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断髪小説 監督の交代

名門バレー部復活のため、かつて女帝と呼ばれたマシバ先生が監督に復活する。
マシバ先生は5年前に体罰が問題となり監督解任された。
当時、新任教師としてバレー部のコーチをしていた私も学校から事情聴取を受け、彼女がハラスメント的な対応を自分にしたと証言した。

マシバ先生は騒動を起こして居づらかったに違いないが監督を解任されても教員として学校に残った。
彼女はシングルマザーでまだ大学や高校に通わせている子どもがいたからやめることもできなかったのだ。

学校は後任として、30歳そこそこの元プロリーグの選手だったヒロミさんを監督として招聘した。私もコーチとして引き続き関わることになった。

ヒロミ監督の方針は自由・自主性をモットーにした「楽しいバレーボール」で勝つことだ。マシバ先生が監督だった頃のような猛練習もないし練習中に怒号もない。
試合中でも選手からは笑顔がこぼれる和気あいあいとしたチームになった。

全員ベリーショートが義務付けられていた髪型もきちんと束ねていればロングでもオッケーになり部員の雰囲気も変わった。

だけどバレー部の成績は目に見えて落ちた。年々成績が落ちていき、去年は全国大会の出場どころか3回戦で特待生もいない県立高校に負けてしまった。
かつては毎年のようにプロに選手を送り出していた名門だったので、今でも地元の有望な生徒が特待生で入学してくるけどこの先が危うい。

結果が出ないバレー部に危機感を持ち、再びマシバ先生を監督にしようという動きが出始める。
学校内の意見は真っ二つに割れたが、意外にも保護者やOBからは復活を望む声が多かった。

結局折衷案として
①現役の生徒は引き続きヒロミ監督と私が指導し、1年生はマシバ先生が指導する。
②2、3年生で全国大会予選を戦う。新人戦は1年だけで戦って成績を比べて1年生の成績がよければマシバ先生が監督に戻る
というものだ。

4月から新しい体制が始まった。
1年生は2、3年生と別メニューでマシバ先生の厳しい練習で鍛えられていく。
コートの優先権は2,3年生にあるからコートを使っている間は、1年生はコートの隅で筋トレや走り込みを徹底し、ボールを使った練習は早出や居残りでしている。
マシバ先生は練習中は相変わらずクスリとも笑わないけど以前のように怒鳴ったりはしない。生徒との接し方もだいぶ変わって信頼されている。

5月の連休明けからは土日に1年生だけで他校へ練習試合に出かけるようになった。
その頃から1年生は全員髪を刈り上げベリーショートにしてきた。
マシバ先生が提案したのは間違いないらしいのだが、強制ではなく生徒たちが話し合って決めたらしい。
夏休みに何度かうちの高校で1年生が試合しているのを見たが、笑顔などいっさいない。常に緊張感を持ち3年生がいる相手でも気後れすることなく戦って結果を出していた。

前置きが長くなったが、結果は歴然だった。
予選大会に3回戦で敗退した2、3年生に対して、1年生は新人戦を県内ベスト4まで勝ち進んだ。

結果、新年に合わせてマシバ先生が監督。ヒロミさんと私がコーチという体制で1、2年生も一緒に練習をすることになった。

1月4日
練習初日。部員30人が体育館に整列した。
こうして並んでみると1、2年生で全然雰囲気が違う。姿勢もジャージの着こなし方も呼びかけに対する返事も表情もすべて1年生の方が立派だ。どちらが上級生かわからない。きっとこの違いが試合結果に出たんだと指導力の至らなさを思い知る。

髪型も冬には少々寒々しい感じがするが、1年生は正月休みの間に全員散髪をしてきていた。きっとマシバ監督から言われていたんだろう。全員が耳丸出しの刈り上げ頭だ。夏の頃はトップを長めに残している子も多かったけど、今ではほぼ全員がトップの髪も短く切っている。
マシバ先生の髪は生徒よりもさらに短い。ほぼ角刈りのようにビシッと髪を切っている。

そのマシバ監督があいさつを始めた。

「今日から私が監督になって新しいチームをスタートさせます。これまで私は1年生だけを教えてきましたが、これからは2年生も全力で鍛えます。今年の目標は全国大会出場です。頑張ればこのメンバーでできると思います。1年生はかなり実力をつけています。実力主義を貫くので2年生と言えどもベンチに入れる保障はありません」と2年生にかなり厳しいことを言っている。だけど、これは真実だろう。

さらに「私は『楽しいバレー』などという方針は持ちません。楽しい気分で勝つことなんてできませんし相手にも失礼です。バレーでキャリアアップを目指すのなら目の色を変えて取り組んでください。あと2年生は強制はしませんが、冬休みの間に練習を休んでもいいので髪を切ってきてください」と2年生に断髪を命じたのだ。

こうなることは2年生もわかっていたと思うが顔色が変わった。
14人の2年生部員ほとんどが肩下あたりまで髪を伸ばしている。
「強制ではない」というが、冬休みの間までとか期限まで決めているのだから従わざるをえないだろう。
正直言ってほとんどの2年生は1年より実力が下だ。
マシバ監督の発言はやる気がないなら部活をやめて残りの高校生活を楽しんだ方がいいというメッセージにも聞こえる。

新年最初の練習が始まった。
やっぱり1年生は鍛えられている。今日は軽いストレッチと持久走だけだが基礎体力も2年生より上だ。私たちがきちんと指導をしていればこんなことなかったのにと反省するけど生徒たちはもっとショックだろう。

昼で練習は終わりだったが、用事があるのかヒロミコーチが途中で帰ってしまったため、私と監督で生徒を送り出した。きっと何人かは今日のうちに髪を切ってくるはずだ。青いウインドブレーカーの上で揺れている髪を数日後に全員が失うことになるんだなぁって思うとなんだか2年生の後ろ姿が悲しそうに見えた。

練習着から着替えて体育館のカギを返して帰ろうとした時、マシバ監督が私に声をかけてきた。

「アヤカコーチもこれから髪を切ってきなさい」

「えっ今からですか?」突然の指示に私は驚いた。

「ヒロミコーチも先に散髪に行かせているわ。駅前のサクマ美容室って知ってるでしょ?本当は今日までお店休みらしいんだけど、あなたたち2人のカットを特別にしてくれるって」

(サクマ美容室って…あの…)

イヤな予感しかしない。
サクマ美容室は、昔からこの学校の運動部では有名な店だ。
バドミントン部では未だに生徒が何かやらかした際に、あの店で思いっきり髪を短くする習わしが残っている。
サクマさんは腕は確かな美容師らしいが、わざわざあの店に行ってこの髪を切るのは不安だ。

だけど、ここは従わざるを得ない…。
「わかりました…」
生徒もヒロミさんも髪を切るんだ。私一人逃れられるわけはない。
ギュッと唇を噛んで私は帰りがけにサクマ美容室に向かうことにした。

久々に寒波が到来し、今日は雪が降っている。学校から駅前までは歩いて20分ほどあるが、突然美容室に行くことになって足取りが重くて普段より時間がかかる。
私はここをいつも歩いて通勤しているが、美容室は道の途中にある。
店に着いた。こぎれいで小さな店だ。ドアには「close」の札がかかっていて、カーテンで窓が閉じられているが、中には照明が灯っている。

ヒロミさんはまだいるのかな?どんな髪型になっているのかドキドキしながらドアを開けると、そこには刈り上げのおかっぱ頭のサクマさんが1人でレジの前にいた。
「いらっしゃい。あなたがアヤカさんね。マシバ先生から話は聞いているわ。さあ。こちらへ」
私はマフラーを外し、ダウンを脱いでリュックと一緒にサクマさんに預けると、さっそく椅子の方に案内をされる。

椅子に座る前にフローリングの上に目をやってギョッとした。
栗色をした50センチくらいの長い髪が渦を巻くように丸まって床で掃き集められている。

( これはきっとヒロミさんの髪だ )

クリスマスの前に新婚のヒロミさんはきれいに髪を染めてきて生徒から褒められていた。その髪が今ゴミになって目の前に捨て置かれている。

「ああ。ごめんなさいね。ついさっきヒロミさん帰ったところだからまだ髪を捨てていないの。あなたのカットが終わったら一緒に捨てるわね」

いや。驚いたのはそこだけじゃない。ウィッグが作れるほど髪がここにあるってことは、ヒロミさんの髪はとんでもなく短くされてるんじゃないのか。
そして私の髪も…と思うと足がすくむ。

そんな不安を無視して、サクマさんはさっさと私を黒い椅子に座らせて首にタオルを巻いた。もう逃がさないって感じで。
そして私の両肩にそっと手を置いて鏡越しに話しかけてきた。

「かわいそうだったわね」とだけ…

「えっ?これから髪を切るからですか?」私は思わず聞き返した。

「そうじゃないの。かわいそうなのはあなたじゃなくて生徒たちよ」

なんの意味かよくわからないでいると
「あなた。ヒロミさんと一緒にバレー部の指導しても結果を出せなかったでしょ。本当にかわいそうなのは伸び悩んだ生徒たちなのよ」
私は朝の2年生のことを思い出した。そうだ。私たちがしっかりしてれば彼女たちも苦労しなくてよかったのに…。

「バレーをしにこの学校を選んだのに結果を残せなくて、大学に行くのも大変になっちゃった子もいたでしょ。あなたは反省してるの?」

サクマさんは私の頭の形や髪の生え方を確認するように両方の手を使い頭を上から下へと撫で下ろす。失礼な物言いだが反論ができない。
事実私たちが育てた生徒は皆伸び悩んでいる。 

「セトモモカちゃんって覚えてる?」
ああ。マシバ先生が監督を辞めた時に1年生だった子だ。
「はい」とだけ答えるとサクマさんは
「モモカちゃんね。今もウチのお客様なのよ。だけどもったいなかったわねぇ。1年生から試合に出てたのに、マシバ監督が辞めてからやる気なくなっちゃってバレー辞めたんだもの」
そうだった。彼女はすごい才能があったのに「楽しいバレーなんて本当は楽しくない」ってバレー部を辞めちゃったんだっけ。

「まあ、監督やってたヒロミさんもだけど、マシバ先生がいなくなっても残ってたあなたも反省が必要よね」

サクマさんはそう言うと私にカットクロスを着せた。
その後はお互いに何も喋らず、断髪の準備が進んでいく。
散髪の道具が載せられたワゴンが近くに運ばれてきて、そこからコームで髪を丁寧に梳かす。
肩の下10センチくらいまで伸ばした髪。前髪は今流行りのシースルーバングにしている。
もしこの髪を切っちゃたらどうなるんだろう。
大人になってからショートボブにもしたことがないからとにかく不安だ。

サクマさんが「最初はドライな状態でカットしていくわね」と言ってワゴンの上から赤いバリカンを取り上げた。

何もオーダーをしてないのに。悪い予感がした。

「どうするつもりですか?」
私は少し語気を強めて彼女に聞いたけど彼女は答えない。バリカンの刃をカチカチと調整しながら
「あら。髪を切って反省するんでしょ?ヒロミさんと同じようにしてあげるわよ」
サクマさんはそう言うとバリカンのスイッチを入れて、私の首筋の髪を掻き上げながら右耳の後ろあたりから髪を刈り始めた。

ザザザザザザ…
バリカンは予想に反して頭の皮膚に張り付くように一気に頭のてっぺんまで進んだ。

バサバサっと肩越しにたくさん髪が落ちていったのを感じる。

(えぇ…)
呆然としている間にもうひと刈り、ふた刈りとバリカンが首筋から頭の上に駆け上がった。

「何するんですか!」我にかえって後ろを振り向いてサクマさんを怒鳴りつけた。
「こんなことして許されると思いますか!」続けざまに怒りをぶつける私。

だけどサクマさんは私を見下ろすように見つめてこう言った。

「だってあなた髪を切って反省するんでしょ?」
そう言うとワゴンから大きな鏡を取り出して後ろ頭を映す。

「何よこれーー」

鏡に映っているのは半分だけ頭のてっぺんまで短く刈り上げられた後ろ頭。
他の部分は無事なのに、そこだけ白い首筋と丸い頭が顔をのぞかせている。

「もうここまでやっちゃったから諦めなさい。大丈夫よ。デートもできるように素敵なバズカットにはしてあげるから」
彼女はそう言うとバリカンのスイッチを再びONにしてシースルーバングの前髪を真ん中から刈りとった。

「いやーーー」
悲鳴をあげても遅かった。
うつむきがちだった私の目の前に髪がボトボトと落ちていくと真ん中の前髪がなくなっておでこが露出し、頭の真ん中に坊主の部分が溝のように出来上がった。

あまりにも強い衝撃で一気に涙がドバーっと溢れてきた。
サクマさんは淡々と手を止めずに私の頭の上の髪を刈り続けていく。
バサバサと音を立てて落ちていく髪の毛…。
だけど一体どうなってるのか涙で鏡がよく見えない。

カットクロスの上に長い髪がどんどん落ちてきて膝の上に溜まってくる。
その髪を手で拾って触るけど、これが私の髪だったって信じたくない。

頭頂部の髪だけが刈られて、両サイドに髪が残った私の風貌は長い耳を垂らしたイヌのようだ。
サクマさんはそこから右サイドの髪を持ち上げながらもみあげからこめかみあたりの髪をザーっと刈り落として手に持っていた刈り落としたばかりの髪を「はい」と手の上に置いた。

そんなこと誰も頼んでいない。悪夢のような現実をしっかり受け止めなさいと言わんばかりの行為に私の心はへし折れる。
それからサクマさんは刈り落とした髪を私の膝の上にどんどん載せていく。

もうやめて。わかってるの。ここまできたら全部髪がなくなるってこと。
頭の周りから髪がなくなって、恥ずかしくてたまらないの。

声には出したくないけど目で必死で訴える。
だけどサクマさんは妖しく笑いながら刈り落とした髪を私の膝に置いていく。

膝の上の髪が山のように盛り上がっていく。それを見るのが辛くなって私は膝の上の髪を掴んで床に投げ捨てた。

私の頭は長めの坊主にされてしまった。
サクマさんは何度も私の頭の上にバリカンをあてつづけていく。

ザリザリ… ザリザリ…

ここまで短くされてもなお、私の髪はまだバリカンの刃によって短く刈られていく。
時間にしては数分のことのはずなのに、私にとってはすごく長い時間に感じる。

カチッとようやくバリカンのスイッチが切られて、細くて長い指でゴシゴシと少し激し目に頭を擦られる。
初めての感覚…。屈辱的だけどなんだか少し気持ちいい。

サクマさんはそこから私の髪をハサミでチョキチョキとさらに時間をかけて切っていく。
ハサミが通るたびに高校球児のようなダサい坊主頭がおしゃれな感じに変わっていく。
髪が切られるというのはマイナスの作業なのに。
女性にとってこれ以上短く髪を切られることはマイナスでしかないはずなのに。
不思議なんだけど短く切られるほどプラスの方向に私は変身していく。

頭の周りで響くハサミの音が、頭皮にあたる櫛や指先の感覚にだんだん酔いしれていく私…。
今まで受けたことのないくらいの強制的な断髪の屈辱から解放されて、安堵とともに不思議な気持ちよさで頭の中がわけわからなくなっている。

そこにサクマさんが耳元で「ねえ。あなたちょっと気持ちいいんでしょ?」と言ってきた。
私は否定するように首を横に振ったけど、彼女は「カットが終わったら特別にマッサージをしてあげるわ」と言ってきた。マッサージってどうなるんだろう私。

カットが終了した。
クロスを外された私の姿は見事に激変している。
全体的に1センチほどに刈り込まれたバズカット。
長年頭の上や顔の周りにあった髪がなくなって、ひと回り頭が小さくなった感じだ。
生え際が少し後退して広めの丸いおでこが隠す方法もなくて恥ずかしい。
だけどこの姿…。いい。すごく私に似合っている。
勝手にこんなに髪を短くされたのに文句が言えないくらいにカットは完璧だ。

「あなた。今の2年生が卒業するまでは責任とってそのままでいなさいよ。」
サクマさんが後ろから私に言ってきた。
私は髪がなくなってザラザラした感触になった後ろ頭を撫でながら「はい」とだけ呟いた。

シャンプー台に移って、不思議な香りのアロマを嗅ぎながら、頭皮のマッサージを受けた。頭皮に絡みつく指先がすごく気持ちよかった。
もう二度とこの店には来たくなかったのに、こんなに気持ちいいならまた来たいとさえ思ってしまう。

再びカット椅子に座り髪とメイクを直してもらいすべてが終わった。
サクマさんが私の髪をモップホウキで掃き集めていく。
ヒロミ先輩の茶色の髪の塊の横に私の真っ黒な髪の塊が並んだ。

明日はきっとみんなびっくりするだろうな。
お店を出ると無防備になった頭の周りに冬の風が吹きつけた。
寒い。マフラーで必死に耳を隠すけど、頭の上は隠せない。
私は駅まで駆け足で向かった。

⭐︎新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
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 次回は1月26日の満月前後に更新します。
 これからしばらくは月1回程度の更新なります。


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