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通報

ドラマ『秘密の森』の二次創作です。
物語の中の時間は、2022年2月です。


その日、チャンゴン刑事は、龍山署で夜勤に就いていた。

部屋で首を吊っている人がいる、という通報が入り、急行した。2階建てで各階4室の集合住宅の前に、救急車と警察車両が同時に着いた。中年の男が、2階の端の部屋の前に誘導し、中の住人がドアのノブにベルトをひっかけて首を吊っている、と説明した。ドアの横の台所の窓に鍵が掛かっている。ガラスを割って、鍵をはずし、窓を開けて、救急隊員が中に入った。

ドアノブにひっかけられているベルトをはずし、ドアを開けて、意識を失った人を運び出した。救急車に、巡査が一人、同乗して、病院に出発した。

救急隊員を誘導した中年の男は、1階の端の部屋、ちょうど首吊りのあった部屋の真下の住人で、集合住宅全体の所有者であり、他の部屋の住人は皆、借家人であった。

大家のなまえはイギョンスといい、彼に質問しながら、チャンゴン刑事は、首吊りのあった部屋を捜査した。遺書は見つからない。現金やカードなどの貴重品のしまってある場所は、大家が教えた。チャンゴン刑事は、貴重品をまとめて、別の巡査に病院に持っていくように指示した。こわれた窓には、応急修理として、シートを張った。それから、チャンゴン刑事は、自殺未遂事件の捜査のため、大家の部屋も見たいと言った。

大家のイギョンスの部屋には、2台のパソコンがあった。1台は、他の全部の部屋に取り付けた監視カメラのモニターだった。イギョンスは、一日中、モニターを見ている。だから、住人が首を吊ったのを、通報できたのだ、という。

チャンゴン刑事「部屋の中を監視カメラで見ていることを、住人に伝えてありますか」

イギョンス「言いませんよ。わからない場所に設置してあるんです。監視カメラの場所を教えたら、意味がなくなるじゃありませんか」

チャンゴン刑事「それじゃ、防犯カメラの意味をなさない。監視カメラがある、と周知させることで、犯罪を防ぐ効果があるんだから」

イギョンス「だけど、誰も見ていないと思うから、そこで自殺しようとするんで、誰かが見ていると思ったら、他の場所に行って、自殺しようとするでしょう。それじゃ、自殺を防ぐことができなくなるじゃありませんか」

チャンゴン刑事「あなたひとりだけが、モニターを見てるんですか」

イギョンス「そうです。わたしは一人暮らしなんで、他にモニターを見る人はいませんよ」

チャンゴン刑事「それじゃ、今回は、たまたま、自殺を防ぐことができたけど、あなたが寝ているときや、トイレに入っているときや、出かけているときに、自殺する人がいたら、防ぐことができないでしょう」

イギョンス「でも、今回は、自殺を防ぐことができたでしょう。だいたい、監視カメラをつけたのは、孤独死した人が、何日も死体が発見されなくなるのを防ぐためなんです。わたしの知り合いが言ってましたよ。日本では、高齢者が孤独死して死体が発見されないで何日も通過すると、あとの始末がたいへんで、ものすごい損害を被るから、初めから高齢者には部屋を貸さないんだって。それに比べたら、わたしは良心的ですよ。自殺も防いで、人助けをしているんですよ」

チャンゴン刑事「あなたは、全部の部屋の住人の、現金やカードや貴重品の置き場所を、知っている。それに、どの部屋にもマスターキーで入ることができる。モニターで、住人が外出する時間を、知ることができる」

イギョンス「何が言いたいんですか。わたしがどろぼうをするとでも言うんですか」

チャンゴン刑事「あなたは、猥褻な目的で住人の部屋をのぞき見している」

イギョンス「違います!」

チャンゴン刑事「住人に前以て知らせずに、監視カメラを住居の中に設置するのは、それだけでも犯罪なんですよ。そのうえ、住人が、窃盗や性犯罪の被害にあったら、あなたが第一容疑者になります」

イギョンス「自殺を防いだのに、犯罪者扱いされるなんて」

チャンゴン刑事「自殺を防いだ功績に免じて、今まで監視カメラで見張っていたことを借家人に知らせずに、カメラを取り外すだけにしましょう。廊下の防犯カメラは、そのままにしてください」

イギョンス「廊下には、元々、監視カメラを付けていません」

チャンゴン刑事「やっぱり、ただの覗き趣味で、部屋の中に監視カメラを付けていたんだ」

イギョンス「違います。孤独死を防ぐためです」

チャンゴン刑事「住居の監視カメラをはずして、廊下に設置してください。防犯用に監視カメラを廊下に設置することを、住人に通知してください」

翌日、住人が、それぞれ、出勤した時間を見計らって、大家のイギョンスが、各部屋に入り、監視カメラをはずすのに、チャンゴン刑事とパクスンチャン刑事とが、立ち合った。刑事たちは、監視カメラと、モニターで見た画像の記録データとを、証拠物として押収し、ソウル地方検察庁への同行を、イギョンスに求めた。

イギョンス「自殺を防いだ功績に免じて、見逃してくれるって言ったじゃないですか」

チャンゴン刑事「今まで覗き見していたことを、借家人に知らせて嫌な思いをさせなくていい、と言っただけです。警察だけで不起訴にすることはできないんです。証拠物を検察官に提出して、今回は、住人の自殺を防いだ功績に免じて不起訴にしてくれるように、僕が口添えする、っていうことです。弁護士も呼んでもいいですよ」

イギョンス「弁護士も呼ばないと、起訴されるんですか」

チャンゴン刑事「どうかな。法律が服を着て歩いてるような人だからなあ」

イギョンス「なんですって」

チャンゴン刑事「もう一人、人間らしい警部に、付き添ってもらいますよ」

それで、チャンゴン刑事は、ソウル特別警察庁に行き、ハンヨジン警部に事情を話して、ソウル地方検察庁に同行してもらった。

ファンシモク部長検事は、チャンゴン刑事から、報告を聞くと、ハンヨジン警部の方を見た。

ハンヨジン「きのう、ドアノブで首吊り自殺を図った人は、心肺停止状態で発見されましたが、救急救命士が心臓マッサージをしながら搬送し、病院で電気ショック治療をして、蘇生しました。意識も回復して、今は、カウンセリングを受けています」

ファンシモク部長検事は、イギョンスを見て、尋ねた。「3年間、監視カメラで窃視を続けて、その記録が、これだけですか」

机の上には、USBメモリが3個、載っていた。

イギョンス「はい」

ファンシモク「動画を切り取って写真にして、保存していませんか」

チャンゴン刑事が、横から、答えた。「パクスンチャン刑事が、調べました。写真は残っていません」

ファンシモク「モニターに使ったパソコン本体は押収しなかったんですか」

チャンゴン刑事「一応、中を調べて、データだけ、抜き取ってきましたが」

ファンシモク「パソコン本体も押収してください」

チャンゴン刑事「はい」

ファンシモク「こちらで、パソコンを、再度、調査します。借家人のデータが残っていないことが確認されたら、不起訴処分にします。なお、押収したパソコンは返却しません」

イギョンス「もし、何か見つかったら」

ファンシモク「やっぱり、あるんですね」

イギョンス「いいえ!」

ファンシモク「猥褻な写真があったら、性犯罪で起訴します」

イギョンス「そんなもの、ありません!」

ファンシモク「入居者の財布の写真があったら」

イギョンス「ありません」

ファンシモク「カードや暗証番号のメモの画像があったら」

イギョンス「ありませんよ!」

ファンシモク「では、今日のところは、帰って結構です。拘束はしませんが、こちらから許可を出す前にソウルを離れたら、拘束令状を取ります」

イギョンス「そんなこと言ったって、用事ができたら」

ファンシモク「先に、行き先と目的を知らせてください。必要と認めたら、許可します」

チャンゴン刑事「廊下に、防犯用の監視カメラを設置させたんですが、それのモニターはどうしましょう」

ファンシモク「警備会社と契約して、そちらでモニターするようにしてください」

イギョンス「そのための費用を出すんですか」

ファンシモク「そのための家賃の値上げは認めません。今までの3年間の窃視に対する、罰金の代替処分です」

イギョンス「不起訴にしてもらえますか」

ファンシモク「証拠を精査したうえで、結果を書面で通知します。起訴された場合、罰金を払わなければなりません。場合によっては、被害者に、民事訴訟を勧めます」

イギョンス「自殺しそうな人がいるって、通報したばっかりに、これだ……余計なことをするんじゃなかった」

ハンヨジン「自殺未遂じゃなかったら、自殺してしまったら、当然、警察が部屋を捜査して、監視カメラを発見します。そうしたら、もっと重い罪になるところでしたよ」

イギョンス「はい……」

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