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【論文】楼英与『医学綱目』(1986年)

1.生平

【原文】
楼英(1332-1400)、字全善、一字公爽、又号全斉、蕭山楼塔村人。
父楼泳、善文、蔵書万巻、因得以博覧群書。
青年時期好談『周易』、後又深研『内経』及前賢名著、并懸壺看病。

【単語】
・父(fu)…父、男子につける尊称
・文(wen)…文字、文章、礼節、礼儀
・蔵書(cangshu)…書籍を所蔵する、所蔵する書物
・得以(deyi)…(~によって)~することができる
・博覧(bolan)…広く読みあさる
・群書(qunshu)…多くの本、群書 ・懸壺…薬売り

【訳】
楼英(1332-1400)は、字を全善、公爽と称し、また全齋と号した、蕭山楼塔村の人である。

父の楼泳は文章を書くのが巧みで、多くの書藉を所蔵しており、これにより多くの本を読む事が出来た。

青年時期にはよく『周易』のことを話し、後にまた『内経』および前賢の名著を深く研究しながら、開業し患者をみていた。


【原文】
明洪武時、経人推薦至南京治病、以療効顕著聞名、
明太祖擬留任大医院医官、他以年邁而告辞。

【単語】
・経人(jing)…経る、~を通じて
・療効(liaoxiao)…治療効果、治療の効き目
・顕著(xianzhe)…(ある状況が)はっきりする、目立つ
・聞名(wenming)…評判を耳にする、名高い、有名な、著名な
・擬(ni)…~するつもりである、しようとする、もくろむ、計画する、なぞらえる
・留任(liuren)…留任する
・年邁(nianmai)…年老いた、高齢の
・告辞(gaoci)…いとまごいする

【訳】
明の洪武の時代、人づてに推薦されて、南京にて治病にあたり、その治療成績がとてもよく有名となり、明の太祖(朱元璋)は引き留めて太医院医官に就任させようとしたようだが、彼は年をとっていたために暇乞いした。


2.『医学綱目』の編纂

【原文】
在長期的研究和実践中、楼英鑑干医学書籍分類的欠当、
歴30年、総結了明以前的医学経験、按人体内臓分類法、
著『医学綱目』、『内経運気類註』及『仙岩文集』等、
而尤以『医学綱目』40巻影響最大。

【単語】
・鑑于(jianyu)…~かんがみて、~の見地から、~の点から考えて、他と比べて考える、先例を照らして考える
・欠当()…当を欠く ・歴(li)…経る、経過する、次々と
・総結(zongjie)…総括する、まとめる、締めくくる
・按(an)…~にもとづいて
・尤(you)…飛び抜けたもの、優れたもの
・影響(yingxiang)…影響力、作用する、左右する

【訳】
長期に渡る研究と実践の中で、楼英は医学書藉の分類が妥当性を欠くことを鑑みて、30年をかけて、明以前の医学経験をまとめて、人体の内臓によって分類し、『医学綱目』、『内経運気類注』及び『仙岩文集』等を著したが、中でも『医学綱目』40巻の影響は最も大きかった。


【原文】
書成後、曾被輾転伝抄、視為学医必修課。
明嘉靖44年(1565) 付梓問世後、被誉為“叙述最有条理的医学類書”。

【単語】
・曾(ceng)…かつて、前に、むかし
・輾転(zhanzhuan)…転々とする、次々と人の手に渡る
・伝抄(chuanchao)…次から次へと描写を重ねる、転写を重ねる
・必修課(bixiuke)…必修科目 ・付梓(fuzi)…上梓する、出版する
・被誉()… ・叙述(xushu)…事の次第を述べる
・条理(tiaoli)…筋道、秩序、条理

【訳】
「医学綱目」が完成した後、次から次へと人の手に渡り転写され、医を学ぶにあたっての必修科目とみなされた。

明の嘉靖44年(1565)に…出版され世に問われてから後は、「叙述が最も秩序立っている医学の類書である」と称賛された。


【原文】
集大成 挙綱張目
『医学綱目』是金元前中医典籍一次大収集、大帰納。
上自『霊』『素』、下至丹渓、旁及筆記。

【単語】
・挙綱張目(gangjumuzhang)…ことの要を握れば全体を動かす事が出来る、または文章が要点を押さえてはっきりしていること
・一次(性)(yicixing)…一度だけ、その場の
・帰納(guina)…まとめる ・上(shang)…上古、上代
・下(xia)…下代 ・自~至(zi~zhi)…~から~まで
・旁及(pangji)…関連するものにも及ぶ
・筆記(biji)…筆記する、めもをとる、随筆、エッセイ
・次…量詞、序数詞、助数詞

【訳】
『医学綱目』は金元時代より前の中医典籍を、大いに収集しまとめたものである。

古くは『素問』『霊枢』から、下っては丹渓に至るまで、筆記(エッセイ)にまで及んでいる。


【原文】
楼氏認為、在此以前、
仲景詳外感干表裏陰陽、丹溪独内傷干血気虚実、
李垣扶護中気、河間推陳致新、
銭氏分明臓腑、戴人熟施三法、
各有所長、
因嘔心瀝血、堤綱挈領的排比穿挿。

【単語】
・認為(renwei)…~と思う、~と考える
・詳(xiang)…詳しい、詳しく述べる、はっきりしている
・独(du)…ただ一つの、ただ一人の、単独の〔独具(duju)…独自の、ユニークな〕
・熟(shu)…よく知っている、熟達した、熟練の
・施(shi)…施す
・嘔心瀝血(ouxinlixue)…血の滲むような苦労を重ねる
・堤綱挈領(tigangqieling)…問題点を要領よく簡潔に示す
・排比(paibi)…修辞法の一つ
・穿挿(chuancha)…かわるがわる行う、挿入する ・独=熟

【訳】
楼氏は、この時より以前では、張仲景は外感の表裏陰陽を詳しく説明し、朱丹渓は内傷での気血の虚実について熟知しており、李東垣は中気(胃気)を守り助け、劉河間(劉完素)は古い(陳旧)ものを押し出して、新しいものをもたらし、銭氏(銭乙・小児薬証)は臓腑を明らかにし、張戴人(張従正)は三法(汗・吐・下)に習熟して施し、各々に長所がある、と考えた。

そこで、血のにじむような努力を重ねる事によって、綱領となるもの(部門別)をあげて互いに並べたてた。


【原文】
全書分陰陽臓腑、肝胆、心小腸、脾胃、肺大腸、腎膀胱、傷寒、婦人、小児、運気等十部、
“毎部之中”、于病証、治法、方薬、各有区別、
治法皆以正門為主、支門為輔、如心痛為正門、卒心痛等則為支門、
凡門上下者、其上皆『内経』之原法、其下則為後賢之続法、
諸家之異同得失、得以触類旁通、了如指掌、
実為医学類書中之最有法度者、(見『中国医学大成総目堤要』)。

【単語】
・毎(mei)…それぞれ、~ごとに、あたり、につき、~するたびに
・于(yu)…~に、~で、~において、~に対して
・各(ge)…それぞれの、おのおの、それぞれ
・区別(qubie)…分ける、識別する、見分ける、違い、区別
・正(zheng)…主要な、主な
・支(zhi)…支える、広げる、枝の様に分かれたもの、支流
・如(ru)…~の通り、~のようだ、(例を挙げる)たとえば
・門(men)…事物の分類 ・異同(yitong)…異同、異議
・得失(deshi)…損と得、善し悪し、長短
・上下(shangxia)…上から下まで
・得以(deyi)…(~によって)~ができる
・触類旁通(chuleipangtong)…一つの事から他を類推する(易経の言葉)
・了如指掌(liaoruzhizhang)…自分の掌を指し示すように、事情をよく知っている
・最(zui)…もっとも
・有(you)…程度をしめす、大きい、多い事を示す
・法度(fadu)…法律、法令制度、行動の規範規律

【訳】
本全体を陰陽臓腑、肝胆、心小腸、脾胃、肺大腸、腎膀胱、傷寒、婦人、小児、運気の十部に分け、「それぞれの部門に対して、病証、治法、方薬と区別し、治法ではすべて正門を主とし、支門を輔とする。

たとえば心痛を正門とし、卒心痛等を支門とする。

すべて門は上下に分かれ、上はすべて『内経』の原法であり、下は後賢の続法、諸家の異同(ちがい)・得失(長所短所)を記して、一つの基本となる事から同類のものに推し広め、掌の中のものを指し示すように明らかで、実に医学類書中の最も法度(法式・スタイル)のあるものである」(見『中国医学大成総目堤要』)。


2-1.『医学綱目』の評価

【原文】
近人賈得道氏評曰、
「本書(綱目)的最大特点是、綱挙目張、秩序井然。
他把各種疾病、都按臓腑分為五部的辦法、
較『千金方』有了很大的進歩、其中除一少部分……値得商榷外、
其他絶大部分都是比較合理的。
這些都是楼氏的苦心鑽研、和具有高度概括能力的結果。」
這種評価、比較公允。

【単語】
・近人(jinren)…近年の人、自分と関係の近い人、中華民国時代の人についていう
・評(ping)…判定する、批評する、評論
・特点(tedian)…特徴、特色
・「~的+是~」(de+shi)…~のところを強調する
・綱挙目張(gangjumuzhang)…ことの要を握れば全体を動かす事が出来る、または、文章が要点を押さえてはっきりしていること
・秩序(zhixu)…秩序、順序 ・井然(jingran)…整然としている
・把(ba)…握る、つかむ ・都(dou)…みんな、すべて、いづれも
・很(hen)…とても ・除(chu)…のぞく
・値得(zhide)…金額に見合う、~する価値がある
・商榷(shangque)…協議する、検討する
・値得商榷(zhideshangque)…検討の価値がある
・外(wei)…以外、ほか ・絶大部分(juedabufen)…ほとんどすべて
・這些(zhexie)…これら ・苦心(kuxin)…苦心する、工夫する
・鑽研(zuanyan)…深く研究する、研鑽
・和(he)…~と、ならびに、および
・具有(juyou)…備える、もっている
・概括(gaikuo)…総括する、まとめる、要約する
・這(zhe)…この、それ、こちら ・種(zhomg)…種類
・評価(pingjia)…評価する
・比較(bijiao)…比較する、比較的に、割合に
・公允(gongyun)…公平で的を得ている

【訳】
近代の賈得道氏の批評では、「本書(医学綱目)の最大の特徴は、要点をはっきりと示し、順序が整然としていることである。彼は各種の疾病を、すべて臓腑によって五つに分ける方法は、
『千金方』と比べ大きく進歩し、その中の一部が……検討が必要な以外は、その他のほぼすべてが比較的に合理的である。これらはすべて楼氏が苦心し深く研究したことと、高度な要約力を備えていた結果である。」

この評価は比較的(かなり)公平で妥当である。


3.学術思想|陰陽と八綱弁証を重視

【原文】
重陰陽 着眼八綱
陰・陽・表・裏・寒・熱・虚・実八者、分部位、弁性質、審虚実、歴来視為弁証的総綱、因称為「八綱弁証」。

【単語】
・重(chong)…重視、再び、もう一度
・着眼(zhuoyan)…着目する、着眼する
・弁(bian)…見分ける、識別する
・審(shen)…詳しい、緻密だ、取り調べる、調査する
・歴来(lilai)…これまで、一貫して
・総綱(zonggang)…総則、大綱
・称(chen)…ピッタリ合う、称号、呼び名

【訳】
陰陽を重視し 八綱に着目した

陰・陽・表・裏・寒・熱・虚・実の八つは、部位を分け、性質を弁じ、虚実を審らかにし、一貫して弁証の総綱とみなされたため、「八綱弁証」と呼ばれた。


【原文】
但「八綱」一詞、究始何時?
或謂肇端干張介賓、或称始自程鐘齢、
異説紛紜、莫衷一是。

【単語】
・但(dan)…ただ、~だけ、~ばかり、~だが、じかし、でも、ところが
・一詞(yici)…一つの単語 ・何時(heshi)…いつ
・或(huo)…あるいは、つまりは
・肇端(zhaoduan)…事の起こり、発端
・異説(yishuo)…異なる、違う、他の、別の
・紛紜(fenyun)…(言論や物事が)あれこれ入り乱れている
・莫衷一是(mozhongyishi)…どれが良いと決められない、一つに決められない

【訳】
しかし、「八綱」という言葉は、いつから始まったのだろうか?
ある人は張介賓が端緒を開いたといい、ある人は程鐘齢からはじまったという。

異なる意見が入り乱れており、見解を決められないでいる。


【原文】
従『医学綱目』
関于「故診病者必先分別気血、
表裏、上下、臓腑之分、以知受病之所在、
次察所病虚実寒熱之邪以治之、務在陰陽不偏傾、臓腑不勝負、補瀉随宜、適其所病」的論点、
楼英実開八綱弁証之先河。

【単語】
・従(cong)…~より、~から、~に基づいて、これまで、かつて
・関干(guanyu)…~に関して、~について、~に関する
・故(gu)…わけ、理由、原因、だから、したがって、昔の、以前の、もとの、古くからの
・診病(zhenbing)…診察する
・務(wu)…務め、仕事、用事、きっと、ぜひ
・偏傾(pianqian)…偏り、傾く ・勝負(shengfu)…勝ち負け
・随(shi)…~について、従う、ついでに、~と同時に
・宜(yi)…適した、適当な ・適(shi)…ピタリと合う
・実(shi)…真実、誠実、事実、実際、富んでいる
・開(kai)…開ける、口火を切る、出発する
・先河(yianhe)…先に提唱する事物、先鞭をつけた「開~先河」

【訳】
『医学綱目』に従うと、「故に病を診る者は、必ず先ず気血・表裏・上下・臓腑の分を分別し、以て病を受くるの所在を知り、
次いで病む所の虚実寒熱の邪を察して、以て之を治す。務めは在陰陽偏傾せず、臓腑勝負せず、補瀉宜しきに随い、其の病む所に適(かな)うに在り」という論点について、楼英が八綱弁証に先鞭をつけたのは事実である。


【原文】
在「諸脈診病雑法」中所述浮沈遅数虚実洪細滑渋等脈象、
亦用「八綱」統率、作為診断疾病的綱領。
如「所指陰陽表裏寒熱血虚気実之病者、皆診病之大綱、
学者常須識此、勿令誤也……。
如診得脈浮、大綱主表也、沈脈、大綱主裏也……。」
余如認為風、気、熱、痛、嘔、脹、痞、喘、厥、
脈有浮象、統属表証、痛、咳、喘、満、
脈見緊象、均為寒証、等等。

【単語】
・所述(suoshu)…前記 ・用(yong)…使う、用いる
・統率(tongshuqi)…率いる、統率する
・作為(zuowei)…行い、行為、~とする、~とみなす
・綱領(gongling)…中心となる原則
・如(ru)…~の通り、~のようだ、(例を挙げる)たとえば
・所指(suozhi)…
・大綱(dagang)…大要、要綱、大綱、要旨、要項、骨子、筋書、アウトライン
・常(chang)…いつも、常に、一般の
・須(xu)…~しなければならない、~すべきである
・識(shi)…知っている、覚える、見分ける、見識、知識
・識(zhi)…覚える、記憶する、しるし
・勿(wu)…なかれ、~するな ・令(ling)…命令、~に~させる
・誤(wu)…損なう、間違える ・余(yu)…私
・均(jin)…平均した、平均する、均等な、みな、すっかり、全部

【訳】
(巻2にある)「諸脈診病雑法」で述べられている浮・沈・遅・数・虚・実・洪・細・滑・渋・等の脈象では、亦た「八綱」を用いて統率し、疾病診断の綱領としている。

例えば「指す所の陰陽・表裏・寒熱・血虚気実の病なる者は、皆な診病の大綱なり。学者、常に須らく此れを識るべし。誤らしむること勿れ……。如し、診て脈浮を得れば、大綱は表を主(つかさど)り、脈沈(を得れば)、大綱は裏を主る……。」

その他は、例えば風、気、熱、痛、嘔、脹、痞、喘、厥で、脈に浮の象があれば、まとめて表証に属すると考える。

痛、咳、喘、満で、脈に緊の象をあらわすならば、みな寒証とする、等等である。


【原文】
在内傷、外感、婦、幼、鍼灸各科的臨床治療中、亦無不以「八綱」弁証貫穿始終。
因此、筆者認為楼英是継『傷寒論』以後「八綱」弁証的又一奠基者。

【単語】
・無不(wubu)…例外なく、すべて ・貫穿(guanchuan)…一貫する
・始終(shizhong)…始めから終わりまでの間、ずっと
・因此(yinchi)…だから、そのために、これによって
・筆者(bizhe)…筆者、著者、引用者の自称
・継(ji)…継ぐ、受け継ぐ、続いて、「継……之後=~の後に続く、~の後を受けて」
・奠基(dianji)…基礎を定める

【訳】
内傷・外感・婦・幼・鍼灸の各科の臨床治療においても、例外なく「八綱」弁証で始終一貫している。

これにより、楼英は『傷寒論』の後の「八綱」弁証をついで、基礎を定めた人の一人である、と筆者は考える。


4.学問は疑問を貴び 以前の謬りを証明

【原文】
学貴疑 敢証前謬
楼英読書、主張濯旧見、求新意、大胆質疑弁惑。
如滑寿『十四経発揮』注
「経脈為曲、絡脈為直」、「経為栄気、絡為衛気」一節、
説它是「惑乱来学」。

【単語】
・学(xue)…学ぶ、見習う、学習する、学問
・貴(gui)…身分が高い、貴い ・疑(yi)…疑う、疑問
・敢(gan)…あえて~する、思い切って~する、~する勇気がある、確診をもって、きっぱりと
・証(zheng)…証明する、証拠 ・主張(zhuzhang)…主張、考え
・濯(zhuo)…洗う ・旧見(jinjian)…古い考え、時代遅れの見方
・求(qiu)…手に入れようとする、求める
・新意(xinyi)…新たな考え、新しい考え ・大胆(dadan)…大胆だ
・質疑(zhiyi)…疑問を出す
・弁惑(bianhuo)…問題を分析し、疑問をとく
・説(shuo)…意味する、指す、しかる ・它(ta)…それ、あれ
・惑乱(huoluan)…惑わす
・来(lai)…何かをやろうとする積極的な気持ち

【訳】
学問は疑問を貴び あえて以前の謬りを証明した

楼英は読書し、旧い考えをあらため、新しい考えを求め、大胆に疑問をとくことを主張した。

例えば、滑寿の『十四経発揮』の注にある「経脈は曲となし、絡脈は直となす」、「経は栄気となし、絡は衛気となす」の一節について、これは「初学者を惑わす」と説いた。


【原文】
滑寿説「手太陰脈、其支従腕後出次指端、交干手陽明者、為手太陰絡。
手陽明脈、其支従欠盆上挟口鼻、交干足陽明者、為手陽明絡。」
楼英認為凡十二経之支脈、伏行分肉者、皆釈為絡脈、有悖『内経』
「経脈十二、伏行分肉之間、深而不見、諸脈浮而常見者、皆絡脈也」之旨。

【単語】
・伏(fu)…隠れる、伏せる、うつ伏せになる
・悖(bei)…混乱する、反する、もとる
・釈(shi)…説明する、解釈する、解き明かす

【訳】
滑寿は「手の太陰(肺経)の脈、其の支(脈)は腕の後ろより次指の端に出で、手の陽明(大腸経の脈)と交わる者は、手の太陰(肺経脈)の絡となす。

手の陽明(大腸経)の脈、其の支(脈)は欠盆より上りて口鼻を挟み、足の陽明(胃経の脈)と交わる者は、手の陽明(大腸経脈)の絡となす。」と言う。

楼英の考えでは、およそ十二経の支脈で、分肉(の間)に伏行する者を、みな絡脈であると解釈することは、『内経』にある「経脈十二は、分肉の間に伏行して見えず、諸脈の浮きて常に見るる者は、皆な絡脈なり」という主旨に反する。


【原文】
説『抜粋』関于「気行一万三千五百息、脈行八百十丈、適当寅時、復会于手太陰」的説法、
与『内経』「衛出干上焦、常与栄俱、昼行干陽二十五周、夜行干陰二十五周、
故至平旦五十周、復与栄気大会干手太陰矣。
此言衛気与栄気相会、未嘗及宗気。」、
也与経皆相悖、因痛心疾首地堤出了「乖舛経義」的批評。

【単語】
・関于(guanyu)…~に関して、~について
・説法(shuofa)…いい方、意見、見解
・痛心疾首…心を痛み首を疾む

【訳】
『発揮』では「気行くこと一万三千五百息、脈行くこと八百十丈にして、適(たま)たま寅時に当たって、復た手太陰に会す」というのは、『内経』に「衛は上焦に出で、常に栄と俱にし、昼は陽を行くこと二十五周、夜は陰を行くこと二十五周、故に平旦に至って五十周、復た栄気と手太陰に大会す、と。此れ衛気と栄気と相会するを言い、未だ嘗て宗気に及ばず。」

これも経の主皆に反しており、そのために、痛恨極まりなく「経義に乖離して誤っている」と批判している。


【原文】
并認為『問』「病機十九条」是察病要旨、
而「有者求之、無者求之、盛者責之、虚者責之」十六字、乃要旨中的要旨、
而劉河間『原病式』隻説「以病化有者為盛、無者為虚、而不復究其假者虚者」実欠全面、
「猶有舟無操舟之工、有兵無将兵之師。未免智者之一失。」

【単語】
・責(ze)…要求する、責める

【訳】
あわせて『素問』(至真要大論)の「病機十九条」は察病の要旨であると考え、「有る者は之を求め、無き者は之を求め、盛んなる者は之を責め、虚する者は之を責む」の十六字は、すなわち要旨の中の要旨であるが、しかし劉河間の『原病式』(素問玄機)が「病の化するを以て有る者は盛と為し、無き者は虚と為す、而して復た其の仮なる者、虚なる者を究めざる」のは、実に総合性を欠いていて、「猶お、舟有りて舟を操るの工無く、兵有りて兵を将いるの師無きがごとし。未だ智者の一失を免れず。」


5.弁証を自由自在に用いた

【原文】
擅弁証 活法圓機
楼英弁証、重視分臓腑、弁病機、
如咳嗽弁痰之滑渋、癃閉弁病之暴久、小腹痛脹、弁気壅与血瘀、
腰痛分寒、湿、燥、寒湿雑合、風寒雑至五者、
総以臓腑気機与六気病機着眼。

【単語】
・擅(shan)…欲しいままに、(学術的に)優れている
・活法(huoga)…ライフスタイル、生き方
・弁(bian)…(辨)見分ける、弁別する 

【訳】
弁証を自由に操り 臨機応変に対応してとらわれがない

楼英の弁証では、臓腑による分類をして、病機を論じることを重視している。

例えば、咳嗽では痰の滑渋を見分け、癃閉では弁病の暴久(急性か慢性か)を見分け、小腹痛脹では気壅と血瘀を見分け、腰痛では寒、湿、燥、寒湿雑合、風寒雑至の五者に分け、総じて臓腑の気機と六気の病機に着眼している。


【原文】
在論治上、則立足干「細燭脈証」「同病異法」、
其立方遣薬、溯諸理論可征、験諸実践可信。

【単語】
・立足(lizu)…(立場、条件に)立つ、踏みとどまる、生きていける
・細燭…派遣する、遣わす
・方(fang)…やり方、方法、きまり
・溯(su)…さかのぼる、求め尋ねる、ふり返る
・征(zheng)…徴、徴収する ・験(yan)…調べる、効き目
・可信(kexin)…信じられる、信用できる

【訳】
論治の上にあって、「細かに脈証を燭して」(自序に「各能洞燭脈証」とあり)と「同病異法」(同じ病で異なる方法を用いること)という立場に立ち、その薬剤の処方の仕方は、これを立証できる理論に遡り、これを信頼できるまで実践でたしかめる。


【原文】
如治長兄九月得滞下、毎夜五十余行、嘔逆、食不下、
五六日後加呃逆、与丁香一粒、〔口+禽〕之立止。
但少時復発、乃用黄連瀉心湯加竹筎飲之。
呃少止而滞下未安、纏綿不癒者、
又用空心御米殻些少渋其滑、
日間用参朮陳皮之類補其虚。
終使頑固的瀉痢呃逆獲癒。

【単語】
・滞下(zhixia)…痢疾の古称。『千金要方』などにみられる言葉。ねばねばした膿血が排出され、排便が滞り難渋することが名前の由来。【中国医学事典:内科篇 発行所:たにぐち書店】
・嘔逆(ouni)…嘔吐のこと。出典は『霊枢』。【中国医学事典:内科篇 発行所:たにぐち書店】
・〔口+禽〕(qin)…含む、口に含む
・少時(shaoshi)…(少頃と同じ)しばし、しばらくして
・呃(e)…呃逆(eni)…しゃっくり。宋代以前では噦とよばれ、金・元。明代では咳逆と呼ばれている。胃気の衝逆ととらえられている。【中国医学事典:内科篇 発行所:たにぐち書店】
・安(an)…健康 ・纏綿(chanmian)…まといついて解けない
・些少(xieshao)…些須、少しばかりの、ちょっとした
・日間(rijian)…昼間、近頃、このごろ
・終…ついには、とうとう、いつかは
・使…使う、「もし…であっても」
・逆(ni)…逆らう、迎える ・獲(huo)…手に入れる、得る

【訳】
治療の例として(巻22)、長兄(0歳)が九月に滞下となり、毎夜五十回余り行き、嘔逆し、食も下らず、五六日後には加えて呃逆したが、丁香一粒を与え、これを口に含むと立ちどころに止んだ。

しかし、しばらくすると復たび発症し、そこで黄連瀉心湯加竹筎を用いてこれを飲ませた。

呃は少し止まったが滞下は未だに安らかにならず、ずるずると癒えずに長引いた。

また空腹時に米殻をほんの少し与えると、帯下の滑らかだったものが渋るようになった。

昼間には参朮陳皮の類を用いてその虚を補った。ついには、頑固な瀉痢としゃっくりを治癒させることができた。


【原文】
又一男子夢遺、
「先用沈香和中丸大下之、次用加減八珍湯呑滋腎丸百粒」、
証見好転、稍用渋薬如蛤粉等、
「則遺与濁反甚、或一夜二遺。遂改用導赤散大剤煎湯服之、遺濁皆止。」
因認為夢遺属鬱滞者居大半、
「庸医不知其鬱、但用竜骨牡蠣等固渋剤固脱、殊不知愈渋愈鬱、其病反甚」。

【単語】
・夢遺(mengyi)…遺精の一種。『普済本事方』などにみられる。夢を見ながら精液を漏らしてしまうこと。

【訳】
また一人の男性の夢精症患者では、(巻29)「先ず沈香和中丸を用いて大いに之を下し、次いで加減八珍湯呑滋腎丸百粒を用い」、証が好転したのを見た。

わずかでも蛤粉等の渋薬を用いると、「遺精と白濁が反えって甚だしくなるか、或いは一夜に二度失精する。そこで改めて導赤散大剤を用いて湯に煎じてこれを服させれば、遺濁は皆な止む。」

よって夢遺は鬱滞に属するものが大半を占めるとみなし、「庸医は其の鬱を知らず、但だ竜骨牡蠣等の固渋剤を用いて固脱するのみ。殊に知らず、癒(いよ)いよ渋し愈いよ鬱し、其の病い反って甚しくなるを」。

【原文】
対喘病発作時無痰、将癒時吐痰者、認為是「痰路」閉塞、
宜用桔梗之類開之、并以枳殻、瓜蔞実、杏仁、蘇葉、前胡等引痰外出、
候痰出喘退、再調其虚実。
虚者補以参芪帰朮、実者瀉以沈香●痰丸之類。
対老年痿厥証、累用虎潜丸不癒者、
亦不軽易改弦易轍、只在原方虎潜丸中加附子一味反佐之、
真是薬中肯棨、如鼓応桴。

【単語】
・喘…あえぐ、息切れする【説文解字】、いきぎれの病、喘息、にはか、あわただしい【大漢和辞典】
・痿厥(weijue)…痿証の一症状。手足が萎弱して力が入らず、冷える症状を指す。痿証と厥証とが合わさったものをさす。
・軽易…たやすくは、なかなか、うっかり、簡単に
・改弦易轍…琴などの弦をはりかえる、方法・態度を変える

【訳】
喘病については発作時に痰は無く、治りかけの時に痰を吐く者は、是れを「痰路」の閉塞とみなし、宜しく桔梗の類を用いて開き、并びに枳殻・瓜蔞実・杏仁・蘇葉・前胡等をもって痰を外に引き出だし、痰が(排)出され喘が退ぞくのを候い、再び其の虚実を調えるべきである。

虚する者は参・芪・帰・朮を用いて補い、実する者は沈香●痰丸の類を用いて瀉す。

老年の痿厥証については、幾日も重ねて虎潜丸を用いて癒えない者にも、軽々しくは処方を変えず、ただもともとの処方である虎潜丸に附子の一味を加えて、反ってこれをたすけるようにする。

これが本当に薬の肝要なところであり、(そうすれば)太鼓をバチで叩くように呼応する。(すばやく反応があらわれる)


【原文】
古人云、
「病無常形、医無常方、薬無常品、
順逆進退、在乎其時、神聖工巧、在乎其人、君臣佐使、在乎其用」。
而要達到神聖工巧、貴在学験倶優、
誠如楼英所説、
「夫医貴有纔、無纔何足応変無究」。

【単語】
・乎(hu)…~か、~や、~かどうか、~だろうか、~に、~より
・在乎(zaihu)…~にある

【訳】
古人いわく、「病に常の形無く、医に常の方無く、薬に常の品無し。順逆進退は、其の時に在り、神聖工巧は、其の人に在り、君臣佐使は、其の用に在り」と。

神聖工巧に達するために大切なことは、学問と経験がともに優れていなければならないのである。

まことに楼英が言うように、「夫れ、医の貴きは才に有り、才無くんば何ぞ変の究り無きに応ずるに足らん」のである。


6.書誌情報

周明堂『楼英与≪医学綱目≫』1986年 淅江中医学院学報 掲載


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