見出し画像

indigo la End「カンナ」歌詞考察


先日の河口湖ステラシアターでこの新曲を聴いてから、ずっとずっと配信されるのを待ち望んでいました!!
あの日のライブで聴いたときは、音の素晴らしさを噛み締めたり、モニターに流してくれる歌詞を追うことにひたすら夢中になっていましたが、いざ配信されてじっくりと聴いてみると、やはりそこには物語が浮かび上がってきました。川谷絵音さんの奥深い歌詞に、いつもわたしはメロメロになります。
以下はそんなわたしのめちゃくちゃ勝手な歌詞考察になります。

朝に吠える犬 隣で寝てる美人
壮大な予告編も霞む日常

曲の幕開けは「朝」で、主人公*の「隣」には「寝てる美人*」がいます。
※以下、歌詞の中心人物である者を 主人公、相手の美人を 彼女 と書きます。

主人公の「日常」は彼女の存在によって、どんなに「壮大な予告編」も「霞む」ほど華やかなものになりました。

満ち足りたカップを覗いた
映りそうで映らない顔

カップ=主人公の心
カップの中の表面=現実を映す鏡

主人公の心は満ち足りているが、カップを覗いてみるとそこに自分の顔は「映りそうで映らない」。。
主人公にとってこの美しい彼女との世界は夢と現実の狭間を行ったりきたりしているような感覚で、そしてかぎりなく夢に近い、そんな印象を受けます。

はしゃぐ心今日もまた
解き明かして待ってるよ 幸せだな

彼女を想うたびに「はしゃぐ心」。主人公は「今日もまた」彼女のことばかりを考え、その謎を「解き明かして」います。なぜ自分は、こんなにもあなたに惹かれてしまうのだろう…と。またそうやって彼女を思い浮かべるたびに「幸せだな」と実感するのです。

起こしてくれよ もしも夢なら

夢うつつな状態の主人公はこの幸せが本物なのか少し不安になっていて、「もしも夢」なら早く「起こしてくれよ」と願っています。

ここまでの歌詞を考察するに、わたしは、主人公と彼女がワンナイトを過ごしただけの関係なのではないかと予想しました。
主人公にとって高嶺の花のような存在だった彼女ですが、美人な彼女は男遊びに慣れていて、主人公のことは全くもって本気にしていません。
しかし主人公は一度関係を持ち一緒に「朝」を迎えた彼女に本気で恋に落ち、どんどんのめり込んでいくのです。
サビからは主人公の妄想の世界へと移り変わります。

裸足だったのに今はこんなにも
嘘みたいな泡に乗って

「裸足」が意味するのは、華がなく平凡な生活をしていた主人公のこれまでの人生です。彼女と繋がったことにより、その日々は一変しました。

歌詞の中でも「嘘みたいな」と形容されていますが「泡に乗る」ことは当然不可能で、これは主人公の幸せな想像が全て脆い虚構であることを示しています。

芝居がかったあくびをした
君が起きるように

わたしはこの歌詞がいちばんのお気に入りです。
好きな人と一緒に寝た翌日、自分だけが早く起きてしまって相手がなかなか起きない朝を経験したことはありませんか?ゆっくり寝かせてあげたいけどなんだかつまらなくてさみしい。早く起きてほしい。だからわざと少しだけ、大きな音を立ててしまうのです。わたしはこの歌詞で、そんな朝の気持ちを思い出しました。

つまり「芝居がかったあくび」をする主人公は、彼女に目覚めてほしい(=自分と同じ世界に来て欲しい)と望んでいるのだと思います。僕たちは愛し合うべきで、君も僕のことを本気で好きになるべきなのに、なぜわかってくれないんだ、はやく目覚めてよ、といった具合でしょうか。

思い出ってほど美化はしないけれど
生温いキスをしようよ

「思い出」という言葉から、主人公と彼女が初めて「朝」迎えた以降、特に進展は無かったのではないかと思いました。
あの日のことは本当に一夜限りのことだったのです。

しかし主人公は、今は会えないけれどあの日のことを「思い出」にする気はさらさら無いし「生温いキスをしようよ」と、ふたりのこれからに希望を抱いています。
「生温い」という言葉は、ふたりの間にまだ温度が残っていると信じてやまない主人公の勘違いを表現している歌詞だと感じました。

そしてコーヒーを淹れて
苦いキスもしようよ
子供みたいに笑って

また2人で朝を迎えて(「コーヒーを淹れて」)もっともっと愛し合おうよ。

無邪気になって彼女になって
篠突く雨にも気付かない
君と囲んだ淡い光に誘われて

主人公にとって彼女はもう本物の「彼女」になっています。
「篠突く雨」は激しく降る雨という意味で、これは友人など周りの人々からの反応を示すのではないかと感じました。
1人で舞い上がった主人公が彼女との素晴らしい一夜を得意げに友人たちに自慢している、そんななんともイタい様子が思い浮びました。
ですが主人公は周りの視線には気づかず、妄想の中の「君」に夢中です。

遅刻も気にならないくらい
目を奪われた

再び彼女と会う約束を取り付けた主人公ですが、主人公に全く本気じゃ無い彼女は「遅刻」して現れます。
しかし主人公はそんなことどうでもいいくらい彼女に「目を奪われ」ていました。

未来の話進めよう
ドラマみたいな当事者になったんだね
起こさないで
もしも夢でも

そして彼女の気持ちなどお構いなしで主人公はどんどん先に先にと「未来の話」を「進めよう」とします。

「ドラマみたいな当事者になったんだね」という歌詞は、主人公がどれだけこの恋愛(完全なる片想い)に酔いしれているかをよく表していて正直ギョッとします。
わたしはこの歌詞の部分で喫茶店だかファミレスだかで主人公と彼女の2人が腰をかけ向き合っているシーンを思い浮かべてしまうのですが、下手したら主人公はこのとき結婚の話とかまでしちゃってるんじゃないかなと思います。そのくらいやばいとこまで独りよがりな妄想をしてそうだな〜と感じました。
そして彼女はきっとドン引きなはずです。

1番の歌詞では「起こしてくれよ」と言っていたのに、今度は「もしも夢でも 起こさないで」と願っています。
主人公は頭の片隅でうっすら現実を認識していたり、もしくは彼女のドン引きの反応に気づいていたりするのかもしれません。
けれど夢から目を覚ましたくない一心で、真実を見て見ぬフリしているのだと思います。

裸足だったのに今はこんなにも嘘みたいな泡に乗って
芝居がかった話をした
君が起きないように

「芝居がかった話をした 君が起きないように」は、なんとしてでも彼女を自分のものにしたいという主人公の本心が彼女にバレないように、「未来の話」を持ちかけてドン引きされてから軌道修正したのではないかと思いました。
『いや、たしかにまだ付き合うとかは早かったかもね(笑)』みたいにヘラヘラしながら言い訳して、きっと大汗かいてるはずです。

思い出ってほど美化はしないけれど
生温いキスをしようよ
流れてくるテレビの音がやけにリアルになった

「テレビの音」は現実や周りの人々の声の表していて、それが「やけにリアルになった」。。つまり主人公がまともな状態に戻り始めている状態です。
俯瞰で自分と彼女の関係を見つめようとしています。

遠のいてく声 しらを切りたいよ
闇がぐらついた
割れそうな泡で
君が溶け込んだ
今だって感じてカップを覗いた

でもやっぱり「しらを切って」気づかぬフリをしたい。そうこう考えているうちに目の前は「闇」となり、真っ黒な視界が「ぐらついて」きます。
ふわふわだった「泡」は割れ、彼女=「君」はその中に「溶け込ん」でしまいました。
主人公がふと現実に気がつき、妄想の中で既に彼女になっていた「君」が消えた絶望の瞬間です。

そして「今だって感じてカップを覗いた」。

今は見えそうだ
あまりに普通で目を閉じてしまう
それでも映る
瞳の裏に

「今は見えそうだ」と、さらに現実が近づいてきます。
しかしカップの中の現実は「あまりに普通で」、彼女がそばにいない世界に目を閉じてしまいます。

「それでも 瞳の裏に」は、やっぱり彼女との幸せな日々が「映る」のですから。

幸せだったのに 求め合ったのに
僕を置いていなくなった
最初からいなかったとか
野暮なこと言わないで

「幸せだったのに」←主人公だけ
「求め合ったのに」←妄想
「僕を置いていなくなった」←現実&被害妄想
「最初からいなかった」←現実

だけどそんな「野暮なこと言わないで」と、やはり現実から目を背け続ける主人公。

切ないのに楽しかった
1人で作った世界は
日常を隠した瞬間
幸せに変わったんだ

「切ないのに楽しかった 1人で作った世界」とまで歌っているので、やはりこの歌は主人公の妄想ソングであるとわたしは推測します。
「日常」はこれまでの味気ない日々で、それを妄想によって「隠した瞬間」、主人公の毎日は「幸せ」に変わりました。

思い出ってほど美化はしないけれど
さよならも言わないよ
予告が最悪な映画でも見て
目を閉じようか
子供みたいに

ここにきて「さよならも言わないよ」宣言。

これはわたし個人の考えになりますが、「思い出」って確かに美化でもあると思うけれど、過去の事を過去の事として心の奥に仕舞う“風化”でもあるんじゃないかと思うんです。
しかし主人公は彼女のことを「思い出」にはせず「さよならも言わないよ」と言い切っています。。
つまり主人公は自分の中で彼女との幸せな日々の妄想を続けるよ、という意味なのではないでしょうか。

「目を閉じようか」という歌詞は、彼女が自分のものではない現実から目を背けるという意味と、“夜”になり眠るという2つの意味をかけていると思います。
自分が納得できない現実は理解しない、この主人公は本当に「子供みたい」です。

朝になったアラーム
予感めいたものはなかった

そしてまた「朝」が来て、「アラーム」がなり、主人公は目覚めます。

「予感めいたものはなかった」
冒頭でも歌われるこの歌詞の意味をずっと考えていて、なかなかこのnoteが完成しませんでした。
そして最終的にわたしは、冒頭とこの最後の「予感めいたものはなかった」には別々の意味が込められているのではないかと結論づけました。

冒頭は初めて彼女と「朝」を迎えたベッドの上です。
このときまだ主人公は完全には狂っていなかったはずです。夢と現実の狭間で、大好きな彼女が横にいることにただただ心を躍らせていました。
自分がこんなにも彼女に陶酔してしまう、狂ってしまう、そんな「予感めいたものはなかった」という意味なのではないでしょうか。

そして最後の「予感めいたものはなかった」はこれら一連の夢(妄想)から覚める「予感めいたものはなかった」という意味なのではないでしょうか。
主人公はこの曲が終わった先も、まだ妄想の世界に住み着いているようにわたしは感じました。

・・・ここまでわたしの個人的な妄想で突っ走って書いてしまった感はありますが、カンナの花言葉を調べたところ「妄想」とあり、とっても嬉しくなりました。
正解はどこにあるのかわからないけれど、「カンナ」はとても妄想しがいのある面白い楽曲だと思います。

今日もindigo la Endが大好きです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?