春のめざめ

サイレンの音が煩い。日曜日と一緒に、春まで連れてきたような耳をこそぐる音がいつもよりひどく高く聞こえて、アルコールを飲み干す自分の喉の音で掻き消した。

なにかがはじまるのは春だとか、日本ではよく言うけれどそう実感したことはない。テレビで花見の特集をしていても、実家ではまだ雪が降っていた。冬じゃないか。まだ蕾どころか葉さえついてない桜の木に雪は引っかかることなく落ちていく。いまだ死んだままの桜なんかみたって楽しいどころか気分が鬱屈とする。そうしてみんなより遅れて自分の所にやってくる春のことが、きらいでたまらなかった。くるのなら一緒に来て欲しい。まあ、一緒にきたらそれはそれでやな気分になるのだろうけど。
窓の外をみると、墓地を背景にして桜がぽつぽつと咲いている。まだ冬のつもりだった。まだ冬眠していられる時間のつもりだった。まだがんばらなくてもだれにもみつからないきがしていた。上京してはじめての春だ。いつもより早い桜の開花に違和感でも覚えるかと思ったが、なんだか特に代わり映えはなく、むしろテレビと同じように桜は咲いているというのに、自分の所にだけは遅れてやってきているような気がするのはなぜだろう。実家に居た頃の感覚が抜けないのか、もしくは、春と自分を重ねているからなのか。

日本のどこかで雪が降っていても暦上は春と言うらしい。4月になると、嫌でも新生活を強要されているようでいやになる。新社会人という言葉を何回聞いたかわからないテレビのまえで、僕はまだ無職だった。正確に言えば、フリーターをいくつかこなした上での無職だ。虚しい。働くことがそんなに偉いのか。既に17時をまわっているのに外はあかるく、まだ隠れる気配のない太陽に向かって黒い点みたいな鳥の群れがいくつかみえた。
僕はというと、特にすることもなく畳の上で楽しそうな花見客をリポートするニュースキャスターに舌打ちをかましている。働くことがそんなに偉いのか。ずっとそう思いながら働いてきた。といってもアルバイトしかしたことはないが、それでも毎日時間的にはサラリーマンと同じくらい働いていた。今となってはそれすらもできず、なにもせず、コンビニで弁当と酒を買い込んでだらだらと食べ、たまに思い立って自炊するくらいの生活。虚しい。働くことがそんなに偉いのか。そうは思うが、働くことができる、ということを一番大事だと思ってるのはたぶん僕だ。思っているのにできない。それがまた僕を虚しい気分にさせる。働くとは? 働く意義とは? そんなこと、考えたこともないような人達は働いているというのに。転がっている通帳に手をやる。実家に居た頃と上京してから、アルバイトで貯めた少しばかりの貯金は、もう底を尽きそうだ。

サイレンの音が煩い。春はもう既にやってきている。冬眠すらせずに暖かさをマントのように翻し活発になる人間たち。墓地の近くだってのに花見をしているだろう外の人間の声は自分の脳内でボリュームを下げた。どこかで事故でも起きたのだろうか。徐々にサイレンの音がけたたましくなってくる。煩い。これだけの人間が一斉に活発になるなら事故が起きてもおかしくない。哀れに思いながら、どこも怪我をしていない自分の全身がすごく痛く感じた。あまりに違う僕の今の状況に、いっちょ前に心が傷ついてでもいるのかと思ったが、すぐあとに寝過ぎによる筋肉痛だと気がついた。

春はきらいだ。誰かが連れてこなくても、勝手にこちらにやってくる。そんな気持ちから卒業したいと、毎年思っていることをぼんやり頭に浮かべた。

#小説

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hensinnoumi

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