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もの書く女

いつだって書くことに救われてきた。
「芸は身を助ける」とはよく言ったもので、私が自分の書く能力に最大限に救われたのは家庭裁判所の円満調停の時だった。

「円満調停」って聞き覚えのない言葉だと思う。私もそうだった。
離婚前提で別居していたのに、相手方から「元サヤに戻るための話し合いを裁判所でやりましょう」と言われたのだ。要するに「離婚調停」の逆だ。

でも話し合いに裁判所を必要している(つまり直接の話し合いが決裂している)時点で、元サヤに戻れる可能性なんてほぼないと思うのだが、なぜそんな非効率的な制度を家庭裁判所が設けているのかは法曹界の人間じゃないので分からない。

まあそれで、相手方から起こされた「円満調停」の第一回目で、私は調停内容をその場でひっくり返して「調停離婚(本日この場で離婚成立)」という結果を勝ち取った。しかもほとんど話さず。

一言も話さなかったのはモラハラによる精神的ダメージで、ずーっとずーっと泣いていたから。
事前に相手方と顔を合わさない別室調停の手配をしていたのに「同じフロアのどこかに奴がいる」と思うだけでパニックと過呼吸になり、ほとんど喋れずただ泣いていた。

私は調停委員に医師の診断書と自作の陳述書を提出した。
調停の冒頭ではモラハラ元夫の謎主張を鵜呑みにして
「ご主人も、色々思うところはあるけれど貴女を許して受け入れようとしていらっしゃるのよ?」
と私を説得しにかかっていた調停委員だったが、私の陳述書を読んで
「…これはひどい。辛かったのね、私たちがいいようにしてあげる」
と態度を変えた。

そして陳述書に「相手が拒否する前提で、形だけお金を請求する。本気で1円もいらないので今すぐ解放されたい」と書いた私の主張にもかかわらず、調停委員は慰謝料と解決金と未払い婚費でまとまったお金を相手方に出させるという結果を持ってきてくれた。

何度も言うが、その間、私はただ過呼吸を起こしつつ泣いていただけ。
ろくに喋れない私に代わって、私が作成した陳述書が私を守った。

この結果は、もちろん医師やカウンセラー、女性センターの相談員など周囲の人のありがたい助けがあってのことだ。
でも弁護士を付けるお金もない私が、調停の場で唯一持てた武器は自作の陳述書と医師の診断書のみ。
それで勝てた。

女性センターの相談員には「よくここまでの文章を書いたね」と称賛された。あなたのような人は見たことがない、とも。

陳述書の内容は割愛するが、陳述書を書いているときの私の頭の中は「元ライター舐めんな」という謎のエネルギーで満ちていた。
そう、私は書ける女だ。
モラハラ夫に精神的に虐げられあらゆる自由を奪われ自殺寸前まで追い詰められようとも、書く能力だけは私とともにある。

「芸は身を助ける」これは本当だな、と思った。

ちなみに今の私は再びライターと編集で収入を得ている。
田舎にUターンするにあたり、一度は出版系の職を諦めた。
それなのに、いつの間にか「書くこと」が生活の中心に戻ってきた。
こんな幸いがあるだろうか。

私のことをよく理解する25年来の友人に「あなたはいつか、書くことで誰かを救えるよ」と言われた。
それを言われたのは私の離婚直後のことだったが、10年以上たってようやく「そうかもしれない。そうしたい」と思えるようになってきた。

それもまた幸いとなるだろう。

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