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断髪小説 復讐(前半)

洗面所で服を脱いで 腰に届くほど伸ばした髪を丁寧にブラッシングした。
大事に伸ばした自慢の髪をみんなは羨んでいた。
ここまで長い髪は暑苦しいし、手間がかかるし、重たいしでいいことばかりではない。
せめて胸のあたりくらいの長さまで短くしたいといつも思っていた。

だけど私の長い髪をこのうえなく愛でていた夫は許してくれなかった。
ベッドで戯れる時、夫は髪や頭皮に鼻を押し付けて匂いを嗅いだり、髪をいじり回して昂ぶっていた。
私が髪を切りたいって言っても「絶対にダメだ」と言われ続けた日々。私は彼を愛するが故に従順に言いつけを守り、このスーパーロングヘアを維持していた。

それなのに夫は浮気をして私を裏切った。

不倫相手はサラという夫と同じ会社で働いている若い女。
サラもまた腰まで届く美しい髪を蓄えている。
私より10歳近く若いサラの髪は、念入りにケアなどしなくても充分艶やかだ。

私は夫もサラも許すことができなかった。
浮気がバレてすぐ夫は許しを乞うてきたが、即刻家から追い出して会社の社長にも浮気のことをバラしてやった。その結果、夫もサラも花形の部署を外された。

もちろんこれで済ませるつもりはない。
正式に離婚が成立したら2人から相応の慰謝料をもらって、今のマンションから引っ越して家具も全部新しくするつもり。
とにかく夫との関係も思い出も全部リセットをしたいのだ。

そんな思いの中でこれからやることは…。

断髪だ

今、洗面所の鏡の前で裸で立つ私の右手には、昨日家電量販店から届いた黒いバリカンがある。
昨日の夜からずっと充電していたからバッテリーは満タンだ。
バリカンのダイヤルをカチャカチャと回し、目盛りの数字を「1」に合わせた。
これで刈ってしまえば、私の髪は1mmになってしまう。

1メートル近くある髪を1mmに剃り上げる。
つまりこれから私は一気に99.9%近い髪を捨ててしまうのだ。

意を決してバリカンのスイッチを入れた。

ブーーーーン
無機質なモーター音と細かい振動が手のひらに伝わってきた。

(うわっ)

初めての感覚にびっくりして、思わずバリカンのスイッチを切ってしまった。

(本当にやっちゃって大丈夫かしら…)

やっぱり髪を剃り落とすのは怖い。ここに来て髪を捨てる決意が鈍った。

あんな奴らのために大事にしてきたこの髪を捨てていいのか?
おそらくもう二度とここまで髪を綺麗に伸ばすことはできないだろう。
色んな思いが頭の中を駆け巡る。

バリカンを一旦洗面台に置いて、鏡の前で髪を触る。
背中に垂らしていた髪を前に持って来て優しく撫でた後、髪を持ち上げて顔に押し付けて思い切り匂いを嗅いだ。

自然由来の無香料のシャンプーをいつも使っている髪には私の体臭と汗の匂いが深く染み込んでいる。

私は普段2日に一度しか頭を洗わなかった。
髪を健康に保つためでもあったが、これも夫のためだった。
夫は髪を洗わない日の髪と頭皮の臭いが好きだった。いつも私が頭を洗っていない夜に彼は求めてきた。

私も不安な時は髪を鼻に持っていって思い切り深呼吸するように匂いを嗅いで気分を落ち着けていた。ちょっとした依存だ。
この癖も今日でできなくなる。だってもう髪がなくなるんだから。
髪を捨てるのは、彼との関係をリセットするだけでなく、髪に依存してきた自分自身を変える意味もあるのかもしれないと思った。

(やっぱり私のためにもリセットしよう)

もう一度、ブラシで髪を整えた。
センターで長い髪を分け、後ろの髪を背中から全部前に垂らすように胸の方に持ってくると髪で乳房が隠れてしまった。

(もうこのブラシもいらないわ)

夫からのプレゼントだったブラシを勢いよくゴミ箱に投げ込んで、再びバリカンのスイッチを入れた。

ブーーーーン 

数分の短い眠りから覚めたバリカンを頭に近づけながら、最初にあてる位置を確認する。昨日見た動画のように、額のど真ん中から分け目に沿って剃り上げたい。
ここを短くしてしまえばもう後戻りはできない。覚悟を決めるためだ。

モーターの音が近くに聞こえる。
胸がドキドキする。

(私はこれからどうなるんだろう)

その時、ほんの少しだけ刃が生え際の近くにくっついた。

「チリチリチリ…」

産毛が刈り落とされた音がして、パラパラと髪が数本落ちてきた。

(ひゃっ)

またびっくりしてバリカンを額から離してしまった。
無意識にバリカンのスイッチに指がかかろうとしたところで、ハッと思い直した。
ここでスイッチを切っちゃうともう髪が切れなくなってしまうかもしれない。

(もう。いつまで一人でウダウダやってるのよ)

思わず自問自答をしてしまう。
いつまでも迷っていたくない。

三度目の正直。
スイッチを付けっぱなしのバリカンをもう一度さっきの位置にくっつけて鏡を見た。

「よし。いくわよ」

鏡に映る自分に語りかけて私はバリカンを額から頭の上にゆっくりと潜り込ませた。

次の瞬間
ジャジャジャジャジャジャ。。。。 頭の上で聞いたこともない大きな音がした。

一瞬手を止めそうになったけど、グッと堪えてさらに上へとバリカンを押し上げる。

ジャジャジャジャジャジャ。。。。ジャジャジャジャジャジャ。。。。

動かしていくたびにたびに頭の上から大きな音がする。
長い髪がポトポト目の前に落ちてくる。

(やっちゃったなぁ)

ともかく、つむじがあるくらいまでバリカンを進めていく。

手で隠れていた額のあたりが見えてきた。

「あっ…やっぱり髪がなくなっている。」

たまらずバリカンを頭から離して、スイッチを切って最初の変化を確かめてみる。

頭の真ん中に数センチの幅で白い地肌の道が額から真っ直ぐ作られた。

「うわぁ…」とため息みたいな声が口をついた。
さっき目の前に落ちていった髪は刈り落としたほんの一部。
数秒前まで私の頭にくっついていた髪は、未練がましく頭の上にくっついて床に落ちることを拒んでいる。
白い刈り跡を確認するように、絡んだ髪を手ですくいとると長い髪が細い束になるくらい集まった。


1メートルくらいある長い髪を洗面台に置いて、またバリカンを額から頭頂部に向けてすすめていく。

ジャジャジャジャジャジャ。。。。ジャジャジャジャジャジャ。。。。

もう私は頭の上で響く大きな音に驚かない。
淡々とバリカンを動かして、青白い頭皮の見える面積を増やしていく。
そう。手を止めることはできない。ここから私は1mmの坊主頭になるしかないのだ。
床に落ちることを拒むように絡んで落ちてこなかった髪も、頭の中心から離れてくると刈り落とした瞬間にバサバサと落ちていく。
あっという間に足元には髪の毛が積もっていく。

だんだん長い髪を自分で刈り落とす作業に興奮し、快楽を覚えてくる。
まるで映画の主人公みたいだ。
肘や肩にまとわりつく髪を左手で払い落としながら、勇敢にバリカンを動かし続ける自分の仕草に少し酔いしれている。

こんなに長い髪をいきなり剃り落とすのは難しい。
毛量も多いのでバリカンを一度入れただけではキレイに剃り上がらないのが少しもどかしい。剃り残しがないよう同じところに何度も額から頭頂部にバリカンを当てていく。

そして…
「アハハッ。落ち武者みたいな頭になっちゃった」

頭頂部の髪を全部刈り落としてやった。
サイドの髪はまだ乳房を隠すほど残っている自分の姿は、はっきりいって異様だ。

今まで生きていて、まさか自分がこんな姿になるなんて想像もしなかった。
少し手を止めて、剃り上げた頭の少しザラザラした初めての感触と、まだ髪が残っている後ろ頭の最後の感触を交互に触ってみた。人には見せられない奇妙な姿とすごく不思議な感触に興奮が止まらない。
我慢できなくなって私はしばらくしゃがみ込みながら一人で昂ってしまった。

気をとりなおして、もみあげからこめかみに向けてサイドの髪を刈り上げていく。
バサバサと垂直に髪が落ちて両耳があっという間に丸出しになり、乳房を隠す髪も少なくなった。

最後は後ろ頭の髪を刈らなければならない。
しゃがみながら下向きになり、髪を持ち上げながらうなじから何度も何度もバリカンをつむじに向けて滑らせていく。

ジャジャジャジャジャジャ。。。。ジャジャジャジャジャジャ。。。。

床に刈り落とされた髪が目の前の床にどんどん溜まっていく。だけど何回繰り返しても長い髪が頭からなくならない。
私の髪ってこんなに多かったんだ。時々頭を上げて頭にくっついている髪を払い落としながら髪を刈り上げていく。
首筋や耳の周りのチョロチョロとした髪もようやく刈り落とし、頭から長い髪がある感覚がなくなった。

仕上がりを確認するために立ち上がり鏡を見る。そこに映った私は体中にゴミのように散らかった髪をくっつけた惨めな姿だ。トラ刈り頭だしで美しさも感じない。

すっきりするために坊主にしたのに、これじゃ全然だ。
もう一度バリカンを使って何度も頭中を刈り上げたが、うまくいっていない気がする。

疲れたので刈り落とした髪を散らかしたままバスルームに入り、シャワーを浴びた。
体中にくっついたいた髪は流れ落ちていき、あっという間に排水口を堰き止めた。

お気に入りのシャンプーで早速頭を洗おうとした。

でも…

すぐにいつもと全く違う指ざわりに戸惑ってしまう。
正直どうこの坊主頭をどう洗っていいのかわからない。
なんの抵抗もないスベスベした頭皮。
ただ頭をなぞるように手のひらを滑らせるしかない。

髪を失った実感がここで一気に押し寄せ、急に涙が出てきた。
なんてことしちゃったんだろうって後悔の気持ちも出てきた。
だけどやっちゃったことは取り消せない。
バスタブにぬるめのお湯を溜めて、気持ちが落ち着くまで浸かるしかなかった。

バスルームから出て、もう一度自分の姿を確認する。
やっぱりキレイに頭が刈れていないなぁ…。

行きつけの美容室に行って、トラ刈りの頭をキレイに仕上げてもらうことにすることに決めた。
この頭で外に出るのは恥ずかしいから、髪を切ったらどんな感じになるのか知りたくて買った、ショートボブのウィッグを被り「サクマ美容室」に急ぐ。
外の気温は30℃をゆうに超えている。
ウィッグの下の頭皮からすぐに汗が出てきた。
ウィッグって自分の髪よりも蒸れるんだなぁって思いながら歩いて美容室に向かう。

美容室に着くとすぐにサクマさんの前でウィッグを外した。
クーラーの風が頭全体にあたって涼しい。
サクマさんはいつも私に「ばっさり髪を切りましょうよ」と言っていた。
私の坊主頭を見ても全く驚かず、どこか嬉しそうに「その頭どうしたの?」と聞いてきた。

私は思わず、彼女にこれまでのことを全部話してしまった。
するとサクマさんは「そう。かわいそうだったわね。私あなたの力になりたいわ。」と言い寄り、ある復讐の方法を耳打ちされた。

「それいいかも…」

私も思わずほくそ笑んだ。
そうだわ。サラにも相応の報いを受けてもらおう。
私はサクマさんの提案を喜んで受け入れた。
その後私は電気シェーバーでツルツルのスキンヘッドにしてもらった。
サクマさんが「どうせなら眉も全部剃っちゃおう」と言ってきたからその誘いに乗り。髪も眉もない姿へと変貌した。まるでマネキン人形のようだ。
ヘッドスパで頭皮をクレンジングしてもらい、すべてをゼロにリセットできた気分になった。

よし。あとはサラへの復讐だ。復讐は3日後の夜にこの店で決行することにした。

(後半に続く…)

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