ガラスの動物園


演技の優劣を、どうのこうのと言うことが多いが、意外に白黒のつかないことだと思う。下手と思っても世間では好評だったり、その逆もある。

演技が上手いのか下手なのか、判断できない役回りも結構あると思う。出番が少なすぎたり、感情表現がない役柄は、わからない。

メジャーな映画では、その演技について、おそらく意識せずに見ていることがほとんどで、よっぽど下手でなければ目立たない。

俳優は一定の演技力を備えているはずで、考えてみると、演技賞というのも、なかなか酷な話だと思う。
演技力があっても、大人しい役柄では目立ちにくく、それを上手いと見る人も、下手と見る人もいる。

感情表現のある役がチャンスだが、おいそれと巡ってくるものではないし、それを得るには実績が必要になるものだ。
でも、本当に優れた俳優なら、実績は寸分でいい。

ジョンマルコヴィッチはロバートベントンのプレイスインザハート(1984)で盲を演じたが、脇役で出番も少ないのに、凄い演技だった。
素人目にもそれがはっきりわかった。
数分で実績をつくったといえる。
名だたる映画人から一斉に声がかかった。
スピルバーグ、ベルトルッチ、Sフリアーズ、ピーターイェーツ。ウォルフガングペーターゼン。
自身がタイトルかつモチーフになった映画、マルコヴィッチの穴(1999)もつくられた。

常に演技力を必要とする役を任され、二十日鼠と人間(1992)などマルコヴィッチなくしては、成り立たない映画だったと思う。

寵児だった時代は過ぎたが、個人的には今もクレジットがあるだけで映画を見る。

役者の演技で感動した映画となると、なかなか思い浮かばないものだが、個人的にはガラスの動物園のトム(ジョンマルコヴィッチ)がライフタイムベスト。

普段は大人しい人間が、激情を露呈するような役で、マルコヴィッチは、ずば抜けて光る。怒っているとき、声の調子が裏返る。抑揚に無類のリアリティが宿る。

ポールニューマンの監督業は僅かで、ガラスの動物園とHarry & Son(1984)しか見ていない。いずれも昔レンタルVHSで見た。

映画には、ポールニューマンの実直な人柄があらわれている気がした。
大スターとしてだけでなく、レーサーや実業家としても知られているが、ハリウッドでは珍しく一妻に貫いた人で、ジョアンウッドワードとのおしどり夫婦が有名だった。

ガラスの動物園は1944年に書かれたテネシーウィリアムズの戯曲だが、舞台は見たことがない。私は、舞台というものを一度も見たことがない。
1950年に初めて映画化された、とある。
1973年にTV化、そこではキャサリンヘプバーンがアマンダ。サムウォーターストンがトムだった。

ポールニューマン版は1987年の映画で、マルコヴィッチが気に入り、VHSを購入し、繰り返し見た。
今日、DVDを購入するのは有り得ることだが、80年代、VHSを買うのはかなり思い切った行為だった。高かったし、品揃えがない。

映画に触発され文庫の戯曲も読んだ。
普遍的な物語だと思う。難しくもなく気取ってもいない。個人的には社会背景も下層階級もほとんど感じなかった。
親と子の確執で、アマンダはグザヴィエドランが描く母親にそっくりだ。

仕事に疲れ、毎晩母親と言い争っては飛び出し、夜通し映画を見る青年は、普遍性のあるRAGEに見える。
所得のない母と不具なローラを捨て、父の足跡をたどり、永遠に出奔するトムには、どこへいっても癒えることのない良心の呵責がある。
エピローグの独白「ローラ、そのキャンドルを消してくれ」は何度でも泣ける。

マルコヴィッチも老境に入ってREDなどコミカルな役が楽しかったが、近年は端役でも、またB級にも精力的に出ている。
Cut Bank(2014)では臆病なシェリフを演じていた。
因みにCut Bankに、顔がクリステンスチュワートに似ていて、さいきん漸く売れてきたテリーサ・パーマーが出ているのだが、彼女はこの映画がいちばんかわいい。

外国では演技を認められて見出される役者だが、日本では、なんらかの有名人が役者へ移行することが多い。
そのせいか、アイドル上がりの、またはアイドル崩れの役者の演技がどうのこうの、といった論議が絶えない。

昨年、アイドリング!!!の元リーダーで引退した遠藤舞がツイッターでこんなことを言っていた。

「私は所謂アイドルと言われることに昔から物凄く抵抗があった。私の中でアイドルとは芸能人という職種の人間がやるべき“芸”が、プロの域に達せず未熟で、その成長過程を楽しんでもらうものと考えているからだ。故に10代や20代前半でそれはアリだとしても、20も半ばを過ぎてそれは恥ずかしい事だとこの職についた時から思っていた」「私は未だに元アイドルの肩書きなしにはメディアに出られず、アイドル的な売り方をしなければCDも売れない。アイドルを卒業してから何年もたった今も、最近知り合った人にはアイドルという目で見られてしまう」「私の“芸”の才能が、アイドルの域を所詮超えられなかったからなんだと思う」「自分の才能の無さに嫌気がさして、他の適する職業を目指す事となりました」

アイドル人気に寄りかかって生きていく人もいるし、むしろそのほうが多いので、すごく真面目な人だなと思った。

外国ではつかみとるスターの座だが、日本ではスターは仕立てられる。

そのシステムは機能しているし、全員がそうでもないし、良いも悪いもないし、上手い俳優もいっぱいいるけれど、ジョン・マルコヴィッチやダニエルデイルイスや、ヒースレジャーやトムハンクスやデニーロや、ソンガンホやソルギョングとか、あるいは往年のハリウッドスターに感じられたような、言葉を失う圧倒感を、邦画で感じた経験が無いのは、そのシステムも遠因しているのではあるまいか、とは思ったりする。


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八津次郎

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