期待されることとされないこと

7月13日の「今日のダーリン」。

33歳という年齢のこともあったのかもしれないが、この一試合に敗れ、王座から陥落したときから、(「もてはやされる」の反対語はなんだろうか)スポーツ紙などの扱いも寂しくなってしまった。勝負の世界は、ずいぶん厳しいものだなぁと思った。昨夜のタイトル奪回を賭けた世界戦についても、世間が期待してざわざわしている感じには思えなかった。テレビ中継でも「勝ったらすごいこと」という言い方で、敗れてもがっかりしないような予防線を感じさせていた。

なにかの拍子で物事がうまく進んだとき、それが努力という裏付けがあったにせよ、なかったにせよ、しばらくは期待される状態がつづく。

でも、つぎに失敗してしまったら「今までにかけられていた期待はどこに飛んで行ってしまったの?」と思うくらい、期待されなくなる。

期待され続けるのは、プレッシャーとの戦いだからしんどい。「努力し続けなきゃ、成功しなきゃ」と追い立てられる。でも、期待されないのも、なんのために頑張ってるのかわからなってしまってしんどい。

期待されすぎるのも、まったくされないのも、しんどい。周囲の目を気にしすぎているのかなあ。

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yuina

まわしものでは、ありません。
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