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視線の先に、いつかの僕と君が立っている

僕の心の中には、消えてしまいそうでいつまでも消えない、引っ掻き傷のようなものが、いくつも、いくつも刻み込まれている。

ざらっとしたあの時の感情が忘れられない。

「ものを大切にしない子ですね」

校長先生は穏やかな口調でそう言い残して仕事に戻っていった。

大阪の学校から横浜の学校に転校するときに、僕は前の学校で履いていた白い紐付きの上履きを、自分の下駄箱に置いたままにした。横浜には持って行かなかった。

忘れていたからではない。リセットしたかったからだ。

肩掛けカバンに、ヘルメット姿。自転車に跨がり、田んぼのあぜ道を目一杯の風を感じて走り抜け登校するような、田舎町の学校だった。

少し太っていたし、内気で、いじめられた時期もあった。

父親の転勤で突然決まった横浜への転校。

港がある。煉瓦造りの街並みがある。おしゃれな若者たちたちが行き交っている。写真で見た横浜は僕にとって大都会だった。

冴えない自分をリセットしてやり直してみたかったし、期待があった。

新しい自分になってうまくやれるかもしれない。大阪の自分を持っていくわけにはいかないと思った。

僕はまだ履けたはずの上履きを、お礼も言わずにおいてけぼりにして出ていった。

校長先生は、僕の弱さを見抜いていたし、狡猾で、いい加減で、優しくない部分をきっと見つめていた。いや、きっとではないと思う。

なぜなら、僕もあのとき、心の大切な部分に痛みを感じたから。

そして、今も時々思う。

僕は、何を置いてけぼりにして、ここを立ち去ろうとしているのか。あの時のざらっとした痛みが、今の僕にいつも語りかける。

前を向いて、何かを振りほどいて、駆け抜けなくてはならない時もある。

でも、前ばかりをみていてはいけないこともある。

大切なものは足元にあるんだ。

僕は靴を置いてきてしまった。

だから、なんども振り返る。

視線の先に立っている、いつかの僕と君に語りかけるために。

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ジャーナリスト/NPO法人「8bitNews」代表、1977年生まれ。2001年NHK入局。報道番組キャスターなど担当。2012年渡米し、UCLA客員研究員、「8bitNews」設立。現在TOKYO MX「モーニングCROSS」J-WAVE「JAM THE WORLD」等

コメント3件

私も転勤族でした!
新しい場所に引っ越すたび、真新しい自分になれると思うのですが、いつの間にか、周りに馴染む、溶け込むことに夢中になって、野望が消えてしまいます。

今は、ありのままの自分を受け入れて、自分の心に住む、もう一人の住人に、今日は闘えるか?挑めるか?と問いかけています。

上手なコメント出来なくて申し訳ありません。
そうした経験や思いがあるから今の優しい掘さんがいるんだと思います。
何故だろう。
この記事は
文字がぼやけて、胸の奥がじーんってする。
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