見出し画像

【吹奏楽曲解説】吹奏楽のための協奏曲(高昌帥)

 本日紹介するのは高昌帥作曲の「吹奏楽のための協奏曲」です。
 実は以前別のブログ記事で解説記事を書いていたのですが、全曲版の収録CDも増えてきたので改めてnoteにまとめたいと思います。


■参考音源

・飯森範親指揮/フィルハーモニック・ウインズ 大阪による演奏

(2020年9月13日に行われた第30回記念定期演奏会より。「吹奏楽のための協奏曲」は22:42〜)

・高昌帥指揮/大津シンフォニックバンドによる演奏

(2021年5月16日に行われた大津シンフォニックバンド第78回定期演奏会より)

■作品について

 大阪音楽大学の創立100周年記念委嘱作品です。初演は2016年3月6日に同団体の第47回吹奏楽演奏会にて行われました。

 初演時の指揮は2024年での引退を公言している井上道義氏です。井上道義氏はショスタコーヴィチを中心に、現代音楽まで幅広いレパートリーに精通する指揮者です。(2019年にN響が演奏したグラス作曲の「2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲」など、他では演奏しない楽曲も積極的に取り上げているイメージです。)

 その世界的指揮者でも「吹奏楽のための協奏曲」初演時は相当振るのに苦労したようで、初演時の感想を以下のように振り返っています。

癌になった後なぜか逆に忙しく腕が痛い僕には(もう死にそうだからやれるだけ早くやれみたいな感じかな)、高さんのあの作品はプレストの5拍子は手と脳で振り切ることが出来ない
・・・誰も出来んぞアレは・・・でも、やるとなったんだから頑張りましたが。

井上道義公式ブログ(以下リンク)より抜粋

 また、吹奏楽の楽曲としては編成はかなり大きい部類に入るかと思います。
 管弦楽作品だと比較的よく目にするコントラファゴットはもちろん、管弦楽作品でもあまりお目にかかることの無いアルト・フルート、コントラバス・クラリネットといった楽器も用いられており、それらの楽器のソロまであります。

 金管楽器は特殊な楽器は特段ありませんが、トランペットとは別にコルネットが用いられて、両者が使い分けられていることも吹奏楽の楽曲としては珍しいかと思います。
 打楽器セクションも物凄く珍しい楽器が使われている訳ではありませんが、スコアを見るととにかく人数が必要なことが分かります。(9〜10名ほど必要でしょうか)

 以下、楽章ごとの解説です。後ほど収録CDの部分でも紹介する東京佼成ウインドオーケストラ公式が楽章別に音源を公開していたので合わせてリンクを貼り付けています。

・第1楽章:Maestoso

 トランペット、トロンボーンによる力強く、祝祭的なファンファーレから楽曲は始まります。

1楽章冒頭より

 同音連打が特徴的なファンファーレのフレーズはその後、フルートをはじめとした木管楽器にも受け継がれ、最終的には全奏で冒頭のファンファーレが戻ってきます。
 
 時間にして2分半、小節数にすると50小節にも満たない短い楽章ですが、楽曲全体の重厚な雰囲気を予感させるような楽章です。

・第2楽章:Pregamdo

 イタリア語で『祈るように』という意味をもつ「Pregamdo(プレガンド)」と題された、5分半程度の楽章です。

 この楽章はアルト・フルートによる1分半ほどの長いソロから始まります。
 管弦楽の作品だとストラヴィンスキーの『春の祭典』(第2部の「乙女たちの神秘的な集い」)、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』(第2組曲の「パントマイム」)、伊福部昭の『管弦楽のための日本組曲』などで印象的にアルト・フルートを用いていますが、吹奏楽でアルト・フルートにここまで長いソロがあるのは相当珍しいかと思います。

2楽章冒頭

 アルト・フルートによる陰鬱な祈り(どこか儀式的な雰囲気も感じられる祈り)の音楽が終わると、ホルンによってソロが引き継がれます。こちらはアルト・フルートの祈りとは対照的な光が差し込むような祈りの音楽です。
 そのまま音楽はコルネット、木管楽器群によって歌い継がれ情熱的な盛り上がりを見せます。

 盛り上がりが頂点を迎えると、音楽は落ち着き、最後は低音楽器群をフィーチャーした重苦しい音楽となります。
 コントラファゴット、コントラバス・クラリネット、テューバが冒頭にアルト・フルートが奏でたモチーフを繋いで、コントラバスのピチカートがそれを締めくくります。

・第3楽章:Scherzoso

 朝鮮半島の伝統音楽で用いられるリズムのひとつである、チャンダン(長短)を用いたユーモラスなスケルツォ楽章です。5分ほどの楽章で、それまでの楽章とは雰囲気が一変します。

 ホルンによって一定のリズムでの打ち込みと合いの手が提示され、他の楽器にもチャンダンのリズムが広がっていきます。

3楽章冒頭

 同音連打のリズムの盛り上がりが一段落する中間部では、2楽章でアルト・フルートによって提示された祈りの音楽がイングリッシュ・ホルンによって(ファゴットの伴奏に乗って)奏でられます。
 ソロの合間ではピアノ、クラリネットなどによって5楽章で用いられる分散和音のフレーズも顔を覗かせます。

 後半部では再びチャンダンのリズムが提示された後、駆け抜けるように分散和音のフレーズとファンファーレが交錯し曲が閉じられます。

・第4楽章:Affettuoso

 イタリア語で『愛情を込めて』という意味をもつ「Affettuoso(アフェットゥオーソ)」と題された、6分弱の楽章です。

 クラリネットの優しく美しい(そして、どこか儚い気持ちになる)ソロによって始まります。このフレーズは同じ高昌帥作品の「アッフェローチェ」の冒頭で出てきたオーボエのソロと同じですね。

4楽章冒頭

 曲はその後も木管楽器を中心に展開していきます。美しいソロや旋律が続きますが、技巧的な要求度は高く、特にオーボエのソロでは実音Gまで使用する高音域のソロで非常に難しいことが書かれています。

 楽章の終盤ではサックス群によって冒頭のクラリネットのフレーズが戻ってきて静かに曲が閉じられます。

・第5楽章:Festivo

 4楽章から切れ目なし(アタッカ)で5楽章が演奏されます。コントラバス・クラリネットからE♭クラリネットまでの分散和音で駆け上がるようなフレーズで始まります。
 
 他の楽章でも度々顔を覗かせていた同音連打のフレーズ、駆け抜けるような分散和音や、2楽章冒頭の祈りの音楽などが総動員される目まぐるしい楽章です。
 作品紹介冒頭でも触れた(井上道義氏も苦労した)「テンポの速い5/8拍子」は、この楽章の肝とも言える要素です。ただでさえアンサンブルが難しいのに加え、金管楽器に要求される低音域・高音域の幅も広く、この楽曲の中でも特に演奏が困難な楽章だと思います。

 曲はそれらの困難を乗り越えながら、最終的に1楽章のファンファーレが輝かしく、そして喜びを爆発させるように熱狂的に演奏され曲が閉じられます。

■収録CD

 コンクールでの演奏音源も多数ありますが、ノーカットでの演奏として以下3枚を紹介します。

・大井剛史指揮/東京佼成ウインドオーケストラ
『吹奏楽燦選ライヴ/保科洋:交響曲第3番』[コロムビア COCQ-85574]

 各楽章の解説にリンクで掲載した音源のCD盤。この楽曲の決定盤ともいえる圧倒的にオススメの1枚。合わせて収録されている「水面に映るグラデーションの空」や保科洋の「吹奏楽のための交響曲第3番」も素晴らしいクオリティです。

・ユージン・コーポロン指揮/昭和ウインド・シンフォニー
『吹奏楽のための協奏曲/高昌帥』[ブレーン OSBR-36001]

 ユージン・コーポロンと昭和音楽大学ウインド・シンフォニーによる演奏。長生淳の新作「ギャラクシーズ・シー・ホールズ・インサイド」や、近年日本で注目され始めているJ.M.ディヴィッドの「過ぎ去りし年の亡霊」も収録された1枚。

・藤重佳久指揮/オーチャードブラス!スペシャルウインドオーケストラ
『オーチャードブラス!2017』[avex AVCL-25962]

 吹奏楽コンクールでの名物顧問・藤重先生と若手プロを中心にした企画型バンドによる演奏。先に紹介した2枚と比較してしまうとやや大味な印象ですが、1番最初に全曲版を収録したCD、という観点では存在意義の大きい1枚。

■最後に

 「吹奏楽のための協奏曲」というタイトルが示す通り、すべての楽器が(ときに技術的な困難を乗り越えながらも)活躍するように書かれた楽曲で、全楽章を通して聴くと圧倒される作品です。

 全曲でおよそ25分程度の大規模な作品ですが、吹奏楽の魅力を味わえる高昌帥作品の集大成ともいえる作品なので、コンクールカット版しか聴いたことがない方はぜひ全楽章を通して聴いてみてください…!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?