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朝日の当たる家 (04)

ドラマ『秘密の森』+東野圭吾著『容疑者Xの献身』の二次創作です。


(10)

翌週の月曜日に、キムチョルは、警察署から検察庁に送られた。

キムチョルが、両側から警察官にはさまれて、取調室に入ると、壁際に、検事が立っていた。

取調室のまんなかに、机が一つ、その両側に、椅子が一つずつ。

キムチョルは、机の一方の側の椅子にすわらされた。

警察官たちが、部屋から出ていった。

検事が、壁から離れて、机の前に進み、キムチョルを見下ろした。キムチョルは、顔を上げない。

検事が、椅子を引いて、座った。キムチョルと、正面から向き合った。

検事が、口を開いた。「検事のファンシモクです。あなたは、キムチョルですね」

キムチョル「はい。キムチョルです」

ファンシモク「今から、あなたの取調べをおこないます。この取調べは、録音・録画されています。この取調べによって、あなたを起訴するか不起訴にするかを決定します。起訴した場合、この取調室でのあなたの発言は、裁判で証拠として採用されます。あなたには、黙秘権があります。弁護士の立ち合いを求めますか」

キムチョル「弁護士の立ち合いは拒否します」

ファンシモク「あなたの容疑を確認します。警察の調書によると、あなたの容疑は、3月9日におこなったパクインスさんの殺害、および、3月8日から1週間かけておこなったキムジングさんの遺体の隠匿、および、損壊、および、遺棄です」

キムチョル「はい」

ファンシモク「キムジングさんの遺体の隠匿、および、損壊、および、遺棄について、警察から提出された証拠を確認します。5月20日に家宅を捜索し、3月11日から1週間、あなたが入浴のために通ったチムジルバンの領収書と、3月27日のハウスクリーニングの領収書を、押収しています」

キムチョル「4月に精神科を受診して、ウィルス感染への恐怖がきっかけで生じた、自宅のユニットバスに対する不安神経症と診断され、薬を処方されました」

ファンシモク「病院と薬局のレシートも押収しています。あなたは、キムジングさんの死体を遺棄した場所を供述していません」

キムチョル「黙秘します」

ファンシモク「あなたは、パクインスさんの殺害、および、キムジングさんの殺害を自供しました」

キムチョル「わたしは供述した内容を変えません」

ファンシモク「パクインスさんの殺害について、警察から提出された証拠を確認します。

3月9日6時10分、および、9時10分、ナミョン駅西側のチムジルバンの監視カメラに映った、あなたの歩き方と、3月9日0時10分と0時20分、ヨンサン駅西側のブチェ旅館の監視カメラに映った、キムジングと記名して305号室に宿泊した人の歩き方とが、同一であるとして、あなたがキムジングになりすました証拠としています。

更に、5月17日、あなたが勤務先の二村洞の高等学校から西氷庫洞の自宅まで歩いて帰った約1kmの間にある、道路の監視カメラに映った、あなたの歩き方と、3月9日のチムジルバンのあなたの歩き方、および、ブチェ旅館で0時10分にキムジングと記名して宿泊した人物の歩き方とが、一致していると主張しています。

3月9日の映像だけでは、たまたま、その日は、そういう歩き方だった、ということもあり得ますが、2箇月後も同じとなると、あなたの歩き方の癖であるとして、キムジングと記名した人物を、あなたと同定する根拠になります」

キムチョル「認めます」

ファンシモク「あなたは、3月9日、パクインスさんをナミョン駅西側のチムジルバンに連れて行きました。それについては、一人の目撃証言と一件の物的証拠とがあります。

一人の目撃証言は、二村洞と西氷庫洞との間の大橋の下に住んでいる人が、いつも通勤のために大橋の下を通るあなたが着ているコートと、同じコートを着ている人と、いつも大橋の近くのベンチにすわっていた人とが、一緒に、下流の方へ歩いていく後ろ姿を、ちらっと見た、というものです。

一件の物的証拠は、ナミョン駅の近くのチムジルバンの出入り口の監視カメラの、あなたとパクインスさんとが、一緒に、入ってくる映像です。

目撃者は、警察官に対する証言では、自信がないと言っていました。きのうは日曜日でしたが、検察捜査官のキムホソプが、漢江教会に行って、目撃者と面接しました。
コートの他にも、あなたの通勤の姿を思い出させた、何かが、ありませんでしたか、と質問したところ、そういえば、ナップザックも見えた、コートを着ない季節も持っていた、それとコートと両方あったから、あなただったに違いないと証言を修正しました。

ナミョン駅の近くのチムジルバンの監視カメラの映像を、わたしとキム捜査官とで確認したところ、あなたは、ベージュのコートを着て、茶色のマフラーを巻き、ナップザックを肩に掛けて、入ってきていました。

以上により、あなたが、3月9日の早朝、パクインスさんを、二村洞の、西氷庫洞との境界の大橋の西側で勧誘し、ナミョン駅の西側のチムジルバンに連れて行ったことを、確定します」

キムチョル「認めます」

ファンシモク「あなたは、3月9日、パクインスさんをナミョン駅西側のチムジルバンに連れて行き、その1時間半後、今度は、パクインスさんをヨンサン駅西側のブチェ旅館に連れて行きました。パクインスさんは、あなたから渡されたキーカードで、305号室に入りました。その12時間半後、あなたは、パクインスさんを、ヨンサン駅西側の空き地に呼び出しました。これらについては、あなたが、3月9日0時10分にブチェ旅館の305号室のキーカードを受け取ったときに着ていた紺色のジャンパーを、パクインスさんが、チムジルバンを出てからブチェ旅館に入るまで着ていた映像、および、午後8時にブチェ旅館を出るときに同じジャンパーを着ていた映像が、証拠とされています」

キムチョル「認めます」

ファンシモク「では、あなたが、3月8日にキムジングさんになりすましてから、3月9日にパクインスさんを殺害するまでの経緯を供述してください」

キムチョル「ほんの数分前まで、顔もなまえも知らなかった人を、殺してしまいました。車のスピードの出し過ぎで人を轢き殺すように、防具を付けていない人にテコンドーの技を仕掛けて、殺してしまいました。

わたしは、高校の教師です。生徒に暴力を振るったことはありません。しかし、これが知れたら、暴力教師の噂が立ち、わたしは、クビになるでしょう。

いつも、通勤の途中で会う、ホームレスたちのことが思い浮かびました。特に、他のホームレスたちから、一人、離れて、ぽつんと、ベンチにすわっている男のことを。まだ、ホームレスになって日が浅く、彼らのひとりになりきれないのです。くたびれたコートを着て、それでも髭を当たって、工学系の雑誌を読んで、次の就職先を探している。

わたしも、彼の横にすわることになりそうだ。

そんなことを考えました。

隣の奥さんは、いつも、わたしが通勤の途中で弁当を買う店の人です。奥さんと娘さんの目の前で、わたしは、その男を倒したのですが、気を失っているだけだ、わたしの部屋に運んで、気がついたら帰らせるから、明日の朝まで、外に出ないようにしてください、と言うと、素直に信じて従ってくれました。わたし自身、そう言ったときはまだ、男は生きていると思っていたのです。

隣の母娘に、男が生きて帰ったと信じ込ませることができたら、わたしは、誰にも、人を殺したことを知られずに済むのではないか。

そういう考えが浮かびました。そして、そのための計画を練りました。

わたしは、死んだ男の紺色のジャンパーを脱がせて、ポケットを探りました。スマホが出てきました。

ズボンのポケットも探りました。キムジングという人の住民登録カードと財布が出てきました。財布には、隣の奥さんから脅し取った金が入っていました。

隣で、わたしがびっくりするほどの大騒ぎが始まったのは、キムジングが金を取って出ていこうとするときに、娘さんが、firevaseで殴りかかったことが、きっかけでした。firevaseが割れて、中の薬品がかかったので、キムジングが怒って、娘さんを殴り倒して、馬乗りになって殴り続けているところに、わたしが入って行ったのでした。

キムジングが隣の奥さんから奪った金を、わたしが彼を殺した事実を隠すために、使うことにしました。

ナップザックに、自分のコートとマフラーを入れました。

キムジングのジャンパーを着て、ポケットにキムジングの住民登録カードと財布とスマホを入れ、マスクをし、手袋をはめ、ジャンパーのフードを被りました。ズボンは、元々、キムジングと同じ色でした。ナップザックを背負い、キムジングの靴を履きました。身長が同じぐらいだったので、靴も、わたしの足と、大きさが合っていました。

外に出ました。廊下に置いてある二酸化炭素消火器をはずしました。キムジングが仕返しをしたように見せるつもりでした。

二酸化炭素消火器を持って、階段を降りて、自転車置き場に行きました。隣の奥さんの自転車の前籠には二段式のカバーがあって、大きく広げれば、消火器も入ります。しかし、隙間が残って安定が悪い。マフラーとコートをナップザックから出し、マフラーを消火器に巻き付け、隙間にコートとナップザックを詰めて、安定させました。カバーの蓋をすれば、外からわかりません。

わたしは、自転車を漕いで、ヴィラを離れました。隣の奥さんは、勤め先では自転車に鍵をかけておきますが、家では、自転車に鍵をかけていないんですよ。自動車でも、そんな人がいるのを、知っています。

自転車も、キムジングが仕返しに盗んだことにするつもりでした。

西氷庫洞のヴィラを出たのは、夜の10時ぐらいでした。それから、30分近くかかって、ソウル駅まで行きました。自転車を置いて、手袋をはずして前籠に入れて、24時まで営業しているロッテマートに入りました。

ロッテマートでは、カセットガスコンロとカセットガスホットプレートを買いました。それから、懐中電灯。それから、紺色のジャケット、紺色のマフラー、紺色の庇付きニット帽、手袋。あと、化学雑巾。そして、ダイソーのトートバッグ3個。全部、キムジングの財布の現金で支払いました。カセットガスコンロと、カセットガスホットプレートを、それぞれ、別のトートバッグに入れ、残りの買い物をまとめて一つのトートバッグに入れました。監視カメラの死角に入って、ジャンパーのフードを脱ぎ、新しいニット帽を被りました。

ロッテマートを出て、自転車に乗る前に、新しく買った手袋をはめて、3個のトートバッグを荷台に細引きで括りつけました。

わたしは、キムジングの身代わりの死体を作る作業は、ソウル駅からヨンサン駅までの西側で実行すると決めていました。住民登録カードによれば、キムジングの住所は東側の東子洞です。そこには、死体を作る作業を終えてから行く予定でした。

一方で、3月9日までキムジングが生きていたように見える姿を、あちこちの監視カメラに残していく。他の人と同じようにマスクをしているだけでなく、常に、フードや帽子やマフラーで顔を隠しているのは、消火器や自転車を盗んだり、後ろ暗いことがあるからだと思わせるつもりでした。

ソウル駅のロッテマートを出て、ヨンサン駅の近くに着いたときには、午前0時をまわっていました。3月9日の始まりです。

ヨンサン駅の西側の格安ホテルのブチェ旅館に行きました。建物の裏側の、狭い通路に、自転車を置きました。ブチェ旅館に入って、キムジングの財布から出した現金で、宿泊料金を払い、キムジングのなまえと住所を宿泊簿に書き、305号室のキーカードを受け取りました。ホテルの従業員に顔も見られないし、声も聞かれない。それでいて監視カメラにキムジングの紺色のジャンパーを着た男の姿が残る。カードを使わず、現金で支払いができるのも、好都合でした。

305号室に入ると、カセットコンロとカセットホットプレートから、ガスボンベを抜きました。ガスボンベを、ジャケットやマフラーを入れたトートバッグに入れ直し、コンロを入れたトートバッグとホットプレートを入れたトートバッグを305号室に残して、ブチェ旅館を出ました。

自転車でナミョン駅の近くまで引き返したとき、午前0時半になりました。チムジルバンに行きました。地下の駐車場は、自転車置き場が監視カメラの死角になっています。自転車を置いて、トートバッグを持って、自転車置き場の通路から駐車場を出てチムジルバンの玄関にまわって、中に入りました。ここでもまた、キムジングのジャンパーを着た男の姿を監視カメラに残せました。

受付で、手袋をはずしてジャンパーのポケットに入れて、キムジングの財布の現金で、料金を払い、お風呂セットとロッカーのキーを受け取りました。

ロッカーにトートバッグを入れて、お風呂セットも仕舞い、ロッカーのキーを持って、駐車場に行きました。

自転車の前籠から、ナップザックを取り出しました。ベージュのコートと、ソウル駅でロッテマートに入る前にはずした手袋とを、ナップザックに入れました。消火器に巻いた茶色のマフラーをはずして、これも、ナップザックに入れました。そして、ナップザックを持って、ロッカーのキーを使って、駐車場から、中に戻りました。

それから、睡眠室に行きました。カーテンで仕切った寝床で、ジャンパーのポケットから、キムジングの住民登録カードと財布とスマホを出して、ナップザックに入れました。そして、ニット帽とジャンパーを脱いで、休みました。

午前3時半頃に起きました。洗面などを終えたあと、ナップザックから、ベージュのコートと茶色のマフラーと手袋を出しました。ニット帽とキムジングの紺色のジャンパーを、ナップザックに入れました。コートを羽織って、手袋をそのポケットに入れて、マフラーも首に掛けて、ナップザックを持って、ロッカールームに行きました。ロッカーを開けて、トートバッグから、化学雑巾とガスボンベを出して、それらはロッカーの中に残し、他はナップザックに移しました。トートバッグも折り畳んでナップザックに入れました。

そして、ベージュのコートのボタンを留め、茶色のマフラーをきっちりと巻き直し、手袋をはめました。ナップザックを背負って、駐車場に行きました。

駐車場の自転車置き場で、ナップザックから、紺色のマフラーを出して、前籠の中の消火器に巻き、紺色のジャケットもナップザックから前籠に移して、安定させました。

自転車を押して駐車場の外に出ると、午前4時を過ぎていました。自転車を漕いで、ナミョン駅の西側のチムジルバンから、イチョン駅まで行きました。

午前4時半をまわってから、イチョン駅の自転車置き場に着きました。自転車の前籠から、紺色のマフラーと紺色のジャケットをナップザックに戻しました。

いつもの通勤と同じ格好で、歩いて、川岸の、ベンチにすわっている男に、会いに行きました。

朝の5時でした。彼は起きていました。漢江を眺めていました。寒そうでした。初めて、声をかけました。

すまないが、仕事を頼まれてくれないか。夜間の工事の立会人になってほしいんだ。いや、元々、キムジングという男が立会人だったんだが、急に、今夜は行けなくなったと言われてね。困ってるんだ。キムジングの代わりに来てくれないか。キムジングが泊まっている宿があるんだ。夜間の工事の時間が来るまで、そこで待っていてほしい。その前に、チムジルバンに行かないか。

キムジングが隣の奥さんから脅し取った金の2倍以上の金を、わたしの財布から出して、渡しました。ベンチにすわっていた人、パクインスさんは、工事の立会人を喜んで引き受けました。

ふたりで、イチョン駅に戻りました。パクインスさんは、交通カードを持っていました。それで、シンヨンサン駅まで行きましたが、そこで降りずに、乗り換えて、ナミョン駅まで行きました。パクインスさんは、交通費を自分で払いました。

チムジルバンでも、パクインスさんは、自分で料金を払いました。下着も自分で買いました。

わたしも、下着を買って、入浴しました。

チムジルバンを出るときに、わたしは、ロッテマートで買った、紺色のジャケットを着て、紺色のマフラーを頭巾のように巻いて、頭から肩まで覆い隠しました。

パクインスさんは、わたしの注文通りに、キムジングの紺色のジャンパーを着て、わたしがロッテマートで買ったニット帽と手袋も、身に着けました。

パクインスさんが自分の荷物を入れて持ち歩いている袋の代わりにしてくれと、トートバッグを渡すと、彼は、喜んで、トートバッグに中身を入れ替えました。

パクインスさんに、ブチェ旅館の305号室のキーカードと、夜間の工事に来るときに必要だからと、ロッテマートで買った懐中電灯を、渡しました。

パクインスさんは、スマホを持っていませんでした。通信料を払えなくなったと。だから、交通カードを使って、毎日、職業紹介所に出かけて求人情報を探していると。一体、スマホの通信料と交通カードと、どっちが安いのかと思いましたが、要するに、パクインスさんは、毎日、決まった所に出かけていって、決まった人に会いたかったのです。それでいて、わたしと同じように、人付き合いが苦手なのでした。

仕方なく、キムジングのスマホを渡しました。いくら、工事の立会人に来れなくなったからといって、スマホを渡していくはずがないと疑われるのではないかと思いましたが、そういうようすはありませんでした。スマホを二つ持っている人もいるので、気にしなかったのかもしれません。

わたしが、いつものコートから、紺色のジャケットに着替え、紺色のマフラーを頭巾にしたことも、疑わしかったでしょう。しかし、パクインスさんは何も言いませんでした。

つまり、他人に関心がない。必要最小限の会話しか、しない。それも、わたしと同じでした。

それから、パクインスさんを、ブチェ旅館まで送って行きました。途中で、地下鉄の駅の近くのコンビニエンスストアに寄りました。そこで食料品を買うことは予想していたし、計画通りだったのですが、CDプレーヤーのための電池を買ったのは、予想外でした。

コンビニエンスストアでは、わたしは、自分の財布を出さないようにしました。

パクインスさんがブチェ旅館に入るのを見届けて、チムジルバンに戻りました。睡眠室に行って休み、一時間後、また、茶色のマフラーにベージュのコートで、手袋をはめ、ナップザックを持って、チムジルバンを出ました。ナップザックには、紺色のマフラーとジャケットを入れていました。

そして、自分の家に帰りました。隣の奥さんは出勤した後だし、娘さんも学校に行った後で、顔を合わさずに済みました。わたしは、夕方まで、休みました。

キムジングの死体は、ユニットバスルームに置いていました。

夕方、わたしは、茶色のマフラーにベージュのコートで、ナップザックを持って、イチョン駅に行きました。このとき、ストラップ付懐中電灯をナップザックに入れて行きました。元々、わたしが持っていた懐中電灯です。それに、ごみ袋も用意しました。

イチョン駅の自転車置き場で、前籠のカバーを開け、ナップザックから、紺色のマフラーを出して、消火器に巻き、ジャケットも出して、ナップザックと一緒に前籠に入れて、消火器を安定させました。そして、自転車で、ナミョン駅の西側のチムジルバンに向かいました。

午後6時40分頃、チムジルバンの駐車場の自転車置き場に入りました。自転車の前籠からナップザックを出して、紺色のマフラーとジャケットをザックに入れて、ロッカーのキーで中に入りました。ロッカールームに行って、ロッカーから、カセットボンベと化学雑巾を取り出して、ごみ袋に入れました。茶色のマフラーとベージュのコートを脱いで、紺色のマフラーと紺色のジャケットに着替えました。手袋はジャケットのポケットに入れました。茶色のマフラーとベージュのコートをナップザックに入れました。

ロッカールームから自転車置き場に戻って、前籠の中の消火器に茶色のマフラーを巻き、コートとナップザックで安定させました。ごみ袋は荷台に細引きで括りつけました。

また、ロッカーの鍵で、中に入りました。受付に行って、ロッカーの鍵を返しました。ウィルス感染症対策で、鍵はアルコール布で拭かれました。。

わたしは、玄関から、出ました。

そして、もう一度、駐車場に行きました。

夜の7時になっていました。

わたしは、手袋をはめて、自転車で、ナミョン駅の西側のチムジルバンから、ヨンサン駅の西側の広い空き地まで行きました。

空き地の東側のヨンサン駅、北側のドラゴンホテルの灯りが届かない場所を選んで、自転車を停めました。

午後7時20分になっていました。

手袋をはずして、自転車の前籠に入れました。

自転車の荷台から細引きをほどき、懐中電灯を出して、サドルに括りつけました。

パクインスさんに、今から、迎えに行くと、スマホで連絡しました。

わたしは、ブチェ旅館まで、歩いていきました。

午後8時前、ブチェ旅館から、キムジングの紺色のジャンパーを着て、紺色の庇付きニット帽を被り、手袋をはめた、パクインスさんが出てきました。

このとき、わたしにとって予想外だったのは、パクインスさんが、イヤホンを着けて、CDを聴いていたことでした。パクインスさんは、空き地まで歩いていくあいだも、ずっと、聴き続けていました。

午後8時過ぎに、空き地に着きました。暗いので懐中電灯を出すように言うと、パクインスさんは、ジャンパーのポケットから懐中電灯を出しました。空き地の奥に、わたしが自転車のサドルに括りつけた懐中電灯の灯りが見えています。あそこだと言って、パクインスさんには懐中電灯で地面の数歩先を照らさせて、歩いていきました。ずっと、パクインスさんは、音楽を聴いていました。わたしは、キムジングにしたのと同じことを、パクインスさんにも、しました。キムジングは、娘さんを殴るのに気を取られていて、何が起こったのかもわからずに、わたしに打ち倒されました。パクインスさんは、音楽に夢中になっていて、何が起こったのかわからずに、わたしに打ち倒されました。

わたしは、懐中電灯を口に咥えて、パクインスさんの死体を、自転車のそばまで運びました。

自転車のそばに、パクインスさんを寝かせました。

まず、パクインスさんの手袋をはずしました。ニット帽も取りました。イヤホンも取って、ジャンパーのポケットに入れました。それから、ジャンパーを脱がせました。

自転車の前籠から、ナップザックを出しました。紺色のマフラーとジャケットを脱いで、前籠に入れました。ナップザックは自転車に立てかけて地面に置いておきました。

パクインスさんから脱がせたジャンパーとニット帽と手袋を、自分の身に着けました。

ジャンパーのポケットに305号室のキーカードがありました。反対側のポケットにスマホと、そして、CDプレーヤーとイヤホンでした。

パクインスさんのスボンのポケットを探って、住民登録カードと財布を取り出しました。財布の中を改めると、わたしが、けさ、渡した金のほとんどが、まだ残っていました。パクインスさんの住民登録カードと財布を、わたしが着ているジャンパーの、305号室のキーカードと同じポケットに入れました。

荷台にくくりつけた細引きをほどいて、ごみ袋から化学雑巾を取り出しました。5枚入りの袋から1枚を取り出して、これも305号室のキーカードと同じポケットに入れました。

2個のカセットガスボンベと、5枚入りのうち1枚がなくなって4枚になった化学雑巾とが入った、ごみ袋を、ナップザックと同じように、自転車に立てかけました。

それから、パクインスさんから取ったイヤホンを、自分が着けました。CDの曲が聞こえてきました。

CDを聞きながら、ブチェ旅館に向かって歩きました。一つの曲が終わると、また、同じ曲が流れます。これは、パクインスさんが、自分の好きな曲だけをダビングしたCDだとわかりました。ところどころに、元の歌詞にないせりふが、混ざっていました。**

午後8時45分、ブチェ旅館に入りました。305号室に行き、化学雑巾で掃除しました。カセットガスコンロの入ったトートバッグと、カセットホトプレートの入ったトートバッグと、パクインスさんの衣類などが入ったトートバッグを持って、305号室を出ました。

午後9時、ブチェ旅館を出て、空き地に向かいました。

空き地に着くと、一旦、トートバッグを地面に置いて、懐中電灯をつけて、口に咥えて、また、トートバッグを持って、歩きました。

ずっと、CDを聞き続けていました。

自転車と、パクインスさんの死体のあるところまで、戻りました。

トートバッグを自転車に立てかけて地面に置きました。

イヤホンをはずしました。ジャンパーのポケットの中のCDプレーヤーからも、ケーブルをはずしました。音楽が聞こえました。

自転車の前籠から、紺色のマフラーを出しました。それで、パクインスさんの両足首を縛りました。

トートバッグから、カセットガスコンロとカセットガスホットプレートを出して、地面に置きました。ごみ袋から、ガスボンベを二つ、出しました。間違えないように注意しながら、それぞれ、セットしました。

二つのトートバッグが空になったので、一方を畳んでもう一方の中に入れて、余った隙間に、305号室で使った化学雑巾を入れました。手袋も、はずして、入れました。

ごみ袋には、5枚入りの化学雑巾のうちの4枚が残っています。ごみ袋ごと、自転車の前籠に入れました。ロッテマートで買ったのではない方の手袋を出して、はめました。

パクインスさんの両足の先に、カセットガスホットプレートを置きました。

両脚の一方の側に、パクインスさんの持ち物の入ったトートバッグを置きました。もう一方の側に、畳んだトートバッグと化学雑巾を詰めたトートバッグを置きました。

そして、脚の上に、カセットガスコンロを置きました。

カセットガスホットプレートから、プレートをはずしました。カセットガスコンロの上に、プレートを置きました。

ジャンパーのポケットからスマホを取り出して、プレートの上に置きました。

それから、パクインスさんの上体を持ち上げて、プレートの上に伏せるようにしました。両手の先をプレートのまん中で交差して上と下とに並ぶように置きました。下の手で、スマホが半分隠れるようにしました。手から食み出した部分に、パクインスさんの口が来るようにしました。

わたしが着ている、キムジングの紺色のジャンパーのポケットの中を改めました。一方に、パクインスさんの財布と住民登録カードと、ブチェ旅館の305号室のキーカードが入っています。もう一方に、パクインスさんのCDプレーヤーとイヤホンとケーブル。

自転車に立てかけて置いてあるナップザックを開けて、パクインスさんの財布と住民登録カードを入れました。替わって、キムジングの財布と住民登録カードを出しました。財布の外も中も、住民登録カードも、懐中電灯で照らして、確かめました。それから、ジャンパーの、ブチェ旅館の305号室のキーカードと同じポケットに、入れました。

キムジングの紺色のジャンパーを脱いで、適当に畳んで、パクインスさんの腰から少し離れた地面に置きました。音楽が聞こえてきます。

自転車の前籠から、紺色のジャケットを出して着ました。化学雑巾を1枚出して、懐中電灯を拭いて、雑巾はポケットに入れました。

キンジングの紺色のジャンパーとパクインスさんとの間に、懐中電灯を置きました。自転車の前籠のあたりまで光が届きました。

地面に置いた懐中電灯と、自転車の前籠に括りつけた懐中電灯と、両方の灯りで、カセットガスコンロとカセットガスホットプレートに、着火しました。

自転車の前籠から、二酸化炭素消火器を出しました。二酸化炭素消火器は、使った跡が残らないので、これが西氷庫洞のヴィラにあったのは、ほんとうに好都合でした」

*firevase
https://tabi-labo.com/290986/wt-firevase
いざという場面で助けになる
花瓶の正体とは?
2019/04/01
TABI LABO編集部

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The House of the Rising Sun(해뜨는 집) - 박인수(Park In Soo): with Lyrics(가사번역|| 배경: 뉴올리안즈 풍경 사진
https://youtu.be/eB691TDQVPw


(11)

キムチョルの供述の時間が長くなったので、ファンシモク検事は、休憩を入れることにした。検事が取調室の外に出ていくと、検察捜査官のキムホソプが入ってきた。

キムホソプ「検察捜査官のキムホソプです。ファン検事が10分間の休憩を取るので、あなたを別室に連れて行きます。トイレに行きたかったら、先にそっちに行きますが」

キムチョル「いえ、結構です」

キムホソプ「じゃあ、行きましょう」

キムホソプ捜査官がドアを開けると、警察官が入ってきて、キムチョルを両側から挟んで立ち上がらせた。キムホソプ捜査官が3人を先導して、空いている部屋に案内した。キムチョルを椅子にすわらせると、警察官は、部屋の外に出た。

キムホソプ捜査官が、「水を飲みたかったら、言ってください」と言って、部屋の隅にあるウォーターサーバーを指差した。

キムホソプ捜査官は、ドアのそばに立っている。キムチョルは、黙って、すわっていた。

ノックの音がした。

キムホソプ捜査官がドアを開けると、ハンヨジン警部がいた。

キムホソプ「ハン警部さん」

ハンヨジン「ファン検事から、許可を貰ってきました。キムチョルさんと、話がしたいんです」

キムホソプ「どうぞ」

ハンヨジン警部が入ると、キムホソプ捜査官がドアを閉めた。

ハンヨジン警部は、キムチョルの前に立った。「キム弁護士を呼びましょうか」

キムチョル「いえ、結構です」

ハンヨジン「部屋の外で、あなたに呼ばれるのを待っているんです」

キムチョル「必要ありません」

ハンヨジン「あなたに伝えたいことがあります。先週の木曜日の夜、あなたを留置することを、イジョンアさんに伝えに行きました。そのとき、ミリさんが、こう言ったんです。
『わたしたちが、強盗をつかまえて動けなくしたら、人殺し、って言って、あたしとおかあさんをつかまえて刑務所に入れるんだ!!』
そのときに、わたしは、ミリさんに、キムチョルさんと話をしてください、と言いました。ミリさんとイジョンアさんは、その次の日の金曜日に、あなたに会うために龍山署まで来ましたが、あなたは、面会しなかった。あなたは、警察に連行されてから、イジョンアさんやミリさんと、一度も、話していません。今も、ふたりは、検察庁まで来ています。ふたりに会いませんか。ふたりに会うつもりがあれば、ファン検事に許可を取ります」

キムチョル「こどもの言うことに惑わされないでください」

ハンヨジン「もちろん、ミリさんの言ったことには、証言としての価値はありません。何の供述にもなりません。裁判で取り上げられることはありません」

キムチョル「この話は、終わりです」

ハンヨジン「では、わたしも、戻ります」

ハンヨジン警部は、くるりと向き直って、キムホソプ捜査官に軽く頭を下げて、自分でドアを開けて、出ていった。

10分の休憩が終わって、キムチョルは、再び、取調室に連れてこられた。警察官が出ていった後から、ファンシモク検事が、入ってきた。

ファンシモク検事が、キムチョルの前にすわって、ファイルを開いた。「では、続きを話してください」

キムチョル「まず、パクインスさんの脚の上のカセットガスコンロが爆発しました。続いて、パクインスさんの足の先のカセットガスホットプレートも爆発しました。

わたしは、耳を澄ましていましたが、どこからも、サイレンは聞こえてきませんでした。

必要最小限の範囲が燃焼したところで、わたしは、二酸化炭素消火器を使いました。

音楽が聞こえました。

使い終わった消火器を、自転車の前籠に戻しました。茶色のマフラーを巻きました。ナップザックも、土を払って、前籠に入れました。コートと、ナップザックと、ごみ袋とで、消火器を安定させて、カバーを閉じました。

自転車のサドルに括りつけた懐中電灯をはずして、口に咥えました。細引きを荷台に巻き付けました。

自転車を押して、キムジングのジャンパーの横の懐中電灯の灯りから、離れました。遠ざかるにつれて、音楽も遠くなりました。

空き地を出たとき、午後11時でした。懐中電灯をジャケットのポケットに入れて、自転車に乗りました。

自転車を漕いで、廃車置き場まで行きました。富川市の廃車置き場です。廃車置き場に着くと、自転車を押して、見て回りました。適当な車を見つけて、前籠から消火器を出して、車に放り込みました。

そして、廃車置き場から、また、自転車を漕いで、引き返しました。

午前0時を過ぎていました。3月10日になっていました。

西大門区まで行きました。監視カメラのない、入り組んだ場所に自転車を停めました。自転車の前籠を開けました。ナップザックに、茶色のマフラーとベージュのコートと、化学雑巾の入ったごみ袋をいれました。前籠が空になりました。自転車に廃車のステッカーを張りました。きのうの夕方、西氷庫洞のヴィラを出る前に、用意したものです。

ナップザックを背負い、自転車を置いて、その場を離れました。

東子洞のキムジングの住所まで歩いていきました。チョッパンの扉を開けたとき、午前2時半でした。誰にも会いませんでした。

キムジングの部屋に入りました。カードや手紙や写真などを探しました。特に何もありませんでした。キムジングの衣類などをごみ袋に詰めました。化学雑巾で掃除して、使い終わった雑巾もごみ袋に入れました。ごみ袋を持って、チョッパンを出た時には、3時半になっていました。

チョッパンから離れた、別の町のごみ捨て場に行きました。そこで、ごみを捨てた時には、午前4時を過ぎていました。

ソウル駅とヨンサン駅の中間の、鉄道の東側の地区の、チムジルバンに行きました。まだ、午前4時半でした。そこに入って、夕方まで、休みました。

その日は木曜日でした。わたしは、前の日と、二日続けて、職場に、かぜで休むと連絡してありました。

翌日の金曜日は出勤しました。

土曜日と日曜日の二日間は、ユニットバスで死体の処理をしました。前以て、ブルーシートを買ってきて、室内に敷いて、汚れが残らないようにしました。作業が終わると、ブルーシートも、細かく切り刻んで、捨てました。ブルーシートを切り刻むのに使った鋏も、捨てました。

以上です」

ファンシモク「パクインスさんの住民登録証と財布は、どうしましたか」

キムチョル「黙秘します」

ファンシモク「キムジングさんの遺体を、どこに捨てましたか」

キムチョル「黙秘します」

ファンシモク「あなたは、キムジングさんの遺体を隠すために、パクインスさんを殺害したのですね」

キムチョル「はい」

ファンシモク「あなたは、キムジングさんの死因を隠すために、パクインスさんを殺害したのですね」

キムチョル「はい」

ファンシモク「あなたは、キムジングさんを殺害した人を隠すために、パクインスさんを殺害したのですね」

キムチョル「はい」

ファンシモク「あなたは、キムジングさんを殺害した人を隠すために、自分が殺害したと、供述したのですね」

キムチョル「違います」

ファンシモク「パクインスさんを殺すことは、あなたにしか、できなかった。だが、キムジングさんを殺すことは、イジョンアさんとミリさんにもできました。

イジョンアさん一人では無理でも、ミリさん一人では無理でも、イジョンアさんとミリさんと二人がかりなら、可能です。

また、同じ理由で、正当防衛の成立要件も厳しくなります。

なぜなら、イジョンアさんは健康な中年の女性であり、ミリさんは健康な14歳の中学生です。二人のうちのどちらか一方が心身の自由を奪われていた、という証言か証拠がない限り、二人が協力して、明確な意図を持って、キムジングさんを殺害した、という可能性を排除できません。そして、殺害の時点で満14歳だったミリさんにも刑事責任が生じます。

キムジングさんは、1年半前まで、数年間にわたって、イジョンアさんとミリさんに暴力を振るい、金を奪い、当時の警察官の対応により、自分が恐喝罪で逮捕されることはないと思い込んだ。そして、今年、3月8日、自ら、イジョンアさんとミリさんの家に出かけていきました。

しかし、3月8日の午後6時半の、西氷庫洞のヴィラの2階の東側の、朝日の当たる部屋は、キムジングさんにとって予想外に不利だった。

ミリさんは、かつての小学生ではなかった。

キムジングさんは、ミリさんを見て、『いい女になってきたじゃねえか、あと3年もしたら、稼げるようになる、どこの店でも雇ってくれる』と言った。

その言葉の意味を理解できないようなこどもではなく、その言葉を聞き流すようなおとなでもなかった。

あなたが、びっくりするような大きな物音を聞いて、隣の家に入ったとき、既に、キムジングさんが死んでいたとしましょう。

その場合、あなたが、ふたりの犯罪を隠そうとするなら、最も確実な方法は、自分が殺害したことにすることだと、考えた。

あなたの供述だけでは、その可能性を排除することはできません」

キムチョル「firevase*で叩いたぐらいで、人は死にませんよ」

ファンシモク「当たりどころ、あるいは、打ちどころによりますが、まあ、大体は、そうです。しかし、細引きで首を絞められたら、人は死にます」

キムチョル「細引きは自転車の荷台に巻いてありました」

ファンシモク「イジョンアさんに、小さいときからハイキングに連れて行ってもらっていたミリさんは、中学校の先輩に誘われて、キャンプに行く予定でした。細引きの使い方を教わって、家でも練習していました」

キムチョル「さっき、ハン警部が、イジョンアさんとミリさんがここに来ている、と言いましたが、」

ファンシモク「ふたりは何も供述していません。4月に、あなたは不安神経症の薬を処方されました。その薬を飲んでいたのは、あなたではないでしょう。ミリさんが、一回に飲む量を、おとなの半分にして飲んでいた。でも、その薬は、もう、ないのでしょう。カウンセリングも必要なのに、一度も治療を受けていない。ミリさんは、先週の木曜日の夜、ハン警部の前で、抱き締めたおかあさんを振りほどいて、しゃべりました。不自然なほどに興奮して」

キムチョル「証言としての価値はない、とハン警部が言っていました」

ファンシモク「証言としての価値はありません。ハン警部は、先週の木曜日の夜のミリさんの状態を見て、医師に診せる必要があると、キムジョンボン弁護士に伝えました。キムジョンボン弁護士は、金曜日・土曜日・日曜日と、毎日、イジョンアさんとミリさんに会って、話を聞きました。その結果、あれほど楽しみにしていたキャンプに行くのを、取りやめにした、と聞いた。その理由までは、聞かなかった。あるいは、聞いたとしても、わたしには、キムジョンボン弁護士は言わなかった。あなたが、イジョンアさんにもミリさんにもキムジョンボン弁護士にも会わないので、わたしに言われたことだけを、こうして、伝えました」

キムチョル「それは、どうも。ミリさんには、気の毒なことをしました。わたしは、チャンスだと思ったんです」

ファンシモク「何のチャンスだと思ったんですか」

キムチョル「イジョンアさんを繋ぎとめるチャンスです。キムジングに張り飛ばされたイジョンアさんが壁にぶつかって、すごい音がしました。キムジングが、『ぶっ殺してやる』と叫んだとき、これは、おもしろいことになった、と思いました」

ファンシモク「話し声が聞こえていたのですか」

キムチョル「すべて、聞いていました」

ファンシモク「いつからですか」

キムチョル「ずっと前からです」

ファンシモク「はじめから聞いていたのですか。キムチョルさんが来たときから」

キムチョル「ずっと前からです」

ファンシモク「キムチョルさんが来る前から、以前から、お隣の話し声を聞いていたのですか」

キムチョル「ずっと前からです」

ファンシモク「今年に入ってからですか」

キムチョル「ずっと前からです」

ファンシモク「去年も聞いていましたか」

キムチョル「ずっと前からです」

ファンシモク「30分、休憩します」


30分後、三たび、ファンシモク検事とキムチョルとは、取調室で向き合った。

ファンシモク「キムジョンボン弁護士、イジョンアさん、立ち会いのもとに、ミリさんに質問しました。あなたから、何か、貰ったものはないか。いつ、貰ったか」

キムチョル「今年のソルラル*に、お裾分けを貰ったので、お返しをしました。イジョンアさんに」

ファンシモク「イジョンアさんも、そう言っていました。お世話になっている大家さんと、帰る実家もないあなたとに、御近所のよしみで、お裾分けをしたと」

キムチョル「ありがたい」

ファンシモク「しかし、ソルラル*のお裾分けとは別に、ミリさんは、個人的に、あなたからプレゼントを貰ったと言っていました」

キムチョル「バレンタインデーのお返しをしました」

ファンシモク「あなたにバレンタインデーにチョコレートをあげたことはない、とミリさんは言いました。イジョンアさんは、勤め先の御弁当屋で、いつも買ってくれるお客さんでバレンタインデーにも買ってくれた人には、デザートにチョコレート味の飴をサービスした、と言っていました」

キムチョル「わたしもチョコレート味の飴を貰いました」

ファンシモク「ミリさんも、イジョンアさんも、あなたを特別扱いしたことはなかった。3月8日の事件以前には」

キムチョル「3月8日以後は、特別な感情を持っていた、と言いましたか」

ファンシモク「キムジングに替わって、今度は、あなたが、恐怖と嫌悪の対象になった、とは、言いませんでした」

キムチョル「検事がおっしゃるように、もし、ふたりの犯罪を隠すために、わたしがキムジングの死体を処理したんだったら、当然、次は、わたしが、ふたりの恐怖と嫌悪の対象になるはずですが、そうではなかったわけですね」

ファンシモク「ミリさんは、あなたから、釜山に旅行したお土産を貰ったと言いました。釜山の水族館のサメのぬいぐるみです。いつ、貰ったのか、思い出せないそうです」

キムチョル「小さいときに誰か他の人から貰ったものと、混同しているんじゃないですか」

ファンシモク「そうかもしれません。サメのぬいぐるみは二つあり、男の子と女の子のペアだが、どっちがあなたから貰ったものか、わからないそうです。ミリさんに、これは任意であって強制ではないが、証拠としてサメのぬいぐるみを提出してほしい、と伝えました」

キムチョル「どっちのサメをです?」

ファンシモク「それも、ミリさんの任意です」

この日の取調べは、ここで終わった。

*ソルラル
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韓国の旧正月(ソルラル)
ソルラル / 설날

翌日の火曜日は、検察官によるキムチョルの取調べはおこなわれなかった。

翌々日の水曜日、また、検察庁の取調室で、ファンシモク検事とキムチョルとが向かい合った。

ファンシモク「きのう、ミリさんが提出したサメのぬいぐるみを調べたところ、盗聴器が仕掛けられていました。先週の木曜日の家宅捜索で押収したあなたのパソコンには、盗聴した内容は残っていませんでした。スマホにも残っていませんでした。しかし、盗聴器の電池の消費量から、既に2箇月半を経過していることがわかりました。3月8日以前からとも以後からとも、どちらともとれる消費量です。なお、あなたは、スマホを、4月に買い替えている。古いスマホは捨てたようですね」

キムチョル「残念でしたな」

ファンシモク「あなたは、常に、蓋然性の高い証拠を残しながら、決定的な証拠は残さない。結果的に、あなたの自供を信じるしかない」

キムチョル「わたしの自供を否定する根拠はないでしょう」

ファンシモク「あなたは、イジョンアさんとミリさんの会話を盗聴していた。キムジングさんがイジョンアさんを恐喝し、ミリさんを虐待するのを傍聴していた。キムジングさんが殺意を口走り、ミリさんを殴打し、イジョンアさんがミリさんを助けるために、細引きでキムジングさんの首を絞めるのを聴いていた。キムジングさんが、細引きに指をかけてはずそうとするので、ミリさんがキムジングさんの指をつかみ、おかあさん、はやく、はやく、と叫び、イジョンアさんが、力一杯、細引きを引っ張るのを聴いていた。すべてが終わってから、出ていって、恩着せがましく、殺人の証拠を消してあげよう、と持ち掛けた。途中で、ふたりを助ける機会が、何度もあったにもかかわらず、介入しなかった。キムジングさんが殺されるのを止める時間があったにもかかわらず、恐怖と興奮で心神耗弱状態に陥った母娘がキムジングさんを殺してしまうまで、待っていた。その上、キムジングさんの遺体を損壊し、遺棄した場所を秘匿することにより、母娘を精神的に支配しようとした。

ミリさんがキムジョンボン弁護士と母親のイジョンアさんの付き添いで供述し、当時の状況が明らかになった結果、キムジングさん殺害において、イジョンアさんとミリさんに刑事責任能力が認められず、不起訴です。

キムチョル、あなたは、イジョンアさんとミリさんの会話を盗聴することにより、以前より、積極的に介入する機会を窺い、キムジングさんの殺害を止める能力も機会もあったにもかかわらず、故意に、殺害を実行させたうえで、それを好機として、イジョンアさんとミリさんの生活に介入し、ふたりを支配しようとした。

単に、隣で聴いている、と知らせるだけでも、イジョンアさんとミリさんの加害行為、それに、その原因となったキムジングさんの暴力行為も、止めることができたのに。

あなたを、キムジングさん殺害における不作為の実行犯、キムジングさんの遺体の損壊・遺棄、および、パクインスさん殺害の実行犯として、起訴します」

(12)

弁護士のキムジョンボン、ミリ、イジョンア、の順に並んで、すわっていた。刑務所の面会室だが、普通の会議室のような部屋である。

ユンセウォンが刑務官に連れられてきた。

ユンセウォンを椅子にすわらせると、刑務官は、部屋から出ていった。

キムジョンボン「おひさしぶりです」

ユンセウォン「おひさしぶりです」

キムジョンボン「元気にしていますか」

ユンセウォン「はい」

キムジョンボン「ファン検事とハン警部も、あなたが元気かどうか、気にしていました」

ユンセウォン「元気にしていると伝えてください」

キムジョンボン「実は、ファン検事に頼まれて、来たんです。こちらのお嬢さんと、話をしてほしい、ということです」

ユンセウォン「ファン検事が?」

キムジョンボン「ハン警部も、それがいいんじゃないかと、言っていました。僕もそう思います」

ユンセウォン「僕に、何ができるのか、わかりません」

キムジョンボン「ユンさんの経験を話してもらえればいいと思います」

ユンセウォン「まさか。何かの教訓になるのでしょうか」

キムジョンボン「ユンさんと同じ経験をしているんです、この人も」

ユンセウォン「あなたが?」

ミリ「あなたが……」

ユンセウォン「どうして……」

ミリ「どうして、刑務所に入ったんですか?」

ユンセウォン「人を殺したからです」

ミリ「悪い人を?」

ユンセウォン「それは、立場によって、評価が変わります。たいていの人は、彼は悪い人だと評価していました。彼の息子さんも含めて。だけど、その『悪い』ことの御蔭で得をしている人たちもいたわけです。その人と一緒に仕事をしている人たちにとっては、都合が良かった。僕は、その人たち全体をひっくるめて、罰するつもりで、最初に、その人を殺しました。正義のためだと信じていました。そうする必要が、僕には、あった。僕の息子が、3歳で、死んでしまったから。その『悪い』人たちのせいで。だけど、僕に殺された人の息子やおかあさんにとっては、今度は、僕が、僕や、僕の息子や、僕の妻が、されたのと同じことを、してしまった」

ミリ「わたしは、違う!」

ユンセウォン「そう、かもしれない」

ミリ「妻も子供もいない! だって、わたしが、血がつながってないけど、子供だったことがあったし、おかあさんが、妻だったこともあった。だけど、おばあさんは死んでたし、誰も、あいつが死んだって、悲しむ人なんか、いなかったんだ。わたしや、おかあさんを、苦しめて、逃げても、追いかけてきて、殴ったり、お金を取っていったりするのに、警察は守ってくれなかった。だから、わたしは、あいつから、これ以上、殴られたり、お金をとられたりしたくない、死んでしまえ、と思った。いつも、あたしや、おかあさんを殴るくせに、自分が首を絞められたら、助かろうと思って、暴れて、細引きに指をかけて。細引きが首からはずれたら、また、わたしや、おかあさんを、殴るんだ。わたしや、おかあさんが、死ぬまで、殴るつもりなんだ。だから、あいつが細引きにかけた指を、一本、一本、はずした。すごい力で、指をかけてるのを、わたしは、必死で、はずした。あいつの指を、一本、一本、はずした。警察は、あいつを追い払ってくれなかった。つかまえてくれなかった。だから、わたしが、自分で、したの。死刑と同じことを」

ユンセウォン「僕も、同じだった。警察も、検察も、悪い人をつかまえない。裁判にかけない。刑罰を与えない。僕も検事だったんだけどね。だけど、他の検事が、悪い人の味方をしていたから、検事自身が、悪い人だったから」

ミリ「じゃあ、仕方がないじゃない。だって、わたしは、殺される前に、殺したの、でも、おじさんは、こどもを殺されてしまってから、やり返したんでしょう」

ユンセウォン「そう」

ミリ「正しいことをしたのに」

ユンセウォン「正しい殺人なんてないんだ。目的が正しくても、人を殺すことは、正しくない」

ミリ「殺さなければ、殺されるのに」

ユンセウlン「その場合は、仕方がない」

ミリ「殺さなければ、また、殴られたのよ。また、お金を取りに来た。警察は、守ってくれないのよ」

ユンセウォン「君の場合は、介護に疲れ果てた人が、無理心中をしようとして、生き残ってしまうのと、似ている。追いつめられて、誰にも助けて貰えなくて、仕方なかった」

ミリ「だから、わたしは、正しいことをしたの。警察が、正しいことをしないから」

ユンセウォン「君が、自分やおかあさんを守るのは正しい。警察が、正しくなかったことも事実だ。君は、起訴されなかったんでしょう?」

ミリ「起訴されてない」

ユンセウォン「それは、正しいからじゃない。追いつめられて、他に仕様がなかったから。心神耗弱、と言われたでしょう」

ミリ「心神耗弱と言われました。今、お医者さんに、通ってます」

ユンセウォン「正しい殺人なんてない。でも、君には、殺害を避ける能力がなかった。他に手段がなかったというのじゃなくて、能力がなかった。だから、起訴されなかった」

ミリ「おかあさんも?」

ユンセウォン「起訴されなかったということは、殺害当時、心神耗弱で、刑事責任能力がなかったと認められたか、君を助けるための緊急避難と認められたか、どちらか、あるいは、両方だったかもしれない」

ミリ「ふん、検事っていう人は、そんなことを言う」

ユンセウォン「そんなことを言う必要がある」

ミリ「わたしやおかあさんを守らないのは、正しくないんじゃないの?」

ユンセウォン「正しくない。警察や検察がさぼってたんだ。だから、責任能力のない人に、殺人をさせてしまった」

ミリ「ああ。そういうことか」

ユンセウォン「ファン検事は、正しい殺人はない、と、僕から君に、言わせたかったのかな」

ミリ「わたしが、人を殺したのに、殺されたやつが悪かったからだ、って言ったから、おかあさんも刑務所に行かせたくない、って言ったから、隣の人が、身代わりになって、自分が殺しました、って言ったの」

ユンセウォン「隣の人が起訴されたの?」

キムジョンボン「隣の人は、以前から、盗聴していたんです。一部始終を傍観していたんです。そして、すべてが終わってから、死体を隠してあげるから自首しなくてもいい、と持ちかけたんです。それで、不作為の殺害の実行犯となりました」

ミリ「違う。盗聴なんか、してない」

キムジョンボン「盗聴器があったでしょう」

ミリ「わたしに、最後の最後になったら、こっちのぬいぐるみを警察に出しなさい、って言っていたの……」

キムジョンボン「言われたとおりの方を出したの? まちがえたんじゃなくて?」

ミリ「まちがえたりしない」

イジョンア「まちがえようがないんです。もう一個の方は、小さいときに、わたしと一緒に釜山に旅行に行って、おみやげに買ったもので、ずっと、お気に入りだったんです」

ミリ「今から、ハン警部に言います」

キムジョンボン「ハン警部に言っても、起訴は取り下げられないよ」

ミリ「じゃあ、検事さんに言います」

キムジョンボン「ファン検事は、それこそ、絶対に、起訴を取り下げないよ」

ミリ「ばか」

キムジョンボン「まあ、そうかもしれないけど。ファン検事は、起訴するか、不起訴にするか、決定するに足る、証拠を求めていた。求めた通りのものが出てきた」

ミリ「求めた通りの証拠?」

キムジョンボン「君とおかあさんを不起訴にして、お隣の人を起訴することができる証拠だった」

ミリ「求めよ、さらば、与えられん」

キムジョンボン「おや、ハン警部と同じことを言った」

ミリ「おじさんは、お隣のおじさんは、なんで、ホームレスの人まで、殺してしまったのかな……」

イジョンア「わたしを、起訴できないようにするためだったんですね。死因がわからなくなるまでの時間が必要だったから」

キムジョンボン「死体を遺棄した場所を黙秘したままでも、彼を殺人罪で起訴できるようにするためでした」

ユンセウォン「なんだか、わからないんですが」

キムジョンボン「ああ、この人たちの隣の人が、自分では直接、手を下さなかった人を殺害した罪で起訴されようとして、死体を遺棄して、死因を隠したんです。そのうえに、別の人を、自分で手を下して殺したんです。最初に死んだ人の死亡時刻や場所を隠して、一日以上、多く生きていたことにしようとして」

ユンセウォン「一応、目的は分かりましたが、その隣の人は、なぜ、そこまでする必要があったんですか。盗聴というのも、実際は違ったという。僕がききたいのは、ただの隣の人がすることとしては、警察に出頭するのに付き添ってあげるとか、弁護士を知っていたら紹介してあげるとか、親切な人でも、それが普通でしょう」

キムジョンボン「この人たちを助けたかったんです」

ユンセウォン「それは、わかりますが」

キムジョンボン「死んでも、悲しむ人がいない。そういう人を、選んで、殺していました。非常に重い罪です」

ミリ「ホームレスの人は、誰も殴ったりしていなかったのに」

キムジョンボン「死んでも誰も悲しまない、いなくなっても探さない、そういう人を選んで殺してしまった」

イジョンア「わたしの罪を隠すために」

ミリ「おかあさん」

キムジョンボン「あの人は、僕に何も言いません。でも、ハン警部が、何か、分かった気がすると、言っていました。あの人は、自分自身を、死んでも誰も悲しまない人だと、思っていたようだ、と」

ユンセウォン「ハン警部が?」

キムジョンボン「ハン警部が」


ハンヨジン警部とファンシモク検事とは、教会に来ていた。土曜日に教会の庭で開かれる朝食会が終わり、引き上げていくホームレスの人々の一人が、ハンヨジン警部に気づいた。自転車で空き缶を集める、細身の男である。

細いホームレスの男「ああ、警部さん、でしたか」

ハンヨジン「おはようございます。こちらは、ファンシモク検事です」

ファンシモク「おはようございます」

細いホームレスの男「おはようございます」

他のホームレスの人々は、先に、教会の庭から出ていく。

ファンシモク「キムチョルさんを、起訴しました」

細いホームレスの男「そうですか。わざわざ、検事さんが、知らせにきてくださるとは」

ファンシモク「パクインスさんの住民登録カードと財布を、あなたが持っていると、聞きました」

細いホームレスの男「おや、自白したんですか」

ファンシモク「はい」

細いホームレスの男「どういうことかな。あなたを信用したんでしょうな」

ファンシモク「あなたを信用したんでしょう」

細いホームレスの男「どうかな。他に、頼める相手が、いなかったんでしょう」

ハンヨジン「あなたの目撃証言は、こういうふうに言ってくれ、って頼まれていたんですね」

細いホームレスの男「すみませんでした」

ハンヨジン「いつ、頼まれたのか、教えて貰えますか」

細いホームレスの男「3月の末頃でした。パクインスさんの住民登録カードと財布を持ってきて、事情はきかないで、預かってほしい。いつか、警察が来たら、こういうふうに証言してほしい。自分が起訴されたら、教会に寄付してほしい。大橋の下で暮らしている人たちのために使ってほしいって」

ハンヨジン「財布の中を見ましたか」

細いホームレスの男「見ました。結構な大金でした。わたしらにとっては」

ファンシモク「他にも、何か、言っていましたか」

細いホームレスの男「いや、他には、何も。住民登録カードと財布を見ますか」

ファンシモク「いえ、あらためることはしません」

細いホームレスの男「じゃあ、これから、神父さんのところに、行ってきます」

ハンヨジン「神父さんは、パクインスさんのために、祈ってくださるでしょうね」

細いホームレスの男「もちろんですよ」

ファンシモク「キムチョルさんは、ここの信者ではないそうですが」

細いホームレスの男「死刑になるんですか」

ファンシモク「なりません。だが、祈ってもらえれば、そのほうが、よろしい」

細いホームレスの男は、肯いた。彼が教会に入って行くのを、ファンシモク検事とハンヨジン警部とは、見送った。

ツツジは終わって、サツキがピンクの花を咲かせていた。

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