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断髪小説 断髪の連鎖(中編)


3)テスト休み
大会の翌日ミラがとんでもなく短い髪型で登校してきた。
昨日引退したばかりの3年生も心配して休み時間にミラを訪れるほどだ。

「昨日の大会で負けたのはミラのせいじゃないから」と、前キャプテンのカナがやってきてミラに頭を下げた。
ミネ先生は昼休みにミラを呼び出して、「昨日のことは責任を感じないでほしい」と話をした。

ミラは「いや。誤解です。髪を切ったのは私の気持ちをスッキリさせるためです。本当に心配しないでください」と何回も弁解した。
だけど弁解すればするほど「ミラはああ言っているが、絶対責任を感じている」という雰囲気に周囲はなっていった。
ミラは普段、髪型や身なりにかなり気を使っている。そして人一倍プライドが高くて、自分を貫くタイプ。
今回の一件は他者からみると「おしゃれでプライドが高いミラが髪を切るなんて余程追い詰められたんじゃないか」と解釈された。

黒女では月曜日から中間テストが始まり木曜日まで部活動は全面中止になっていた。
これがとんでもない事態を起こすことになる。

次の日、駅伝部の副キャプテンのタカコと2年生のアイが髪を切って登校した。
2人ともトップの長さはミラほど短くしていないが、耳の周りとうなじの部分はむしろミラよりも短く、青々と刈り上げてきた。
全く見当違いだが「ミラだけが髪を切るのはかわいそうだから私たちも…」という気持ちからだった。
断髪はさらに飛び火した。
水曜日になると残りの2年生全員と1年生7人のうち5人が示し合わせてバッサリと髪を切ってきた。
全員が耳だしの刈り上げベリーショート。1年生は2年生よりも短くすると決めていたのか、トップの髪の部分も分け目ができないくらい短く切ってきて、ミラと同じくらいの子もいる。
テスト期間で部活動がないことを利用して、放課後に髪を切りにいくから、まさかのペースで断髪が連鎖した。

木曜日には残りの2人の部員のうち1人のマリカが髪を切ってきた。
金曜日から部活動が再開する。ここまで駅伝部員13人のうち12人が髪を切り、残るは1年生のカレン1人になってしまった。

4)カレンの孤立
カレンはアメリカ人の父を持つ女の子だ。
茶色がかってクルクルとカールした髪は可愛いねと言われるけど癖っ毛を整えるのは面倒に感じていて、学校にいく時はいつも三つ編みにしている。

月曜日にミラ先輩がバッサリ髪を切り駅伝部のみんなは心配をしていたけど、カレンは全く心配しなかった。
火曜日にはタカコとアイが髪を切ったと聞いた時はバカバカしいと思っていた。
もちろんそんなことしなくていいのになんてこと言えない。

だけど昼休みになって1年生のグループLINEには

「先輩たちが髪切ったんだから、私たちも切ろうよ」
「耳だしの刈り上げがマストかな」
「みんなどうする」
「えーどうしよう。こわい」…

と断髪を呼び掛けるトークが飛び交った。マリカだけは「私、髪切りたくないよー」と書いていたけど、カレンは面倒くさいことに巻き込まれないために既読スルーを決め込んだ。

すると夕方から夜にかけて、グループLINEでは
「髪切ってきた」
「私美容室空いてないから床屋で切った」
「見て似合う?」
「頭がめちゃくちゃ軽くなった」
「やっちまった…最悪…学校行きたくない」…

など、断髪を決行した部員たちから悲喜こもごものトークと画像が続々と送られてきた。

「そんなことない。似合うよー」
「シャンプーめちゃ楽」
「いやこの頭、夜寒いんだけど」
「可愛い服が似合わんな。当分ジャージ生活するわ」

夜中まで断髪後のトークが飛び交っていた。

水曜日、髪を切っていないのはカレンとマリカだけになっていた。
カレンはテストの見回りで来ていたミネ先生に「みんな髪を切ってるんですけど、髪を切らなきゃダメですか?」と聞いた。
ミネ先生は「誰もそんなこと強制してません。別に切らなくてもいいです」と即座に答えた。
「だって、髪を切ってないの先生入れて3人だけですよ。本当に大丈夫かな?」
ミネ先生は「なんで私までみんなの中に入っているの」って感じでびっくりしていたけど「大丈夫よ。私も髪切る予定ないし」と苦笑いしながら答えた。

木曜日、マリカまで髪を切ってきた。他の1年生と違ってキノコのような刈り上げ頭だ。自慢の髪をザクザクと切りたくはなかったのだろう。トップの髪は耳の上で揃えて大事に残し、そのかわりに耳の上から下を白くなるくらい刈り上げている。
彼女は黒くて真っ直ぐな髪をとても大事にしていた。走る時は後ろで一つに束ねていたが、普段は大人の女性みたいに結ばずセンターで分けていた。
マリカは垂れてくる髪をいつも耳の上に引っ掛けるようにしていたけど、もう髪はない。癖になっているのかマリカはテスト中に何度も無意識に刈り上げた耳のあたりを指で撫でていた。

髪を切っていないのはいよいよカレンだけ。
マリカが休み時間に「私も髪を切ったから長いのカレンだけだよー。その三つ編みをバッサリいっちゃいな」とカレンに迫った。
(目が笑ってない)
他人の顔色を伺うことに慣れているカレンはマリカの心を即座に読み取った。カレンだけ髪を切らないのはズルいと言っている。
やっぱり髪切らなきゃいけないな。ついにカレンも同調圧力に屈することとなった。

5)セルフバリカン
家に戻ると制服を脱いで半裸になった。
今は一人だからどんな格好をしていても怒られない。
洗面所に行き、上の戸棚を開けると散髪セットが置いてある。
水色のケープ・散髪バサミ各種・櫛・バリカン…。
パパの髪をカットするための道具だ。
美容室に行って髪を切るのは面倒くさいし、どうせなら自分で髪を切ってみたい。
万が一失敗してもママに頼めばどうにかしてくれるだろう。
散髪セットが入ったカゴを床に置き、ヘアキャッチのついた水色のケープを首につけるとムッとする激臭がした。パパの汗の臭いだ。
我慢して洗面所の鏡を見ながらハサミを手に取り後ろの三つ編みを左手で持ち上げ、首の付け根あたりに刃を当てながら、ハサミを閉じた。

ザクッ、ザクッ

髪を切った手ごたえがあり、指先にはちぎれた髪の毛先がチクチク当たる感触がするけど、編んだ髪は一気には切れない。
三つ編みを少し引っ張りながら、さらにジョキリジョキリと切っていく。
使い慣れていないこともあるが、ホームセンターで買った古いハサミの切れ味は悪い。

あーなかなか切れないよー。

気持ち良く髪とお別れしたかったのに、そうはいかなかった。
ザクザクハサミを動かすうちに、ようやくプツンと髪が私の身体から離れた。

頭の後ろに存在していた20センチくらいの薄茶色の三つ編みが目の前にある。
髪の根本あたりは不揃いに切られて、ほどけ始めている。
カレンは根本部分が解けないようにゴムで縛って洗面台に置いた。
今の髪型は肩上のボブのようになっているけど、これからが本番だ。
今度はこめかみあたりの髪を手でつまみながら持ち上げて、根本近くにハサミを当ててジョキリジョキリと切った。

(うわっ気持ちいいー)

さっきと違って、ザクザク切れて爽快だ。
調子に乗ってどんどん髪を上に持ち上げながら切って、ゴミ袋に捨てていく。
すぐにビニール袋には茶色の髪が溜まっていく。
後ろの方はうまく切れているかわからないけど適当にザクザク切っていく。
私の頭は鳥のヒナのようになった。

ここでカレンはハサミを置いた。
ケープのヘアポケットにたくさん溜まっている短い髪をこぼさないように気をつけながら、しゃがむと白いバリカンを手に取って充電状況を確かめるためにスイッチを入れた。

カチッ。ブーン…

バリカンは眠りから覚めて元気に震え始める。一瞬ドキッとしたけど、小さくてたくさんの刃が震えるように動いているのを見て面白いと思った。
あたり前だけどバリカンなんて使ったことはない。だけどいつもママがパパの散髪でバリカンを使う様子を見ていたし、帰りのバスの中で、外国人の女性が自分の頭をバリカンで刈る動画を見ている。

カレンは密かにバリカンで自分の頭を刈り上げる「セルフ坊主」というものを一度やってみたいと思っていた。今日マリカに髪を切れと言われて腹も立ったが、背中を押してくれたという意味ではありがたかった。
(短いのは嫌だし、とりあえず15ミリくらいでやるかな。)

パパのサイドの髪はいつも3ミリで刈り上げられているから、バリカンの目盛りは3にセットされている。目盛りを15に合わせてスイッチを入れ直して短くなっている右のもみあげあたりから一気にバリカンを入れた。
バチバチバチ…というような髪を切るすごい音が耳のすぐ近くですると、バリカンが通ったところだけ髪が少し凹んだように短くなり、刈り落とされた髪がたくさんケープの上に落ちて溜まった。

「おーすごい」
調子に乗ってどんどん頭にバリカンをあてて、髪を短く刈っていく。
楽しいけれど15ミリは想像以上に短くて、ちょっと不安になりながら頭全体をグルグルと刈っていく。
セルフカットって簡単そうに見えたが難しい。何回やっても後ろの方がうまく刈れてない気がする。
そして細くて短い髪はペチャっと寝た感じで頭に残っていく。
外国人モデルのようなおしゃれなバズカットの仕上がりを期待していたけど、意に反して、伸びかけのだらしない坊主頭みたいな仕上がりだ。

仕方ない。ママが帰ってきたら整えてもらうか…。
あきらめて首からケープをほどいて、ママに怒られないように床にたくさん散らばっている髪を掃除機で吸って、シャワーを浴びた。

夕方、カレンを見るなりママは悲鳴をあげた。
何やってんのと怒ったけど、「切っちゃったものは仕方ないけどきれいに整えなさい」と私の頭をきれいに仕上げてくれた。
ただ、ママがカットしても結局モデルのようなバズカットにはならず、いたずら小僧のような坊主頭にしかならなかった。

6) 最後の矛先
金曜日
「カレンが坊主頭になった」と教室は大騒ぎだ。
「坊主じゃない。バズカット!」言い直してもみんなは改めない。そう言われても仕方ない仕上がりだ。
朝から何人に頭をジョリジョリと撫でられただろう。しばらくカレンの頭はみんなのおもちゃになるだろう。

部活動が再開された。駅伝部が髪を短く切ってきたことは既に学校中の話題になっていたが、全員揃ってグランドを走る姿はさらに脚光を集めていた。
夕方、ミネ先生が生徒を集めてミーティングを始めた。

「全員髪を切って新しい出発なのね。頑張りましょう」

ミネ先生が生徒たちに声をかけると、マリカが「いや。全員じゃないよ。先生髪切ってないし」と冗談めかして返した。

「そうだね。先生」「先生もバッサリ切っちゃおうよ」「先生は坊主似合いそう」…好き勝手に部員たちは言ってくる。

「まあ。それは考える」ミネ先生はそう答えるしかない。

(一体感をつくるには、私も髪を切らなきゃダメなのか…)
寒々しい生徒たちの刈り上げ頭を見て、29歳の女教師(彼氏なし)も腹を括らざるをえなくなった。
〜後編へ続く〜

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