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あしたの無色

四畳半の畳の部屋、に、ブラウン管のぶあついテレビ。電源はなぜかつかない、からいつも真っ暗な画面がこちらをみている。部屋の真ん中あたりによれよれの布団を敷いて、まわりにいつ飲んだかわからないビールの缶とかウイスキーの瓶とか、いつ飲んだっけ?どのごみももう空っぽだけど。それで、よれよれの布団の上で、いつから着てるかわからないTシャツと、体を締める下着と、そんな生活。いちにちがいつはじまっていつおわるのかわからない。そんな生活。錆びたドアがあくことはほとんどなくて、いちにち一回コンビニでお酒を買うためだけに開けられる。錆びたドア。開けると汚い音がする。いつからごはんをたべてないんだっけ。いつからごはんをたべられなくなったんだっけ。お風呂も付いてないこの部屋でまあいいかと思えるようになったのはいつだっけ。空き瓶と空き缶だらけの部屋をあさって銀行のカードを手に取る。いまが朝か夜かわからないけど、いまお酒を飲まなきゃ。そんなかんじで、錆びたドアを開けた。汚い音がした。いま着てるTシャツはよれよれだけど太腿あたりまで隠してくれるので、まあ、いいか。部屋の電気はいつもつけたまんま。

右手に重みを感じながらコンビニを出る。煙草は吸わないけど、吸い殻入れの中をじっと覗く。暗くてよくみえない。ここにはなにがはいってるんだろう。深さを知りたくて、さっき使ったばっかりの銀行のカードを落としてみた。ぽちゃ、と水の音がして深さはよくわからなかった。あけかたがわからない。どうしよう。煙草を吸いに来たらしいよれよれのスーツ姿のおじさんにカードを落としたことをいうと、蓋をあけてくれた。おもったよりかんたんにあいた。黄色い水の中からカードを拾ってくれて渡してくれた。そのときなぜか腰のあたりを触られたけど、まあいいか。ありがと、といってコンビニを後にする。まわりが暗い。いつもみたいにすぐ家に帰ろうかと思ったけど、ちょっとだけ回り道をした。右手の重みがちょっと嫌だったけど。
こんにちは、って言った。倉庫の裏みたいなとこ。いつも行ってた。倉庫。久しぶりに行ったけど、まだいた。煙草吸ってる、暗いからよくみえないけど。こんにちはの返事はなかったけど。近くに寄ってきて、まだ生きてたの?よかったね。と、言われた。なんてこたえていいかわからなくて、うんと言った。暗くて表情がみえない。短くなった煙草を地面に落として、それからぼくの肩を抱いて、右手に持ってたコンビニの袋をとられた。来た道を戻るように歩き出す。ぼくより歩くのが早いから、追いつけないのに肩を抱かれてるから、足を引っ掛けながら小走りでついてった。歩き出してすぐに後ろを振り返ったけど、煙草の火は消えてなかった。そこだけ明るかったから。

錆びたドアを力強く開けると、いつもより汚い音がした。うう。この音はほんとうに嫌い、汚いし、こわい。ぼくの肩を抱いたまんまのおとこのひとが、はやく靴を脱ぐように急かして、部屋の中にはいる。ぼくの前を歩くことはない。いつもぼくを急かして、おなじはやさを要求してくる。それから、つけっぱなしで明るい部屋の、敷いたまんまのよれよれの布団の上に、ぼくを押し倒す。近くにあった空き瓶に、頭をぶつけてすこしいたかった。コンビニの袋をテレビの横に置いた。飲みたい。お酒飲まなきゃ。袋に手を伸ばしたけど、だめだった。伸ばした手を掴まれて、そのままぼくの上に覆いかぶさるようにして、よれよれのTシャツをまくしあげて、体を締めるブラを、元の位置にあったブラをずりあげた。肌に空気が直に当たってつめたい。ブラのなかに押し込められていたたぶんほかのひとよりちいさい胸を舐められたから、そこだけあつい。あつくて、つめたくて、でも体を締めるものがなくなって開放的な気分になって、きもちいいようで、すごくさみしくなった。おとこのひとの顔なんかぼくにはみえないし、すごくさみしくなった。はやくお酒飲みたいなあ。手は掴まれたまんま。はやくお酒飲みたい。

きづいたら、外がちょっとだけ明るくなってた。部屋のなかに光がはいってきてきもちわるい。よれよれの布団の上で寝てるおとこのひと。まるくなって寝てるから、いつもよりちょっとだけ小さく見えた。ぼくは、テレビの横にさんかくすわりをして、袋にはいっていたお酒の瓶をかたむけてる。まだ瓶のなかにお酒がはいってる。空の瓶よりよっぽどすきだよ。重いから。瓶のくちからそのままお酒を飲み込む。おいしくない。おいしくないおいしくないおいしくない。でも飲まなきゃ。うう。お酒、すき。お酒を床に置いて、よれよれのTシャツのなかをのぞく。ブラはとられちゃった。布団の上に落ちてるけど、体を締めるからブラはきらい。胸とかおなかとか、赤い跡が、たくさん、たくさんたくさんついてた。すごくさみしくなった。やだなって思って、置いたお酒の瓶をまたかたむける。もう、なくなっちゃう。大丈夫あと一本買ってるもん。残りのお酒と、あと一本を一気に飲み干して、それから、まるくなってねむるおとこのひとの横に、抱きしめられるようにもぐりこんだ。あんまりあったかくないな。でもつめたくないからいいか。手のひらをそろりとさわったら、握り返されちゃった。すごくさみしくなった。一気に飲んだお酒が、からだのなかでもやもやしてて、すごく気分が悪くて、きもちよかった。部屋にはいってくる光がきらい。背中の後ろにいるおとこのひとがきらい。お酒がきらい。よれよれの布団がきらい。おとこのひとが、ちいさなこえでぼくの名前を呼んで、すき、って言った。すごくさみしくなった。すごくさみしくなった。あったかい。

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