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自分で自分の幸せを潰す、こと

昨年の成人の日、渋谷区の成人式でスピーチをした。

あれから1年が経つ。

会場にいた若者達との対話が今でも鮮やかな記憶となって蘇り、時に私を鼓舞してくれる。

「ここにいるみなさん全員が生まれた時から与えられている、あるものがあります。さてそれは何でしょうか?」

若者たちにそう問いかけると、会場の中程に座っていた金髪の若者がさっと手をあげて自分の思いを語ってくれた。

一瞬身構えたが、その彼の答えに会場は拍手に包まれた。

彼は何を語ったのか。

あの日のスピーチを皆さんにも読んでもらえたら。

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新成人の皆さん、本日はおめでとうございます。

そして、初めまして。

ジャーナリストの堀潤です。

2001年に、ここ渋谷に本拠地を構えるNHKに入局して以来、約17年間、報道の現場に携わってきました。4年前にNHKを退職してからは、ドキュメンタリー映画を製作したり、テレビやラジオのニュース番組のキャスターを勤めたりしながら、フリーのジャーナリストとしてビデオカメラを片手に国内外の災害や紛争、事故や事件など様々な社会問題の現場で取材を続けています。

みなさんが生まれてからのこの20年は、日本も世界も激動の時代でした。東日本大震災や原発事故を始めとした多くの災害を経験し、世界中ではテロや紛争によって幼い子どもまでもが数え切れないほど犠牲になって、今も難民として避難生活を続けています。

この20年は僕の取材人生とほぼ重なる日々ですが、混沌とした時代を乗り越え、みんながここまで無事に大きくなってくれて本当に良かったと思っています。若い力が、この国の頼りです。だからこそ、一人一人が思う存分活躍できる社会であって欲しい、そう願って日々現場を訪ねています。今日はあらたな仲間を得たような気分でとても嬉しいです。

今日は、僕の取材経験の中から得た、みんなに伝えたい言葉があります。

迷ったり、悩んだり、自分を見失ったりしそうになった時に、少し思い出してもらえたらと思って今日、ここでスピーチすることを引き受けました。少し長いかもしれませんが僕の話を聞いてください。よろしくお願いします。

まずは、質問です。

この会場にいるみなさん全員が必ず生まれた時から与えられている「ある権利」があります。

それは何でしょうか。

ここにいる全員が等しく持っています。

それは、幸せになろうとする権利、いわゆる「幸福を追求する権利」です。

私たちは、一人一人がそれぞれの思う「幸せ」を叶えることができる権利を生まれた時から持っています。僕の目指す幸せと、あなたが思い描く幸せの形が違っていて構いません。

静かに本を読むことに幸せを感じる人、みんなでワイワイおしゃべりをするのが好きな人。男性で女性を好きになる人、女性で男性を好きになる人、男性で男性を好きになる人、女性で女性を好きに人、男性も女性も好きになる人、静かに一人で自分を抱きしめてあげられる人。

この国では、一人一人がそれぞれの幸せを自由に目指すことができる権利が本来保証されています。

でも、時々、悲しいものを見かけてしまいます。いじめや差別です。誰かを傷つけたり、殺してしまったり、自分を殺してしまうことです。

これらは、全て、誰かが幸せになろうとする権利を、暴力や精神的に追い詰めることで奪い取ってしまう行為ですよね。

誰かが何か自分の思いを伝えようと、意見をしたらみんなでボコボコに叩いて黙らせてしまうこと、ネットでも時折見かけます。なんで自由に意見を言ったらこんなひどい目にあうんだ、なんで自分の気持ちを述べただけでこんなに否定されなくてはいけないんだ。やがて怖くなって、面倒になって黙ってしまう。

学校のいじめ。

ありましたよね。僕も子どもの頃転校が多かったので、よくいじめられました。その仕返しのつもりで、いじめ返したこともあったかもしれません。いじめには、いじめる側、いじめられる側の他に、もう一つの存在があります。周りでみている人たちです。

やめろよ!と止めに入ったり、大丈夫?と声をかけ支えてくれる人もいるかもしれません。一方で、関わりたくないと、気がつかなかったことにして目線を落とす人もいるかもしれません。いじめの問題だけではなく、虐待や貧困、難民の問題など、様々な社会問題にもあてはまる構図です。

実は、僕たちは、一人一人が幸せになる権利が与えられている一方で、ある責任を負っています。

それは誰かの幸せになる権利をお互いに邪魔しないこと。もしあなたの目の前で、誰かがその権利が侵害されているのを見かけたら、ぜひ歩みよって「大丈夫?」と声をかけて支えてあげて欲しいのです。こうした状況を「公共の福祉」といいます。

東北や九州などで大きな災害が発生した時に、全国から多くの皆さんと同じ世代の若者たちがボランティアに駆けつけ、泥かきをしたり、壊れた建物を直したり、困っている人の相談に乗ったりする様子を取材をしながら見かけた時に、本当に胸が熱くなる思いでした。これぞ、公共の福祉。困った時に助けに来てくれる人がいるんだという安心感が、僕らの暮らしに温かさや豊かさを与えてくれるんだと心底思いました。

これが民主主義の国、日本です。

誰か一人が決めた幸せの形に合わせ生きるのではなく、それぞれが自由に自分の幸せの形を追い続けることができる。誰かの自由が侵害されていたら、「大丈夫か?」と声を掛け合い、皆で議論し解決策を見つけ出す。まだまだ課題は山積ですが、民主主義というのはこうした国のことを言うのです。

去年の春、僕は海外の紛争地で支援活動を続けるNGOに同行して、中東地域のパレスチナ・ガザ地区を訪ねました。皆さんは、ガザがどのようなところか知っていますか?

アラブ人が暮らすパレスチナのガザはイスラエルによって占領された地域。長さ50km、幅5~8kmに渡って細く延びる町の周囲全てが壁などで囲われていて、住民は自由に外に出ることができません。「天井のない監獄」と呼ばれることもあります。まさに進撃の巨人のような世界です。壁の外に無断で出ようとすると、イスラエル軍によって射殺されてしまいます。

ガザでは200万人の人たちが暮らしていますが、隔離されているため、電気も1日数時間しか使えず、食糧などもほとんどが国連からの支援物資に頼っています。子どもたちの多くが栄養失調にあえいでいます。2014年にはイスラエル軍との戦争があり、ドローンからの空爆や地上戦などで街は壊滅的な被害にあい、状況はより深刻です。

そうしたガザの子ども達の支援を日本国際ボランティアセンターという日本のNGOから派遣された職員の皆さんが続けているので、その取材でした。ガザを統治しているハマスという組織は、日本政府から見るとテロ組織に認定されています。

ガザで破壊された街の様子や子ども達の様子を取材しているといつの間にか、ハマスの私服警察に囲まれていました。無断で撮影をしていたという容疑で車内に拘束され、尋問をうけました。当然カメラのSDカードは没収です。身の安全も含め、一体どうなってしまうのかとさすがに不安になりましたが、隣で一生懸命ドライバーの男性が「彼らは日本人だ、支援が必要なガザの今を伝えるために来てくれているんだ」と説明をしてくれました。1時間近く説明をして、パスポートもチェックされ本当に日本人だということがわかると、ハマスの一人が歩み寄って来ました。「ソーリー(ごめん)」と言ってSDカードを返してくれたのです。日本に帰って、俺たちの状況を伝えてくれ、発信してくれと。

ガザでの取材中、アラブ人の男性が胸に手をあてながら僕に向かってこう話してくれました。

「日本はかつてアメリカに原爆を落とされ焼け野原になって戦争に負けた。しかし、その後人々の努力によって見事な経済復興を果たした素晴らしい国です。そして今、その経済力をこうして世界の不均衡のために役立てようと支援に使っています。そうした日本人の姿に尊敬の気持ちを感じています」。

こう言って頭を下げてくれたのです。同行したNGO職員の方が指し示した指の先には、ガザの水を支える給水タンク。その中央には日の丸の国旗が記されていました。

僕はここに来るまで、ガザについて語れるものがあっただろうかと情けない気持ちになりました。ガザの人たちは日本への想いを様々感じてくれているし、知ってくれてもいる。でも自分はガザで暮らす人々の気持ちをほとんど知らない。こんな片思いがあっていいのかと。無関心ではいけない、知らせなくては。そんな気持ちに強くかられました。

最後にもう一つ質問です。

民主主義の反対語が何かわかりますか?

辞書を引くと「独裁」などとでて来ます。一人の権力者が人々の生きる方向性を決めてしまう国のあり方です。でも、僕は民主主義の反対語は「沈黙」だと思っています。

例え独裁者がいなかったとしても、人々が沈黙して、何も語らなくなってしまえば誰かの大きな声に従って生きなくてはならないからです。だから、僕は勇気を振り絞って誰かが発信した声を拾えるだけ拾って一緒に考えたいと思って、今の仕事を続けています。どんな声でも、そこから皆で議論し、前進していけばいいんです。黙ってしまったら何も始まりません。

僕らの国にはかつて、国民全体が沈黙を強いられた時代がありました。今から70年以上前のことです。太平洋戦争中の日本は、自由に意見を言うことができなかったのを皆さんも学校で習ったでしょうか。

取材で聞いた忘れられない言葉があります。一昨年、101歳で亡くなったジャーナリスト、むのたけじさん。その直前にインタビューをしました。

むのさんは、太平洋戦争中は朝日新聞の記者でした。当時、新聞やラジオは大本営発表と呼ばれる軍が発表する嘘の情報をそのまま国民に伝え続けていました。本当は日本軍が負けているのに、あたかも敵を打ち負かしているような表現で、報道を続けたのです。

むのさんは日本の敗戦が決まったその日、自ら大本営発表に加担してしまったことを悔いて、朝日新聞を退職。地元の東北に戻って自分で新聞を立ち上げ、以来100歳になるまで、戦争の愚かさを訴え続けました。

そんなむのさんに僕は尋ねました。

「若い世代に伝えたいことは何ですか?」

「誇りを持って生きてください」

「むのさんの言う誇りとは、どのような意味ですか?」

「簡単じゃないですか。あなたが、あなたらしく生きることですよ。誰にも制限されることなく、あなたが、あなたらしく生きること」。

昨年末から年明けにかけて、芸人をしている友人がTHE MANZAIのステージでとても印象に残る漫才をして注目を集め、元旦にテレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」に出演、そこで彼が語った内容が話題を呼びました。

尖閣諸島をはじめとした領土問題に関し、非武装中立という立場ではなぜいけないのか?と論者たちに質しました。

人々が戦争で殺されるくらいなら領土は渡しても良い、命には変えられないという思いから、反論されようと彼は果敢に発言を続け、それに対して賛否の声があがりました。彼は「なぜ?」を問い続けました。

僕は支持します。

彼が教えてくれたことは「わかった、と思ったらそれは後退。わからない、から物事は始まる」というメッセージです。すぐにわかったと思わない。なぜ?なぜ?と問い続け、発信を続ける。とても立派だと思います。沈黙してはならないのです。

ここ渋谷区は、誇らしい区です。

全国に先駆けて、同性カップルの皆さんも結婚に準じる関係と認める「パートナーシップ証明」 を発行する全国初の条例を施行した地域です。

あなたが、あなたらしくいられる、あなたが自由に思うように幸せになる権利を共に考えようと言う機運に満ちた区です。

この渋谷から社会に巣立っていく、皆さんの未来が本当に楽しみですし、心強いです。

ぜひ、一緒に発信をしていきましょう。

最後に、もう一つ僕の好きな言葉を。

どんな未来が皆さんを待ち受けているか、それを予測する一番いい方法をお伝えしましょう。

それは、あなた自身が自ら創り出すことです。

応援しています。

ありがとうございました。

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「生まれながらにして与えられているものは?」と訪ねたあの日、会場にいた金髪の青年は大きな声でまっすぐ壇上の僕を見つめ、こう答えてくれたのです。

「人権です」と。

僕は自分で、自分の幸せを握りつぶしてしまうことが時々ある。

彼は、彼自身をきっと大切にしてきたのかな?



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