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1人の女の子を考える~八宮めぐる①

しゃにますわー、ぴょんきちです。

「しゃにますわー」って一度でもいいから使ってみたかったんです。はい、それだけです。

このあいさつで始まった時は基本的にシャニマスの記事ってことにします。さてさて、今回は「1人の女の子を考える」シリーズを書いていこうと思います。

考えさせていただくのは

八宮めぐる

です!

通称:チエルアルコおじさんという言葉が生まれるほどに界隈では有名な「チエルアルコは流星の」、さらにはイベントコミュ「Star n dew by me」を参考に考えさせていただきました。こちらのコミュのネタバレがありますので、読んでいない方はページをそっと閉じて、シャニマスを開きましょう。

「生きている」ということ

いきなりですが、今回言いたいことはこれに尽きます。

「シャニマスのアイドルは生きている!」

どうしてそのように感じるのか。

それはシャニマスが人の心の薄暗い部分にスポットライトを当てて、それを描き出すのが最高に上手いから。

八宮めぐるちゃんをプロデュースしていく中でこのことを非常に強く感じました。いわゆる「信号機」と銘打たれているユニット・イルミネ。そこに属するめぐるは他の2人と比べれば個性が強く、ユニットを動かしていく活動家。学校でも友達には人気があり、ハーフでスタイルも素晴らしく、運動神経も良い。雑な言い方をすれば「陽キャ」という印象が強く、その印象はつい最近までそのまま残っていました。

その印象を覆す契機を与えてくれたのが、このインタビュー記事。

高山P:めぐるは決してシンプルな子ではなくて、いわゆる元気系な子ではありますが、それだけではありません。外から見た印象と、心情を描写した時に見えるものが違う……そんな子かもしれないですね。

「あれれ、全然僕めぐるのこと知らないぞ」

そう思った僕は早速溜めていためぐるのコミュを見ることに。そこで行き当たったのが「チエルアルコは流星の」とイベントコミュ「Star n dew by me」でした。

「チエルアルコは流星の」から

このコミュの始まり「異邦の青、浮遊する」は、めぐるがある映画に出演し、役の練習をしているシーンから始まります。

めぐるは役への思いやりが非常に強い。それというのも「台本を読んでいたら、なにか声をかけてあげたくなったから」。

その役というのは「大正時代の日本にやってきた青い目の女の子。大人しくて、喋るのが苦手……」。

一見すると、めぐるのイメージから遠く、Pの「めぐるとはちょっと違うタイプだよな」というセリフにも頷けます。

しかし、めぐるの「やっぱりそう思う?」というセリフの真意がイマイチ掴みきれません。

プロデュースを始めた僕はここで「分からない壁」にぶつかりました。

どうしてめぐるは自分のイメージから離れた役にここまで思い入れが強いのだろうか?また、「やっぱりそう思う?」というセリフに込められた真の意味とは何なのだろうか?

この後、映画出演の話はなくなったことがPから告げられ、めぐるは結局、かけてあげる言葉が見つからずに終わってしまいます。

続くコミュ「同調の水、されど」。このコミュでめぐるが何を抱えているのかが少しずつ見えてきます。

偶然通ったアクアリウムショップ。同じ水槽の中で一匹だけ色が違う熱帯魚に目を奪われます。

Pにその魚が寂しそうに見えるか?と聞かれるとめぐるは「分からない」と答えます。

「もしかしたら、自分も他の魚と同じ色だったらって思っているかも……」

このセリフを読んだときに考えたのは、めぐるの過去です。この水槽はおそらく「教室」のメタファーなんだろうなと。小・中・高とめぐるを支配した(している)のは教室内の同調圧力と、同調しきれない自分への不安なのでしょう。同調しきれないというのは、外見的に。ハーフという大きな特徴を持つめぐるは完全に周囲と同化することは不可能です。

めぐるが抱える「不安」というものに気づかせてくれたこのコミュには心の底から感謝したい!だっておそらくこのコミュを読まないと、めぐるを考えるにも至らなかったと思いますから。

「不安」を抱えている。それはつまり、いつでも自分がこの熱帯魚のように一人ぼっちになる可能性があるということなんでしょう。だから、体が壊れる限界まで助っ人をやるのかもしれません。周囲に自己の価値を伝えることで自身が抱える不安を打ち消しているのではないでしょうか。

自身の不安を熱帯魚に投影しているめぐる。熱帯魚に手を差し伸べたのはPでした。

まさにこれ、めぐるがPに出会った時を暗示しているんだろうなあ……!って一人で胸が熱くなりました。

そう、ここでPが熱帯魚をスカウト(笑)したこと、これめちゃくちゃ大事。これが意味するのは、めぐるが不安をかき消すために必要なのは、何とか周囲に同調することではなく、その特徴を個性として認めることだったんですよね。

めぐるがアイドルになったのもここにめちゃくちゃミソがあると思いました。だから、アイドル・めぐるの周りにいる人は彼女自身にとって、特別な存在なんでしょうね。

そしてPという特別な存在がめぐるのそばにいることで、めぐるが周囲と同調することなく、「めぐる」として存在していても一人ぼっちになることがないということです。

それはTrue Endコミュ「無重力のウテナ」で分かります。めぐるは先のコミュ「異邦の青、浮遊する」でこんなことを言っていました。

「ひとりで」空を見ていた女の子。この子にどんな言葉をかけてあげるかを必死に考えていましたね。

そして、最後のコミュ、一度断られた映画出演でしたが、代役をPが何とか用意してくれました。そして、最後にPにこう言うのです。

1人で空を見ていた女の子。めぐるは彼女が自分と重なってしまったのでしょう。「不安」に押しつぶされてしまいそうな自分になんて言葉をかけてあげるべきなのか、その時には分からなかった。

でも、今、こうして共に空を見ることができる人たちがいる。

この流れが意味するものは、めぐるの「不安」からの解放でしょう。

めぐるは真の意味で一人じゃなくなったのです!

「We can go now」の歌詞、「1人じゃないよね」がめぐるのことを知ってから聞くと感動するフレーズだということに気づきました)

小休止

やっぱり、シャニマス最高だなあ。

さてさて、「チエルアルコは流星の」コミュの考察はこの辺で一度切り上げて、続く②では「Star n dew by me」のコミュに注目してめぐるを考えていきます。

①ではP×めぐる。②ではユニット×めぐるという視点で考えていく予定です。ぜひ、目を通していただけたら幸いです!ご気軽にコメントくださいね~

※こちらの記事は全て個人的解釈に基づくものです

⇩シャニマスの記事はこちら!



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