入り江の後ろに


The Cove(2009)の反証を試みた日本の映画Behind“THE COVE”(2015)がイギリスの映画祭で受賞したという報道が先月(2018/2)あった。

どちらも興味深く見たが食文化の違いは大きい。
食文化というと民族や宗教が前提にあるが、世界の食べ物が手に入る今では、むしろ地域差や個人差に決定的な違いがあらわれる。私はイルカ肉を食べたことも見たこともない。鯨も30年ほど食べていない。

食べ物はつねに論争になる問題だが、当人の日常の食事、あるいは好んで食べるものによって、それらの問題がピンとこない場合がある。

内陸に住む私に、とれたての魚は非日常だが、滅多なものが出回らない時代でもあり、どうでも鮮度に執着したいわけでもない。

友人の一人がクルマの業界にいて、けっこう巡察がある。外遊もあるが国内でもかなりいいとこへ泊まる。その旅行話が相酌の肴になる。
先日も伊豆へ行った話をしてくれた。
興味ぶかかったのは桜エビの躍り食いの話。
大きめの鉢に赤みがかった透明のエビが何匹が沈んでいる。うかつにつまむとパシッとはねる。暴れるほどではないが、つけたれに持っていって一気に食べるのが楽しかったらしい。絶品だったようだが、いろいろと食べ慣れてはいないので、類推できる味がない。

それで、なんとなく地獄甘エビを思い浮かべた。
映画「大木家のたのしい旅行新婚地獄篇」(2010)に出てくる。
大きなクロッシュの内側で、何かが暴れている。開けようとすると「あぶない!」と叫ぶ荒川良々。顔を青く塗りたくっている。地獄甘エビは穴があると入ってくる習性がある。ゴーグルを装着し、チューブに入ったそれを叩き殺してチューチュー吸う。
嫌味なく楽しい映画でホロッとくるところもあった。ともにこれという作品がない二人(竹野内豊と水川あさみ)にとって代表作かもしれない。

躍り食いといえばオールドボーイ(2003)で、監禁から解放されたオデス(チェミンシク)が生きたタコを食べるシーンが強烈だったが、オーストラリアの一部地域では、躍り食いに刑事罰が科せられるという。

国柄を反映した食べ物が広く認知されても、生ものを忌避する人種や宗教がある。
野蛮とみなされるばあいがある。
しかしそれも個人差がある。寿司や刺身を好んで食べる外国人は多い。

反捕鯨といえばかならず日本が槍玉にあがるのだが、多くの日本人にとって鯨肉は非日常の食べ物。なかなか実感がわかない。

オクジャ(2017)には食肉に対する啓発の要素があったが、そこに落ちてないからこそ楽しかった。
私も猫やら小動物の動画をすぐにクリックするたちである。
私がもし遺伝子操者だったら、食肉用に交配する新獣に、憎々しい外見を与えるだろう。ミランドCEOは味が最重要とおっしゃるが、人の食い物を創出するなら、むしろそっちのほうが重要だ。愛らしい外見には情が芽生えてしまう。

同じNetflixのマッドタウンThe Bad Batch(2016)は、冒頭いきなりモデル風女性が食人集団に捕まって片腕、片脚を切りとられる。
食肉に対する皮肉があり、ラストは愛玩していたうさぎを食べるのだが、けれん味たっぷりの割に稀薄なドラマで、アイロニーまでには昇華していなかった。

食肉に関しては、とある女性猟師のブログが面白かった。
著名ブロガーでもあり、鴨やうさぎの解体から調理までを画像とともに紹介し、数年前だが炎上したことがある。
映画リトルフォレスト(2014/2015)のいち子(橋本愛)にも重なるところがある。
容易なことではないはずだが自給自足のライフスタイルは素敵に見える。
じわじわと「狩りガール」が増えているらしい。

去年(2017)のドラマ「カルテット」のいちシーンに触発されて、唐揚げ論争が再熱していたようだ。あざといが興味ぶかい台本だった。
自分も昔、唐揚げとレモンについて、面白いと思って話題にしたことがあったのだが、十人十色のことなら、ゆめゆめ黙っておくべきだったと思う。

意外に食文化には個人レベルの問題がある。代表者でもない庶民にとって、宗教や国家間の問題よりも、身近な人との違いのほうがわずらわしい。

近年は麺類のすすり音が盛り上がった。
こっちの年寄りはスパゲッティでも臆面もなくズルズルやる。都市部とくらべると地方にはあきらかな偏差がある。
ズルズルとまでいかなくても、大きくからめて終端でズッと吸うのが、けっこうポピュラーな日本人のスパゲッティの食べ方だと思う。
この吸引がダメらしい。その手の外国人はなにしろナイフとフォークでカットしながら食べるような人たちである。
たとい箸でうどんを食べる場合でも音を立てない。

基本的に、人の食べるものと食べ方に、意見したくない。論争は不毛でもある。

ただThe CoveとBehind“THE COVE”には提議と回答の関係性がある。
The Coveは扇情的でドラマチック。入り江を赤く着色し、住民を悪者に仕立てている。鼻持ちならないプロパガンダだが、すこぶる良く出来ていてアカデミー賞まで獲ってしまった。
対するBehind“THE COVE”は監督、撮影、編集をほとんど女性一人でやっている。つたないけれどニュートラルな息遣いがあった。
両者は違いではなく、どちらを正しいとするか、自分なりに選び取れる問題だと思う。

KUBOクボ二本の弦の秘密(2016)はアメリカのアニメ映画だが舞台も登場人物も日本。サムライ、三味線、じょんがら、色紙、灯籠流し、盂蘭盆会。クボと猿とクワガタが船上で刺身を頬張るシーンもある。日本への理解と愛情があり、とうていThe Coveと同じ国の映画には見えなかった。


3

八津次郎

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