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シングル・サイズ・ライフ

鼓動と同調するように、ズキン、ズキンと痛む右足は、そのつま先をちょこんと床につけることさえままならない。今現在のぼくの移動手段は、もっぱら「ケンケン」である。

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昨日より痛みがマシになった、あるいは昨日より痛みが強くなった、ということはもはや判然としない。痛みの強さを表すメーターの針は昨日からずっと振り切ったままだ。

針の振り切ったところで痛みの度合いが多少の変化を示しても、ぼくにとっては「針の振り切った痛み」であることに変わりない。


痛みから解放されるのは眠っているときだけ。でも眠りに落ちるまでが大変だ。足の痛みがなくてもなかなか寝付けないぼくが、足の痛みを抱えながらすやすやと眠れるワケがない。

こうして文章を書いていても、自分の思いや感覚を言葉にするのに、ふだん以上の労力を使っている印象がある。痛みは脳を注意力散漫にさせる。ズキンと足が痛む度に、頭のなかでまとまりかけていた言葉が、無情にも四方八方へ飛び散っていく。

すると、まるで完成間近のジグソーパズルに足をひっかけて、パズルをバラバラにしてしまったときのように残念な気持ちになり、興が冷めてしまうんだよ。


作りかけの言葉がバラバラになってしまう寂しさを味わわずに済むよう、なるべく足が痛まないような態勢を探し、その態勢でもって生活している。

ぼくは今、布団の上でうつ伏せになり、足の下に枕を入れて、患部を心臓より高くしている。これがもっとも足の痛まない態勢なんだ。そして、胸の下にも枕とタオルケットを入れ、胸を反らしたようなかたちでノートパソコンのキーボードを叩いている。

その姿は傍から見ればシャチホコのようだろう。そのように考えると、体が痛まないよう気をつけている自分が、何だか不憫に、滑稽に思えてくる。


昨日は一日のほとんどをこの態勢で過ごした。胸を反らしているのでしばらく作業をすると腰と背中が痛くなってくる。そうしたら体を起こし、壁にもたれかかるように坐る。このふたつの態勢を駆使して、なるべく体が痛まないようにしてきた。

ぼくは今、このシングル・ベッドの上だけを自分のテリトリーとして生きているんだ。

名付けてシングル・サイズ・ライフ。


立って半畳寝て一畳」ということわざがある。

このことわざは「必要以上のものは望まず必要十分で満足することが大事だ」という意味である。しかし、シングル・サイズ・ライフを生きていると、ことわざの意味でなく、言葉そのものの意味で「立って半畳寝て一畳」を思い知らされる。

ぼくの部屋は七畳の洋室だが、シングル・ベッドひとつ分のスペースだけでも、案外ふつうに暮らせるものだ。ふだんより視界が狭まり、見えるもの、手に取れるものが少ないのも、何だかシンプルでいい感じではないか。


ぼくは「働きたくない」と考える人間だ。

そういうことを言うと、両親をはじめとする多くの大人は「働かないとお金を得られないから生活できないだろう」と返す。確かにそのとおりだが、ぼくはその言葉に違和感を覚えるんだ。

父も母も壊れたレコードプレイヤーのようにいつもいつも「働かないと生活できない」と言う。しかしぼくが「ではいくらあれば生活できる?」と質問すると、ふたりとも、戸惑ってしまうんだ。

それから「そんなことは関係ない。とにかく働かなければ生活できないんだから働きなさい」とぼくを説得する。


お金はけして「入ってくる」ばかりでなく「出ていく」ものだ。それこそ生活をしていればいろんなところにお金がかかる。

だから「どれくらい入ってくるか」と「どれくらい出ていくか」というふたつの数字は、ハッキリと出しておく必要があるだろう。さらに「生活を成り立たせるために最低限必要な金額」も算出する必要がある。

でも、世の中の多くの人はこの三つの数字を正確に把握していない。

だからただ闇雲に働くしかないんだよ。この三つの数字が分かっていれば、自ずとどれくらい働けば生活を成り立たせることができるかが分かってくるはずだ。

ただ働く。ただお金をもらう。ただ生活する。ということはすなわち、ムダに働き、ムダにお金をもらい、ムダに生活するということだ。


過不足のない生活をするためにも、自分にとっての「立って半畳寝て一畳」を知ることが大事だ。自分にはどれくらいのスペースが必要で、どれくらいのものが必要で、どれくらい便利だと満足できるのか。

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それも分からずに「働かなければ生活できない」と考えるのは、思考停止であると言っても過言ではない。


あなたもシングル・サイズ・ライフを送って、自分に何が必要で、何が不要であるかを確かめてみるといい。

とか何とか言いながら、本当はあなたをこの退屈で救いようのない布団上生活へ道連れにしたいだけなんだけどさ。

ああ、つまらん。


退屈な著者
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ブログ2:ダイエット宣言。

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