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〈ヌングンナム荘〉(2)

ドラマ『秘密の森』+アガサ=クリスティー著『ハロウィーン・パーティ』の二次創作です。

「魔女ハンヨジン」の続編です。

ハンヨジンは警部補で、国家警察情報部にいます。ファンシモクはスウォン市にある地方検察庁のアニャン市の支庁にいます。

*参照

『ハロウィーン・パーティ』(アガサ・クリスティー著、中村能三訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1977年初版、1985年22刷)
"Hallowe'en Party", Agatha Christie, Agatha Christie Limited.1969.


(2)

救急救命室で12歳の少女を溺死と診断したが、事故ではなく事件だった疑いがある、との通報が、アニャン市警察署に入ったのは、11月1日の月曜日の朝だった。

アニャン市警察署は、〈ヌングンナム荘〉と妖精の庭園を捜査し、〈ヌングンナム荘〉の主人でハロウィーン=パーティの主催者のホンスギョンの事情聴取をした。

〈ヌングンナム荘〉を建てたのは、ホンスギョンの夫の伯母のイジュヒで、造園師を雇って妖精の庭園を造らせたのも、その人であった。

イジュヒは、外国で事業を経営して成功した人だった。心臓が弱っていると診断されて、6年前、韓国に戻ってきて、甥のイソクとその妻のホンスギョンの家に同居した。

イジュヒの甥のイソクは、ソウルに本社のある銀行のアニャン支店の取締役だった。イジュヒは、資産の半分をアニャン支店に預けた。そして、残り半分は、外国の銀行に預けたままにしておいた。

イソクも、スポーツは何でも好きだったが、一度、職場で倒れて、医者に心臓が弱っていると診断されてからは、近所の低い山を散歩するに留めていた。

ホンスギョンは、6年前も、ハロウィーン=パーティを開き、魔女役に、地元の古老の女に来て貰った。そのおばあさんから、イジュヒは、枯れた泉の話を聞いた。

イジュヒは、泉のあった場所を購入し、〈ヌングンナム荘〉を建てた。

イジュヒは、甥の夫婦と一緒に、〈ヌングンナム荘〉に引っ越した。最初は、二棟の切妻屋根を持つ3階建ての家だけだった。その後、二つの箱で出来たような家を建てて、造園師のチェサンウを雇って住まわせた。

イジェヒはチェサンウと協力して、〈ヌングンナム荘〉の庭と、妖精の庭園を造った。ほとんど今と同じ姿になるまで、3年、かかった。枯れた泉のあった場所の造成は最後にまわされて、3年たっても、空き地のままで残っていた。

ウィルス感染症のパンデミックが始まった年の春に、イソクが、心臓発作を起こして、亡くなってしまった。

イジュヒも、同じ年の秋に、亡くなった。

ウィルス感染症のパンデミックが始まったのは、その後だった。

イジュヒには子供がなかったので、相続人は甥のイソクだけだった。イジュヒは、弁護士に依頼して遺言書を作っていた。その遺言によれば、不動産の相続を甥に、動産の相続を甥の妻に指定し、万一、甥が先に死んだ場合は、その分も甥の妻に、あるいは、甥の妻が先に死んだ場合は、その分も甥に相続させること、妖精の庭園を市民に無料で開放すること、造園師のチェサンウには独立して開業する資金を遺贈するが、本人が望む限り、妖精の庭園の管理を任せること、イジュヒが払っていたのと同じか、それ以上の給料を払うこと、チェサンウが独立する場合は、妖精の庭園を市に寄付すること、としていた。遺書は、弁護士が立ち会って、イソク・ホンスギョン・チェサンウに見せられて、弁護士事務所に保管されていた。

それで、ホンスギョンが全財産を相続し、チェサンウを雇い続けた。その後、チェサンウは、四阿と八角形の池を造って、妖精の庭園を完成させた。

ホンスギョンは、教会の活動にも地域の活動にも熱心で、自分には子供がないが、子供のための行事も、よく、世話役を引き受けていた。ハロウィーン=パーティも何度も主催したことがあったが、〈ヌングンナム荘〉に住むようになってからは、機会がなかった。今年、〈ヌングンナム荘〉で初めてのハロウィーン=パーティを開いたのだった。

パーティに来たのは、同じ教会に通っていて、全員、少なくとも顔見知りか、それ以上に付き合いのある人々である。

午後から準備を始めて、その間、多くのおとなや少年少女が手伝いに来た。シニョンも、その一人だった。準備が終わると、皆、一旦、家に帰った。日が暮れ始めてから、先に、おとなたちが集まった。その後から、幽霊に扮した少年少女たちが、やってきた。パーティの主役は少年少女たちで、おとなたちは、その見守り役だった。

パーティには、3階建ての家の1階だけを使った。居間と食堂とは、南側のベランダに面している。居間の北に、家の入り口があり、ここで靴を脱いでスリッパに履き替える。この部屋に階段と御手洗いがある。階段より東に台所がある。テラスに行くには、台所を通り抜けなければならない。この部屋の北に、宿泊客用の部屋がある。テラスは、その部屋の外側まで続いているが、テラスに直接出ることができるのは、台所だけである。

少年少女たちは、居間とテラスでゲームをし、食堂で晩餐を摂った。

パーティに来た少年少女は10人で、7時から9時まで、皆、一緒にいた。もちろん、途中で、お手洗いに行った人は、いる。

シニョンも、晩餐までは皆と一緒にいた。晩餐の後、皆が居間でスナップ=ドラゴンをしている間に、誰にも気づかれないで、靴に履き替えて、外廊下に出て、そこらじゅうに置いてあったジャック=オ=ランタンを一つ拾って、庭の小道を通って、妖精の庭園に行ったのだと思われた。

パーティの間に、誰かが侵入して、シニョンを襲ったということは、絶対にないとまでは言えない。

〈ヌングンナム荘〉の庭は、ハロウィーンのジャック=オ=ランタンが、そこらじゅうに置いてあった。

しかし、妖精の庭園には、パーティの準備に来た人は誰も行かなかったし、ジャック=オ=ランタンは一つも置いていなかった。

妖精の庭園には夜間の照明がない。周囲の山の陰になり、夜は真っ暗闇である。サイクリングロードから入る入口は、昼間でも見つけにくいし、夜は、もっと、わからない。

だから、侵入者があったとしたら、もともと、妖精の庭園の場所を知っている人が、懐中電灯を持って入ってきたのだと思われる。

これまでは、妖精の庭園を見に来た人が、〈ヌングンナム荘〉の庭に入ってきたことはなかった。

実のところ、自転車や徒歩で山に登る人が、妖精の庭園を見に来ることは、ほとんど、なかった。たまに、小道を見つけて入ってきても、長居をせずに、出て行ってしまう。そのことは、毎日、妖精の庭園の手入れをする、造園師のチェサンウが、知っている。

チェサンウは、同じ教会の信者ではない。ハロウィーン=パーティには、もちろん、その準備にも、加わっていない。彼は、どこの教会にも通っておらず、日曜日も休まない。年がら年中、どこにも行かずに、妖精の庭園の手入れを続けている。

以上が、ホンスギョンの述べた内容だった。

アニャン市警察署は、他の、ハロウィーン=パーティの出席者、おとなも少年少女も、全員、事情聴取をした。結果は、ホンスギョンの供述を裏付けるものばかりだった。

晩餐が終わるまでは、誰かが、シニョンの姿を見たり、彼女と話をしたり、していた。しかし、晩餐の後、シニョンと話をした者は、一人も、いなかった。シニョンがスリッパから靴に履き替えるのを見た者も、一人も、いなかった。結局、いつ、シニョンが出て行ったのか、わからなかった。

アニャン市警察署は、造園師のチェサンウからも、事情聴取をした。

チェサンウは、イジュヒから、園芸店の資金を遺贈されていたが、それには手を付けず、妖精の庭園の手入れを続けていた。それだけでも結構な仕事量で、それに見合う給料を貰っている。

イジュヒが亡くなってから、妖精の庭園は無料で開放されているが、散歩する人は、ほとんどいない。観光客に詰めかけられても、それはそれで迷惑なので、これでいいと思っている。

毎日、早朝から仕事を始めるので、夜は9時に寝る。それなのに、スマホの着信音で起こされた。ホンスギョンからで、インターホンを鳴らしても返事がないので電話した、ハロウィーン=パーティに来た女の子がいなくなったので探している、と言う。それで、懐中電灯を持って外に出て、女の子を探すのを手伝った。

亡くなったシニョンという女の子は、一度、妖精の庭園に来たことがあった。あの子は、かなり、長い間、歩き回ったり、ベンチにすわったり、石の彫刻をさわったりしていた。また、来るかもしれないと思ったが、来たのは一度だけだった。

夏の初めだった。

そう、シニョンは、四阿の水盤をのぞきこんでいた。長い間、のぞきこんでいるので、声をかけた。水を飲みたいのか、とか、そんなことを言った覚えがある。

シニョンは、ちょっと不思議な感じのする女の子だった。あの子が何を言ったか、正確には覚えていない。何か、水の中に見えるというような、夢のようなことを言っていた。

アニャン市警察署の刑事たちは、シニョンという女の子の性格について、彼女の母親のパクセヒョンや、ハロウィーン=パーティに参加していた人々に、改めて、質問した。

母親も含めて、皆が、シニョンは、空想が好きで、物語を読んだり、自分で物語を作ったりするのが好きだったと、証言した。こびとたちの冒険を描いた絵が、アニャン市の小学校全体の展覧会に出されて表彰されたことがある。

刑事たちは、シニョンが通っていた小学校に行き、担任の教師に会った。教師もシニョンの性格について同じことを言った。シニョンは、本を読んだり、絵を描いたりするのが好きだった。何もしていないときには、何か、空想していた。その空想の内容について、教師に話すことはなかったが、絵に描いたのを見れば、わかった。

シニョンが描いた絵を何枚か、刑事たちも、見せられた。あの妖精の庭園の植木の造形やセメント彫刻のような、想像上の動物や実在の動物が、巨大な植物の繁る森で、遊んだり、おしゃべりをしたり、あるいは、冒険したり、悪魔と戦ったり、していた。

なかに、一枚、変わった絵があった。深い穴の底に人が倒れている。昔のヨーロッパの人のような、裾の長い服を着た女の人である。眼を瞑って、片方の腕を横の地面に伸ばし、もう片方の腕を胸の上に載せている。胸の上の手はスズランの花を持っていた。穴の中だけが薄明るくて、ほかは、真っ暗である。まるで、墓のような絵だった。

担任の教師が、シニョンに、どうして、こんな絵を描いたのか、尋ねたが、シニョンは、自分でもわからない、と答えた。そういう空想が浮かんだとしか、答えられなかった。

その絵も、こどもの絵の展覧会に出品された。独特の雰囲気があるというので話題になったが、賞は貰えなかった。

シニョンは、時々、他の人の目に見えないものが見えるようなことを言った。ほんとうに見えていたのかどうか、わからない。それで眠れないとか勉強が手に着かないなどの問題はなく、教師も親も、シニョンに、心理カウンセリングを受けさせようとは考えなかった。

だが、こうなってみると、一度でもカウンセラーに診せた方が良かったのかもしれないと、教師も母親も述べた。特に、母親は、悔やまれてならないようすだった。

刑事たちは、シニョンという、空想好きな12歳の女の子が、本人の意思で、ハロウィーン=パーティを抜け出して、妖精の庭園に行き、何かの幻でも見て、池を覗きこんで、自分でも、何をしているのか、わからないうちに、死んだのだろう、と結論づけた。

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