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豊島美術館をチョコレートで作る

はじめに

私たちの生活はあらゆる社会基盤、いわばインフラストラクチャーにアクセスすることで成立している。蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押せば電気がつく。amazonで注文した商品は翌日手元に届き、ゴミ置き場に出したごみは定期的に回収され見えなくなる。建築の壁を挟んで、こちらと向こう。ブラックボックスとなったその入力と出力に、私たちは曖昧なままでいる。大元が寸断されることで機能不全に陥る社会システムの脆弱性を、私たちは先の災害で幾度となく経験してきた。いま自分たちがいる環境を俯瞰して眺めてみることや、自律分散的に生きる方法を考える必要性が、そこにはあるように思う。例えば、普段当たり前に見たり過ごしている建築物がどうやって作られたかにさえ、私たちの大半は自覚的でない。そうした一つ一つの環境の成り立ちを知ることに、私たちが自律的に生活をやっていくための、「死なない」ためのヒントを見ることができるのではないだろうか。(※1)

自分で建築を作るということ

建築は、かたい。一寸の誤差も許されない世界はやはりシビアで、出来上がる構造物もまたガチガチにかたい。DIYやセルフビルドの流行りが往往にしてホームセンターを席巻する中にあっても、堅牢な箱を一軒建てることはそう容易にできることではなく、また敷居も高い。建築を専攻する友人の生真面目さの中に束の間ユーモアが垣間見える瞬間が私は大好きだが、そんな「かたい」世界でどうすれば少しでも今自分たちが暮らす環境に目覚めるきっかけを作れるだろうか。そして何よりそれが「やわらかい」方法であればよいと思う。

RC造をチョコレートで翻訳する

建築の中で何よりかたそうなのが、RC造と呼ばれる鉄筋コンクリートで作られた建築。「光の教会」や「住吉の長屋」で知られる安藤忠雄よろしく、鉄の棒を組んだ構造体にコンクリートを纏わせた基本的な建築の作り方である。型に流し込む、あるいは表面に塗布する(打設という)だけでそれ自体が構造になるこの工法を見て、基本的な建築物の成り立ちを知るにはうってつけではないかと考えた。
また、かねてより作ってみたいと考えていた建築がある。瀬戸内は豊島に建つ、建築家・西沢立衛の代表作「豊島美術館」。

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建築物でありながら作家・内藤礼さんの作品「母型」としての人格を併せ持つ、中にはこれといって何もないリッチ建築。曲線が美しく、ある種原始的とも言えるこの空間に人間の根源を見た。土を盛って作った型の上からコンクリートを打設してできる超アナログ流し込み工法(※2)のフォルムを見るたび、「これくらいやったら作れそうやな」と思っていたので、この機会に作ってみることにした。

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とはいえ我が家にコンクリートはないので、全体の構造を支える盛り土と鉄筋を粘土に、「どうせならおいしい方がいい」とコンクリートをチョコレートにそれぞれ翻訳し、建築を作ることの大変さやその構造の仕組みを身をもって学習してみる。パティシエが風船に飴やチョコレートを上掛けし固めて造形を行う仕草を見たことがあるが、それと似た感じにできるとよさそう。何より、「かたい」建築に、溶けてなくなる「やわらかい」素材で立ち向かうことで得られるイメージの変化にも興味がある。
作り方は簡単で、粘土でそれらしい豊島美術館をこさえ、上からチョコを掛ければ完成。実際の工法をなぞらえることを鑑みても、豊島美術館は意外と簡単に作れそうなのである。懸念事項はいくつかあったが、以下記事内で、折に触れ解決策を示そうと思う。

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粘土で豊島美術館を作る

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おそらく全ての工程で最も大事な部分はこの作業である。公開されている寸法のデータを参考に、それらしい豊島美術館を作り上げる。この建物を俯瞰で目撃したことのある人がどのくらいいるかはわからないが、思ったよりも高さがなく地面に対して鋭角に立ち上がるプロポーションがより静謐な空間を演出している。チョコが流れやすい角度との兼ね合いをはかりながら、少しふっくらとさせた豊島美術館が出来上がった。

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正確に寸法を測ることができれば3Dで設計し型を出力するのも一つの方法だが、今回は誰の家にもあるもので比較的安価に事を進めることを重視し、できるだけプリミティブな道を事あるごとに選択している。奇しくもこの前日、私は好きな人に告白をし盛大に振られていたので、夜通し朝の4時まで無心で豊島美術館を捏ねる作業に腐心していた。腐心したかったというべきだろうか。何かに深く熱中する以外に健康でいられる術を、21そこそこのひよっこはまだ知らない。フィラメントがチミチミと積み上がる様子を見ていても、失恋の傷は癒せないのだ。

アルミホイルを巻く

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粘土で美術館を作り上げてから、随分と長い戦いがあった。当初は捏ね上げた粘土を石膏で型取りしシリコンで複製、そこにチョコを上掛けし取り外す算段だったが、先の告白同様、無残にも大敗した。シリコンにチョコがくっついて綺麗に剥がれてくれないのである。端正を込めて作り上げた美術館をパキパキと型から割って剥がす虚しさに、私は思わず瀬戸内の方角を向き目を瞑る。

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そのほか、チョコを湯煎する段階でボテボテになり、そのままボテボテの美術館が出来上がるなど試行錯誤の末行き着いたのがこのアルミホイルを巻く方法である。油粘土表面の粘性はラップやアルミホイルなどと相性が良く、チョコの粘度も相まって表面にシワや細かな隆起が目立つことはない。想定していた精度が出ないことにやきもきはするが、問題はこの薄い皮膜の固形物のみで構造を担保することができるかを検証すること。実際の工法を家にあるものだけで翻訳し追体験することが可能かという当初の目的に都度立ち返りながら、制作を進める。

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チョコをかける

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前述の通り、チョコが溶ける際はなるべくサラサラとしていてほしい。均等に広がってこそあの美しい西沢建築の曲線美が生み出せようというもの。スーパーやコンビニで売っている板チョコ等には不純物が多く、チョコの粒子を整えるテンパリングと呼ばれる工程を踏んでもサラサラに溶かすのは難しいことが判明した。幾らかの板チョコで健闘を謀るも、その度にドロドロのチョコレートを量産しては、カップに流し込みクルミなどを添え弔った。

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そういう連続殺人鬼独特の所作みたいになってしまった。

オメオメしているとパティシエの友人が製菓用チョコレートの情報を教えてくれた。テンパリングのいらないチョコレートである。製菓用品店などで「パータグラッセ」と呼ばれるコーティング(上掛け)用のチョコレートを使用すれば解決することがわかった。これならサラサラに溶ける上、常温でもパリッと固まってくれる。

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豊島美術館の色に合わせてホワイトチョコレートを購入。40~50度で湯煎し溶かして上掛けする。

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冷やす

容器から少し浮かしてチョコをかけたら固まるのを待つ。豊島美術館が冷やされているということは、この冷蔵庫の中にも瀬戸内と同じ空気が流れているということである。

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ジャンボフェリーの歌が頭から離れなくなったところで、パリッと固まった豊島美術館と対面。壊れないように粘土から外しアルミを剥がせば成功である。日光と雨が降り注ぐ豊島美術館のチャームポイントの穴2つを、熱した絞り用の口金で抜けば完成。家にあるものでそれなりに豊島美術館を作ることができた。

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完成。豊島美術館である。およそもののけ姫のコダマか使徒にしか見えないが、思ったよりも豊島美術館とは「こう」なのである。豊島美術館を上空から見る機会がこれからの人生でどれだけあるだろう。その機会が得られたことも、これをやって良かったことの一つである。次、豊島に行った時は自信を持ってこの形状の魅力をプレゼンできるだろう。なぜなら私はこの手で豊島美術館を作り上げた実績があるのだから。

生活の場を作るということ

やはり建築はかたい。「チョコで美術館作ったろ♩」などとのたまう思いつきのポカホンタスがそう易々と事を進められるはずもなく、台所でさえ様々な困難にぶつかった。台所でこれなのだから、実際の現場ではもっと困難なことが、その度合いも頻度も比較にならないほどあったのだろう。が、その都度工夫の検討を重ねトライアンドエラーを繰り返すことの大事さは、もはやモノ作りに携わる人間だけに求められるものではない。日々に自覚的でいることは、自分を「死なせずに」保つための方法として有効だ。今いる環境を未知の眼差しで見つめること、その環境の成り立ちに目覚めることで、私たちは同じサーフェイスにふれることができる。その一つの手立てとして、自分たちの生活の場である「建築」にフォーカスを当てた。おいしくて少し頼りないこの豊島美術館が、その糸口になればいいと思う。


おまけ

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せっかく豊島美術館が作れることが判明したので、友人の誕生日に「豊島美術館ケーキ」を作ってプレゼントすることにした。特に瀬戸内とは関係なさそうだけど、事前に豊島美術館の空撮画像を予習してもらってから祝いに行った。ちょっとぼこぼこになったのと瀬戸内の大地を模した抹茶ケーキ部分の色合いがやばくなり、そういう祝祭みたいな光景になってしまった。美術館なので中にはフルーツを詰めた。味はおいしかった。お誕生日おめでとう。


参考文献

(※1)序文参照 new villagescapeプロジェクトhttp://ultrafactory.jp/project/new_villagescape_of_extreme_environments.html

(※2)豊島美術館 俯瞰図及び工法参照 鹿島建設HPより http://www.jci-net.or.jp/~branchi_shikoku/revo1%20.pdf


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