「やりたい」を「やる」にできないとき、他力本願もいいのでは

7月18日の「今日のダーリン」。

「○○をしようと思うのだけれど、やる気になれない」という人は、「しようと思ったのならしているはず」だ。「やる気」だの「やらない気」だの関係ない。しようと思ったときにしていれば、なんの問題もない。実は、「しようと思ってなかった」のである。このことも、じぶん様に教えてやりたい真実である。お役に立つと思うなら、あなた様にもお分けしてやろう。

「やりたい」と「やる」はかけ離れている。「〜したいと思っています」。それは、きっと、やらない。ソースはわたし。

お腹がへったから何かを食べたいけど、作るのがめんどうだから空腹をこらえる。でも、だれかが作ってくれたら食べる。だれかが自分のご飯をこしらえてくれることを期待している。ご飯をつくってよお母さ〜ん。一人暮らしのワンルームにさみしい声が響く。

「やりたい」と言って「やらない」ときには、だれかが助けれくれるのを期待してしまっている気がする。「やりたいと思ってるけど、正直めんどう。自力ですべてやるほどの余裕はない。でも、だれかが助けてくれるのならやってもいいかも」というマインドです。なんとえらそうな!

そんなわたしは「痩せたい」と言いながらもチョコレートを取る手が止まらなかったので、だれかの助けが必要だと自覚してパーソナルジムに通い始めました。着実に痩せている。なんということでしょう。食事制限は辛いけど、トレーナーのお姉さんを困らせたくないのでがんばれている。

自分の力では「やりたい」を「やる」にできないから、だれかの助けを借りる。いいじゃない、いいじゃない。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

今日も幸せに過ごせます。
6

yuina

まわしものでは、ありません。

今日のダーリンを受けて

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。