ作品、とりわけ『プラハ1968年ための音楽』に影響を受けていることが分かります。 

例えば、1楽章冒頭や4楽章では同楽曲で使用されていたフス教徒の聖歌〈汝ら、 神とその法の戦士たち(Ye Warriors of God and His Low)〉が使われています。
また、3楽章序盤のスネアの長いクレッシェンドから管楽器の鋭い音の打ち込みの部分も、『プラハ~』の「間奏曲」から「トッカータとコラール」の繋ぎと一緒ですね。
(あまりにもそのまま過ぎて最初聴いたときは思わず吹き出しそうになりました。笑)

カレル・フサ作品との関連性について、作曲者のデイヴィッドは

13世紀の聖書の写本とフーサの音楽には、表面的には何のつながりもない。 しかし、 『悪魔の聖書』 が作られたのはボヘミアのベネディクト会の修道院とされ、 15世紀のフス教徒とカトリック/神聖ローマ帝国との間で起こった「フス戦争」 の間に、ヨーロッパ各地のさまざまな修道院に、その聖書も、 また聖歌 〈汝ら、神とその法の戦士たち〉も知られるようになった。 このふたつの素材は、互いにつながっているのだ

と述べています。

フサ作品の『プラハ~』以外にも、第1楽章と第3楽章では『この地球を神と崇める 』で用いられている半音階の動機を基に構成されているそうです。
『プラハ~』ほど分かりやすく楽曲内で用いられている訳ではありませんが、この辺りの関連性にも注目しながら楽曲を聴いてみると面白いかもしれません。

第1楽章:闇のあとの光(Light after Darkness)-聖歌とオルガヌム

闇のあとの光(AIによるイメージ画像)

冒頭の鐘の響きは、無秩序な自然の様子を表しています。 やがて「啓蒙」の規則的な歩みを示すシンコペーションの同音連打のリズムが始まり、ユーフォニアムのソロが光と治世の時代の到来を告げます。 
この旋律はその後5度音程で重ねられて、中世に発達した二声の 「平行オルガヌム」 と、 旋律を反復する一定のリズムに埋め込む 「イソリズム(isorhythm、アイソリズムとも)」 の技法を模倣してみせ、 12~14世紀の西洋音楽史を辿るように進みますが、 最後にはまた無秩序な自然が回帰します。

第2楽章:世捨て人ヘルマン(Herman, the Recluse)-シャコンヌ

修道僧ヘルマン(AIによるイメージ画像)

『悪魔の聖書』を書いたとされるベネディクト会の修道僧ヘルマンは、 自身 を「世捨て人」と称していたと伝えられています。
彼の誠実さと厚い信仰を表現する和音の連なりを背景に、フス教徒の聖歌〈汝ら、神とその法の戦士たち〉の最初の音型による旋律が現れ、次第にそれが対位法的に展開されます。
1楽章とは対照的に調性的な響きの楽章ですが、楽章の後半で 聖歌の背後から聴こえてくるスネア・ドラムの響きがなんとも不穏な雰囲気を醸し出しています。

第3楽章:巨大な赤いドラゴン(The Great Red Dragon)-トッカータ

巨大な赤いドラゴン(Wikipedia:「黙示録の獣」より)

楽章のタイトルである「巨大な赤いドラゴン」は、新約聖書『ヨハネの黙示録』に記された7つの頭と10本の角を持つ赤い竜のことだそうです。

緊張感のあるスネアの響きから始まり、1楽章の「啓蒙」の同音連打が再び (しかしさらに攻撃的に) 現れ、 半音階と全音階の動機の混在が混乱を引き起こします。 
楽章の中間点で現れるのは、古い時代の音楽が新しく姿を変えた“無知の残酷なマーチ”です。 
暴力的なコーダの最後にハープ、ピアノ、グロッケンシュピールによる無秩序な響きが残り、そのまま次の楽章へアタッカで繋げられます。

第4楽章:聖なる都市(The Holy City)-コラール

聖なる都市(AIによるイメージ画像)

ハープ、ピアノ、グロッケンシュピールの響きは混沌から突然 「啓蒙」 の同音連打へ繋がります。 それに導かれて1楽章冒頭で用いられた〈汝ら、神とその法の戦士たち〉の旋律、そしてフサの『この地球を神と崇める』の半音階的動機も登場し、それらが積み重なって神々しい印象を与えます。

「闇」と「光」をテーマとするこの壮大な作品のフィナーレは、希望と真実の勝利を予感させずにはおかない、「光」に満ちたもので締めくくられます。

収録CD

交響曲第1番“悪魔の聖書"/ジェイムズ・デイヴィッド 昭和ウインド・シンフォニー 

2022年11月時点で唯一の全曲版音源。緊張感のある1、3楽章と2、4楽章との対比がよく表されている演奏です。

終わりに

作曲家としてはまだ若手の部類に入るジェイムズ・デイヴィッドですが、コンクールで本楽曲が演奏されたことをきっかけに日本でも演奏されるようになって欲しいところです。
2019年に日本初演された『過ぎ去りし年の亡霊』なども本楽曲と同じく暗→明の構成で分かりやすく、規模も比較的小さめなのでこちらも演奏する団体が増えて欲しいですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?