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創刊号試し読みー「火」ジロウ

1月14日文学フリマ京都で販売します「第九会議室 創刊号」の、掲載作品の試し読みコーナーです。

ジロウ 著者紹介

X(旧Twitter):@sabu87714

「火」本文抜粋

 すると、遠くで彼女は手を振る。彼にはその松明の明るさだけがわかる。そしてその灯りも霧で見えなくなる。
 一人になると、彼は火の側に腰を降ろし、見守りながらたまに残りの薪を放る。いつも活動的に動き回る彼にとっては面白味が欠けてしまう。しばらく彼は彼女が向かうはずである遠い景色を眺める。それから伸びをして立ち上がり、周辺を旋回するように歩く。コーヒーを何杯も飲む。火の世話があるから暇にはならないが、時間が丸棒で引き延ばされたみたいに長く感じる。ふいに彼はごつごつとした大きな手を火に見せつけるように照らす。それはこれまで様々な薪を掴んだ自慢の手だ。それなりに大きな倒木だって運んだことがある。でも、彼が今よりも若かりし頃は、もっと違うことでこの手が役立つ方法を探していた。彼はそれを思い出し、緩やかなため息をつく。ひとつひとつ指にできた堅い瘤を数える。その途中、ふと、親指と人差し指の間に見慣れない足跡が目に入る。彼女にしては大きすぎて、彼にしては少し小さなサイズだ。彼は首を傾げる。だけどそれだけだ。それより彼はまた火を大きくしようと薪を焼べる。そうしながらーこういうことには聡いのかー湿気のせいで火が小さくなっていることに気づく。枝葉も昨日より随分と水分を含んでしまい、昨夜のように火も大きくなりそうにない。彼は薪を拾うことに心得はあっても、火を保つ知識はそう多くない。彼女だったら薪を乾燥させる方法を知っているだろうな、と彼は思う。だからこそ昨夜は彼女の提案に反対したのだ。彼は何度もそう考える。

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