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Raychell 福岡公演2023 SingAlone

 6月10日に福岡市のborderで行なわれたRaychellの単独公演を観た。筆者には予備知識がさほど多くはなく、およそ半年前にリリースされたアルバム『DON'T GIVE UP !』を移動中に一度通して聴いた程度。この中の『Anytime smokin’ cigarette』だけは何度も楽しんだが、アルバム全体をしっかり把握できてはいない。好感触だったが、Raychell以上にハマっているアーティストが既に多数いるので、なかなかリピート再生にまでは至っていなかった。
 彼女の音楽をよく知りもしないのに会場まで足を運ぶ気になった経緯は、小さなことの積み重ねだった。まずは、SHAZNAの活動に加入したこと。時期としては2017年になるので過去の話ではある。だが、筆者が活動を追っているMINT SPECが、今年の5月にボーカル・IZAMの目の前で生のパフォーマンスを披露。これを機に調べものをしていると、IZAMとRaychellがリンクした。これでRaychellとの距離感がグッと縮まった。
 それからTwitterでの告知活動。曲を知らなくても問題なく、新規歓迎の意向を分かりやすい場所に打ち出している上に、当日券の告知も自らツイート。さすがにこれはスタッフの仕事だろうが、アーティスト自らここまで頑張っているのには、心動かされる。それで、会場へ足を運ぶ気になったのだ。
 この会場・borderに入るのは初めてで、良い機会になった。今年はすでに福岡の会場へは2か所訪れているので、印象も書き残しやすい。
 最も気になるのは音響。4月に訪れたスカラエスパシオよりも、ボーカルは聴き取りやすい。ただこれは会場の音響設備以外にも、バンド編成やスタッフの手腕に自分の座席の位置など、さまざまな要素が絡む。ここは一概には言えないことは断っておきたい。
 バーカウンターはいくつものワイングラスが逆さ吊りに飾られており、見るからに酒がうまそうな雰囲気。5月に訪れたROOMSの他に、もうひとつ酒がうまいライブ・スポット発見か!と、入場するや否やテンションが上がったのだが、この日は残念ながら「アルコールの販売なし」との張り紙があった。でも、ソフトドリンクで紅茶もラインナップされていたのは、痒いところに手が届いていて良かった。入場の際に渡されるドリンク・チケットがトランプになっているのもユニークだ。音響も飲み物も申し分ない。
 女性ボーカルのライブも久しぶりだ。それどころか、サポートメンバーを含めた女性の出演者がいるライブ自体が、何年ぶりだろうか。2020年ごろに世間を震撼させ、音楽業界も大打撃を受けた伝染病の流行以来、一度も行っていない。初めて訪れる会場でもあり、新しい感覚で赴くライブとなった。

 本編の内容に移ろう。Raychellの髪型はポニーテール。遠目に見てもわかる大きなイヤリングに、ツアーグッズの黒Tシャツ。それに紫のロングスカート。このような衣装で登場した。
 まずはファンやスタッフ・関係者への謝辞から入る。RaychellはMCで観客に挙手を求めて問いかける場面が多かった。自分のソロ楽曲を知る糸口になったのは何かといった質問では、RAISE A SUIRENが多数派を占めているようだった。RAISE A SUIRENのTシャツも観客の間で着用されていたし、浸透度は高そうに見えた。
 面白かったのは、福岡で放送されたTVドラマ『博多ステイハングリー』を見たことがあるかどうかを問う場面だ。このドラマにはRaychellの楽曲がタイアップで使われているほか、自身も女優としてミュージシャン役で出演したそうだ。
 さほど多くは手が上がらなかったので寂しかったのだろうか、会場にこのドラマの関係者も見に来ているのに「どうして手を挙げてくれないの~?」と拗ねた表情で心の声が漏れてしまうRaychell。
 気持ちは分からなくはない。でも、業界に身を置いて連日働いている立場と、エンタメの空間は頻繁には来られない特別な場所だという、一般の観客の立場では、同じようにはいくまい。スタッフがRaychellのMCに「ハーイ!」と、意気揚々と手を挙げる姿は、なかなか想像しにくい。
 Raychellの真摯なパフォーマンスを見て、筆者もニワカだからといって、彼女のMCを冷めた顔で聞き流すことはするまいと思った。遠巻きに見ていると、質問に該当していても手までは挙げないものだが、今回は当てはまる質問にはしっかり挙手で返した。
 今年でデビュー13年目となるRaychell。MCで自身の活動経歴を振り返る。通なファンには「そんなの知ってるよ」ということばかりかも知れないが、筆者にとってはありがたい説明で、この場で初めて知ることも多かった。新規歓迎の態度も、観客がチケットを入手するまでの口先だけのものではない。開演後もMCで実践してみせた。歌唱だけでも十分素晴らしいライブだったが、楽曲にまつわる逸話もきっちり補足してくれたおかげで、より関心が深くなった。
 デビュー曲『この愛であるように』の話をするときに、客席から笑いが起きる。「どうして笑うの~?」とRaychellは言っていたが、この曲を紹介するときの「どバラード」という表現が多分ツボだったのだろう。
 「ど演歌」ならよく使われる言葉だが、ほかのジャンルの頭に「ど」をつける習慣は、一般のリスナーにはないからだ。ど○○は、亜流でもなんでもなく、そのジャンルが長年に渡って築かれたイメージそのものの有様を表す言葉。Jazztronikの野崎良太が古いジャズをしばしば「どジャズ」と表現しているのは聞いたことがあるが、バラードに「ど」をつけるのは、筆者も初めて聞いた。ロックも歴史を積み重ねてきたから、そろそろ若手からは「どロック」なんて言葉も使われ出すかもしれない。「どシティ・ポップ」だと、一体何十年先なのか。

 バラードが多めで着座でゆったり楽しむ前半を終えると、Raychellが後半はアップ・テンポ曲の多用を予告し、観客に起立を促す。
 Raychellのアップ・テンポ曲にどんなものがあるか、予備知識があればサクッと立ち上がれるのだが、筆者には「いきなり立てって言われても、なかなか腰が重いなあ」と、最初は感じる場面だった。
 そんな心配も、すぐにとびきりの楽曲で払拭してくれたわけだが、イントロが鳴り出した瞬間に体が反応する濃いファンと比べると、バック・トラックの途中でシンセのフレーズが加わってから、ようやくエンジンがかかる筆者。やはり出遅れてしまう。これは楽曲を聴きこんでからライブに臨んでいれば、さらに何倍も楽しめたに違いない。
 本編ラスト2曲まで進行すると、観客に「お前ら!」と一喝を入れ、気合十分の呼びかけで盛り上げるRaychell。レコーディング音源では味わえない、ライブならではの楽しみだ。こういう煽りはX JAPANのToshlなどが得意とするところだが、女性シンガーによるものは新鮮に感じた。
 筆者は過去にToshlのリリースイベントで、生のステージを観たことがある。2人に共通して言えるのは、普段は物腰丁寧な語り口でも、ここ一番で見せる気合で、一気にボルテージを上げ、会場をヒートアップさせていく。歌唱力プラスアルファの武器を持つシンガーは、やはり存在感がある。
 Raychellは歌唱の安定感も去ることながら、MCの地声もずっと聴いていられる耳心地の良さ。ラジオのレギュラー番組も持っているようだ。こちらも聴いてみたら面白そう。地声にMC、歌うときの表情など、レコーディング音源では味わえない要素に触れることで、彼女により興味がわくきっかけになった。

 そんなに楽曲に詳しくないアーティストであっても、タイミングが合えばライブを楽しんでみてはいかがだろうか。今回の筆者のように、なにか新しい発見があるかもしれない。

曲目(順不同)

本編
DON’T GIVE IT UP !
MY WAY
Never EVER
Stay Hungry
I BELIEVE ほか

アンコール
愛の讃歌 ほか

Raychell / Stay Hungry


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