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「得意な事をやるんじゃなくてやりたい事、好きな事をする」ミュージカル俳優 柳瀬亮輔さん

日本の名だたるミュージカルの劇団に出演し、自主公演のミュージカルも成功を収め劇団扉座ではタップダンスを教えるなど俳優として多彩な才能を発揮する柳瀬さん。一見、順風満帆の様に見える柳瀬さんですが、ここに至るまでに紆余曲折のドラマがありました。

柳瀬亮輔(やなせりょうすけ)さん
プロフィール
出身地:千葉県
活動地域:全国、主に東京
経歴:74年生まれ
20歳で大学中退。
23歳の時、東宝ミュージカル「SUGER」で初舞台を踏む。以降、20代はダンサーとしてCMやツアーに参加。
26歳の時に劇団扉座研究所に入所し、準座員へ。この頃からダンサーの仕事を減らし歌と芝居を磨く。
その後、Stepsへ入団。また、劇団四季、わらび座、坊っちゃん劇場、ミュージカル座、音楽座等、オリジナル作品をつくる様々な劇団にメインキャストで出演。現在フリー。
タップダンス講師歴は20年を越える。
現在の職業:舞台俳優

記者  柳瀬さん今日はよろしくお願いします。

柳瀬さん(以下柳瀬)よろしくお願いします。

「どの様な夢やビジョンを持っていますか?」

柳瀬   昔始めたばっかりの、役者になりたいと思った頃は、ただ売れたかったんだろうなと思います。最初はそんな程度で始めたんだけど、続けていく中で、そういう事っていうのはあまり大したことではなくなってきました。
段々と抱いていった夢があって、それはちっちゃな劇場を持ちたいなと思っていくようになったんですね。
そこには小さな稽古場もあって、できれば営利目的ではない所で。お金の関係で、公演を打ちたいと思ってるけど出来ない子達のため、限りなく安く提供できる稽古場+小劇場のビルを、兄と二人で経営したいねっていうのは夢としてありますね。
今、扉座研究所っていう所で、やりたいことをやってる子達ともう16年関わってきて、大切なのは技術ではない、やりたいっていう気持ち、純粋な気持ちがどこまで覚悟を持てているのか、なんだろうなとは思います。

「その夢を実現するために、どんな目標計画を立てていますか?」

柳瀬  鶏口牛後っていう言葉があるじゃないですか。
僕って、デビューが結構大きな舞台のアンサンブルダンサーだったんですね。でも、これが正直あまり面白く感じられなかった。
それからは、大きな舞台で大きなお金を貰えなくても良いから自分がメインキャストを張れる舞台を続けていきたい、と思う様になりました。
名前が売れてきて仕事も大きくなってはいったものの、とある地方の劇場で主役を張らせてもらった時の事なんですが、団体のお客さんに営業する時に、僕に肩書きがないから(チケットを)売りづらいって話を地方の営業さんに言われてしまって。理解はできたのですが、正直ちょっと腹が立ったんですね。
そこでどうしたらいいんだろうと思った時に、僕が当時避けていた大手ミュージカル劇団が外部出演者募集っていうのをやっていたんです。その頃本当にたまたま、「受けてみないか」と知り合いに誘われて。50倍位の倍率なんだけど受かる事ができたんです。

記者  それはすごいですね!

柳瀬  こうする事で、「この劇団の舞台にも立った俳優柳瀬亮輔」という名前が欲しかった。自分の名前に博をつけることが自分の役者としての価値を大きく上げることだという事に気付いたんですね。知られることがとても大切な世界ではあるじゃないですか。自分がずっとやり続けてきた現場からちょっと出て違うところから攻めてみるっていう事がここ数年の中のアプローチですかね。

記者 ネームバリューを上げていく事が夢に繋がっていくという事なんですね。

「どんな事を日々行っていますか?」


柳瀬    舞台を観に行って、それがなぜ面白かったのか、なぜつまらなかったのかを明確にする癖をつけています。何でその舞台がつまらなかったのかを分析して、言葉にする。もちろん発表はしませんが(笑)。心の中で、です。
なんでこういう風になったかって言うと、僕は若い頃から講師もやっていたので、大して経験や年齢の変わらない生徒達から、芝居についてどうしたらいいですかとたまに聞かれ、それに答える必要があったんです。
それに答える為に、普段から言葉化を心掛けて伝えられるようにしています。言葉を大事にしています。それが、クセになって趣味化していきました。

「その夢やビジョンを持ったきっかけは何ですか?」

柳瀬   5年前の2014年11月に、ミュージカルで、作・演出プロデュースをして、池袋のシアターグリーンという所で公演をしました。
これで、夢を一つ叶えて本当に楽しかったし幸せだったんだけど、とにかくお金がかかったんです。
始めに考えていた予算の倍近くかかり、チケット代も当初の予定より値上げせざるを得ず、何とか赤字にならずにすんだという感じでした。
言ったらこれは経済活動ではないんですよね。私は、役者として経済活動になり得るような土台を作りたいんです。そのために、劇場が欲しいんです。大きい劇場じゃなくていいので工夫すればどうとでもなるような小さい劇場がいいんです。

それと、もう一つ大きな事があって
私が21歳の時に、大親友が遺伝性の癌になってしまったんです。私はその時アメリカの大学に通っていて、彼は日本の病院で入院していました。その時はネットとかないので、手紙でのやり取りをしていました。それで、一番最後に彼がくれた手紙の中にこんなものがありました。

自分のやりたいことをやらないで生きるやつは卑怯だ

この言葉が自分の強さになっています。それを聞いて、やりたい事って何だろうと悩み続けました。そして、役者をやろうと決めた。だから、簡単にやめられない。その覚悟があったから、20何年間だけど、役者を続けられているんだなぁと思っています。一番最初の大きなきっかけは、その友達の21歳の時の遺伝性癌による死です。
これは、劇団の研究生達に言っている事なんですけど

得意な事をやるんじゃなくてやりたいことをやる

柳瀬  どういう事かと言うと得意だからやってることって意外とあって、だからそれが好きな事である気がすることがあるんだけど、実は自分が本当に好きな事とずれてたりするんです。
得意な事じゃなくてやりたいこと、好きなことをやるっていうことは意外と盲点なんじゃないかなと思います。自分の幸せは当たり前じゃないっていうことを、若い頃に友達が教えてくれたっていう事が、自分の強さにはなってると思っています。

記者  なるほど。確かにその視点は、盲点かもしれません。とても分かる気がします。
その話の背景には何があったんですか?

柳瀬  僕の人生には実はとっても大きなコンプレックスがあってと言うか「あった」ですかね。四つ上の兄がいるのですが、兄は天才型なんですね。東大を目指してて途中で辞めて、芸大に入っちゃうような人でした。勿論、後で兄が「努力する事ができる」という才能の持ち主で、何事もコツコツと前に進む「天才」であると知るのですが、それはずっと後の話し。小ちゃい頃、兄貴みたいになりたかったんです。
そして兄は、劇団四季に入ってずっと主役をやり続けていたんです。だから、役者はああいう天才達がやる仕事で、僕には向かないって思ってました。そして父親も私がアメリカの大学に行く時に、「兄貴は水商売(役者業)に入っちゃったからお前が支えてやれ。」と言われました。
だから大学では経済学を専攻して会社員になって生きていこうと考えていました。
「俺は俺でいい。」って思えるようになったのは、28歳になってからなんです。
それは、兄は兄で私に対して、自分にはないものを私が持ってることにコンプレックスを抱いていた事に気が付いたんです。
だから、自分の良さを自分が分かっていなくて、その事が自分を否定している事だと気づいたんです。

 記者  それは、大きな気づきですね!
最後にもう一個だけ、質問をしたいと思います。

「AI時代を迎えるにあたり、役者さんはどうしていけば良いでしょうか?」

柳瀬  AI に対抗するのは、人間らしさだと思います。

人間らしさって何かって言ったら、迷ったりとか失敗したりしながらも前に進む効率の悪さだと思うんですよね。

その効率の悪さが人間らしさであって、失敗しても立ち上がるところが、カッコ良かったり悩んでる姿が素敵だったりとかってあるじゃないですか。俳優っていうのは、完璧を求められていない。答えが一つじゃないっていうところが人間らしさだと思うから。
東日本大震災の時にもね、実は芝居とかコンサートとか贅沢な無駄な時間を、被災地の人達は求めてたって言うんです。被災地の人達がお水とか生活に必要な物も欲しいけど、その次に何が欲しかったかって言ったら無駄なゆとり。
だから演劇は、AI にとって代わられない贅沢なんだろうなと思うんです。
効率能率便利さっていうところに関しては勝てない。
けどそればっかり求めてるわけではないから、暇や無駄を楽しむゆとりがあると良いと思いますね。

記者  今日は貴重なお話しを、お聞かせいただきありがとうございました。

柳瀬  
ありがとうございました。

 

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編集後記
記者を担当した山中です。私が扉座で柳瀬さんにタップを教わっていたのが10年以上前になるので、今こうして柳瀬さんの記事を書いているのが不思議な感覚でした。
今回柳瀬さんが、役者を目指すきっかけを初めてお聞きする事ができた事を嬉しく思います。
柳瀬さんの役者人生は、反骨精神により培われてきた努力と苦労の賜物なのだなと感じました。
今後の柳瀬さんの活躍にご期待下さい。


この記事は、リライズニュースマガジン「美しい時代を創る人達」にも掲載されています。

https://note.mu/19960301/m/m891c62a08b36

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