どれが三度目なのか


是枝裕和監督の三度目の殺人(2017)は、吉田修一の世界を描きたかったような気配がありました。
個人的な憶測に過ぎませんが、李相日監督への対抗意識なのかもしれません。
作家、吉田修一の「悪人」や「怒り」は李相日監督によって、緊張感のある映画となり、興行的にも批評的にも成功しています。
怒りと同じ2016年に吉田恵輔監督でヒメアノ~ルという映画がありました。こちらは漫画(古谷実)を原作としていますが、非情さや、人がもつ闇のようなものが李相日監督に似ています。石川慶監督の愚行録(2017)も、悪人や怒りの妻夫木聡を起用し、同様の印象がありました。

共通するのは、殺人事件を狂言回しとし、その周囲で人の本性のようなものが暴かれるリアリスティックなドラマであり、いずれもどっしりと重い見応えがあります。
この一連の潮流は、韓国映画への対抗意識なのかもしれません。
近年台頭してきたイチャンドンやパクチャヌクやポンジュノやキムギドクといった監督の、ギラギラした抜き身のような世界観が、日本へも伝播してきたように感じられます。
一貫して日常を切り取った風景を描いてきた是枝監督が、殺人事件の映画を撮ったのは、その潮流を感じ、ある種対抗心を持ったからだと思うのです。

ただ殺人を扱うとはいえ、あくまで是枝風の解釈で、ギラギラとはしていません。
さまざまな事象が、どっちつかずのままで、わかりにくさもありました。
そもそも三隅(役所広司)が、やったのか、やってないのかもわかりません。意図的な両義性があり、観客の想像にゆだねる謎が残されます。

三度目の殺人の命題にひとつに、生まれてこないほうがよかった人がいるかいないか、があります。死刑をよしとするかしないか、とも言えます。答を出さないままの態度は、こういった根の深い問題を扱っているからかもしれません。

人は性善説と性悪説に二分されると思います。
単純な問題にもかかわらず、たとえばこれを全国民を対象としたアンケートにしたとき、どのていどの割合で二分されるのか、私には想像もつきません。
人によっては自明のことかもしれませんが、実際はどうなるでしょう。

基本的には誰もが、悪いことをしたら罰せられなければならないと感じているはずです。それが国際的なムードや高等教育や宗教をへて、死刑廃止論などに繋がっている印象があります。
迂闊なことは言えませんが、世界も廃止と存置が入り乱れています。
廃止を成熟と捉えるべきかもしれませんが、庶民的な感覚として、とんでもない事件を見聞きすると、死刑廃止には疑念がわいてきます。

三隅は咲江(広瀬すず)の父親を殺害し、観客である私たちにも処罰感情を植え付けますが、この父親が咲江を日常的に性的虐待していた事実が明らかになると、私たちも180度矛先を転回し、死んで当然と思えるようになります。
なんにせよ情状を知らずして、裁定できないものだと思いますが、現実の事件では「これは仕方ない」と感じられる情状は、ほとんどありません。
私たちは、日常的に、罪を犯した者たちが、言い訳にならない言い訳をし、あるいは自律神経失調症を装い、あるいは成人に達してないことを盾に、控訴を求めるのを見聞きしています。
権利とはいえ、卑怯だと思わざるをえない。
会社でふつうに仕事をしているほうが、罪を犯した者より厳しい立場にあることが、かねがね腑に落ちません。

しばしばTV等で「あれから~年、~さんはあの日を思い返し、毎日お供えを欠かしません」という様式の後日譚のドキュメントがあります。
不慮の事故や事件で亡くなった者の遺族は(また傷を負った者も)発生日から人生が悲しみと憎しみ、恐怖に覆われてしまいます。理不尽なことだと思います。

ただし映画はそこまで踏み込んだ描き込みをしていません。
重盛弁護士(福山雅治)の意識の変化が骨子でもあります。「そして父になる」(2013)と同様に、人と人との関係を計算づくで生きてきたような人間が、殺人事件をきっかけに真実や人情に目覚めるというドラマになっています。
だから再び福山雅治が演じているのだろう、とも思いました。

ところで、ほとんどのレヴューサイトにはタイトルというものがあります。
書評にしろ飲食にしろ商品にしろ、そして映画も、タイトルをつけないとレヴューを投稿できないのです。
私はしばしば某サイトで映画レヴューをしますが、本文を書き、さて投稿しようという段になってタイトルにつまづきます。
タイトルを見て、レヴューを読んでくれたり、読んでくれなかったりがあると思うと、おろそかにできないような気がするのですが、なかなか本文と合致した、うまいタイトルというものは思いつきません。
ましてレヴューは雑駁で、様々なことを述べている場合が多いため、なおさらそれを包括するタイトルが思いつきません。
タイトルを無しにできたら、様々なネットでの投稿数が増えるのではないか、とすら思います。

ただ三度目の殺人のレヴュータイトルはすんなりでした。主演が福山雅治でもあり、また先に述べたように「そして父になる」との共通項も感じたので「そして弁護士になる」としました。ささやかな自己満足ですが、うまいことつけたつもりです。


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八津次郎

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