YESとNOと、無関心

7月12日の「今日のダーリン」。

人は、なんについても、なんらかの意見を持っているはずだ…ということはない。マンガ的に言うならば、あのアインシュタインだって、こしあんとつぶあんとどちらが好きか、というような問題について、なにか意見を持っていたか。おそらく、なかったというか、知らなかったと思うよ。じぶんの詳しい領域のことについては、そこになによりも大事な問題があると思いこみやすいし、他の人がそのことについてさほど深く考えてないことに、いらだったり腹を立てたりもしやすい。

この世には「YES」「NO」というふたつの選択のほかに、「関心がない」という選択肢もある。けど、この「関心がない」という選択肢の存在に関心がない人が多いように感じる。

「●●のことってどう思う?」こう聞かれたとき、たとえそれに関心がなかったとしても「YES」か「NO」かの軸で判断して、なんらかのコメントを述べる。薄くて、ぺらぺらのコメント。

「女性天皇のことをどう思う?」ふだんは何も考えてなくても「女性が天皇になれないのはおかしい!男尊女卑だ!」とかって言ってしまうかもしれない。これまでどんな経緯があって男性天皇が続いているのか、女性天皇を認めるにはどんな制度改革が必要なのか、なにも知らないのに(あくまで例です)。

自分が関心のある分野でも周りの人が同じくらい関心があるとは限らないし、周りの人が関心のある分野に自分の関心があるとも限らない。前者の場合、相手に関心を持つことを強要したら負担になってしまうし、後者の場合は気づかないうちに軽い考えを伝えてしまっている場合もある。

関心が深ければえらいわけでもないし、まっとうな意見が言えるとも限らないからむずかしい部分ではあるんだけど。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

今日も幸せに過ごせます。
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yuina

まわしものでは、ありません。
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