やれやれ現状!

しばらく書く気持ちが起きなかったので放置してしまった!やれやれ

相変わらず毎日思考が元気です。

妹の話も解決されていませんが一度メンタルが瀕死状態になったので母親(同居中)にSOS手紙を送信。わたし、人に物言えるじゃん!という喜びも感じつつ、ちゃんと言葉選びできる側の人間(実際は言葉選びの段階でほとんどの場合力尽きます)で良かった〜、と現状の自分もしっかり肯定してあげました。
それと、根性で退院した(恐ろしくないですか?)妹の精神病が受験のストレスのため再発しているようなので、通常運転を求めることをやめたり、ひどい言い方ですができるだけ無視みたいにしたりして、圧倒的共感力がわたしを終わった状態にすることを避ける策をとっています。避けようがないことも多いので割と終わっていますが。えぇ。

自分が楽しいことも無理になることもある程度知ってきているので、あとは楽しいことに遭遇する確率を上げることしかないだろうと思います。実際、燃料も少なくて走れば燃費が悪いことをわたしは知っているので好きなものを過剰摂取するように心がけています。
別に記事を書きたいような話ですが、大好きな漫才師オードリーの若林さんの著書を、恐らく人生で一番購買欲が高まった瞬間に手に入れて(実際はお金がなくて先延ばしになっていた)、読んでいるときも楽しかったけど、こんなに気持ちが良いお買い物ってあるんだ!と脳内の物質をビチャビチャにこぼしながら思いました。

あと、今も以前も思いつきで適当に、読んでいる人がいることを想定せずに(陳謝)書き連ねているのですが、多分読むのに向いていないし良くない!と薄々気づいていたわたしですが、母親に手紙を書いたとき、あまり感情的な言葉を書くと驚かれてしまうと察知したので、緊迫したその状態で思ったことを携帯のメモに、重複しようが強い言葉だろうが関係なしに、枯渇するまで書きました。それを後々読み返して、重複と必要ない箇所を削ってチェックマークをつけながら良さそうな順番で紙に書き連ねたら、まぁ、冷静でいて言いたいことが全て詰め込まれた結晶のようなものが出来上がっていました。こりゃぁ、良いぞ!と。だから現状の報告以外で本当に書きたいことがあったら、多分、一回メモに書いたものをまとめるのが合っているなと気づきました。

もう一つの画期的な気づきが、これもまた進展があったら別の記事で言及したいことで、最近考えが辛くなったり刺激に疲れた時に「何も感じたくない」と思っていて、その時も耳を塞いで目を閉じてゆらゆら寝転んでいたのですが、ふと、今までの人生で死にたいと思っていた時、実は「何も感じたくない」だけだったのでは?と閃きました。もう世界の賢い人や気づきの早い人達は知っていることなのかもしれませんが、自分の気分を正しい言葉で外に出せた感覚が信じられないくらい腑に落ちて、日々の思考の喧騒も進化しているのかなと明るい気持ちになれました。それだけというか、これ以上でも以下でもないです。

また気が向いたら書きます。

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