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モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 KV478・ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 KV493

2009年に書いた解説原稿をweb用に加筆修正してみました。モーツァルト・ピアノソナタチクルスのレクチャー原稿を補強するつもりで書いてます。

ピアノ四重奏曲

モーツァルトはピアノ四重奏曲を二曲残しています。この二曲は「フィガロ の結婚」の前後に「フィガロ」を挟むように書かれています。ピアノ四重奏(ピアノ・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ)という編成はピアノ三重奏や弦楽四重奏のようには書かれてきませんでした。モーツァルトがこの二曲のピアノ四重奏曲を書いたことで、このジャンルへの扉が開いたと言っていいでしょう。彼はこのジャンルのパイオニアなのです。ロマン派以後の作曲家たちはこの編成で積極的に曲を書き始め、このジャンルでたくさんの名曲が生まれています。代表的なところではメンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ドヴォルジャーク、フォーレの諸作品になるでしょうか。

モーツァルトがなぜ編成の曲を書くことになったのかよくわかってませんが、ピアノ三重奏にヴィオラを加えて内声を充実させるというやり方は、弦楽五重奏曲、ホルン五重奏曲、協奏交響曲KV364のオケでヴィオラを二声部にしたのと同様に、モーツァルトの内声志向にはぴったりの編成ではありました。

♠️ピアノ四重奏曲第1番ト短調 KV478

大変な名作であり、モーツァルトの代表作のひとつと言えるものです。この作品は1785年、ウィーンの楽譜出版商ホフマイスターからの依頼で作曲されました。本来は3曲のピアノ四重奏を注文されていたらしいのですが、最初に出来上がったこのト短調の四重奏を見たホフマイスターは一般の愛好家には『難しすぎて売れない』と文句をつけました。

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そのため気を悪くしたモーツァルトは残り曲の契約を破棄し、翌1786年に完成した変ホ長調のピアノ四重奏曲第2番(KV493)はホフマイスター社ではなく、アリタリア社から出版されることになります。

しかし、出版された楽譜はホフマイスターの言った通り、あまり評判にならなかったようです。現在では、モーツァルト宿命の調性と言われるト短調で書かれた厳粛で悲劇的な第一楽章ゆえに有名になっているこの作品ですが、気楽で楽しい音楽を求めていた当時の多くの愛好家にはちょっと敬遠されてしまったのかもしれません。 また、当時はピアノ四重奏というジャンルは完全に未知の領域であり、一般に馴染みのない編成だったことも原因だと思われます。ピアノ、ヴァイオリン、チェロによるピアノ三重奏は既にハイドンによって開拓されていましたが、それにヴィオラを加えたピアノ四重奏は全く新しい分野でした。

確かに楽譜の発売当初は評判にならなかったようですが、モーツァルトの死の翌年、ベートーヴェンがウィーンに移住した頃(1792年)には、大人気の曲になっていたようです。ベートーヴェンはその頃の手紙に「どこの家に行っても、みんなモーツァルトのト短調のピアノ四重奏曲を弾いている」と書いています。

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革命で時代が大きく変わり、芸術はロマン的な方向に向かい始めていましたから、この古典派の枠組みから大きくはみ出した音楽が受け入れられる素地が社会に出来上がってきていたのでしょう。ちょっとだけ早すぎた曲だったんですね。

ホフマイスターはちょっと失敗しましたねえ。ぐっとこらえて何も言わなければ、予定通り書いてくれてその曲も人気になったかもしれないのに...でも、商売人としては無茶な冒険もできませんし、難しいところです。

この当時(ウィーン時代)のモーツァルトは天才的な創作力がとめどなく溢れ出るかのような勢いで作曲していました。当然このピアノ四重奏曲も、作曲技法的にも精神的にも非常に高度な仕上がりです。

モーツァルトのト短調作品はどれも暗いパトスに満ちていますが、この作品もその例にもれません。高い緊張感と烈しさで貫かれた第1楽章はアインシュタインが「運命のモチーフ」と呼んだ強烈なモチーフで始まります(ベートーヴェンのように...)。この冒頭の決然たるモチーフが楽章全体を支配して、緊密な構造を作り上げています。展開部の動機労作は非常に精緻で、対位法の技術も駆使されています。楽章の終盤の一瞬の浄らかさは非常に印象的です(動画の9分25秒あたりからのことを言ってます)。演奏してると鳥肌の立つような凄い場面です。

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一楽章とは対照的に穏やかな第2楽章が続きます。変ロ長調で書かれてますが、どこか哀しみの気配が漂うモーツァルト独特の音楽です。第3楽章も長調で書かれていますが、やっぱりいつもどこかに翳りが感じられます。この楽章の展開部も主題労作や対位法の技法を駆使して緊迫感を高めていきます。その高まりが頂点した後の意表をつくいきなりの転調が凄いです(ト長調の属七→変ホ長調の主和音・えっ?  3楽章の動画の6分40秒あたりからの部分です。)。全曲は力強く結ばれます。






♠️ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 KV493

ピアノ四重奏曲第1番ト短調と第2番変ホ長調の関係は弦楽五重奏曲ト短調とハ長調の対照関係とよく似ています。明るい/暗い、楽しい/悲しいという単純な対照だけでなく、短調作品での内側に向かって集中してゆく感じに対して、長調作品には外に向かって開け、豊かに拡大していくようなところがあります。ピアノ四重奏は、ピアノ三重奏にヴィオラを加えて内声を豊かにふっくらさせたことが、そのサウンドの大きな特徴でもあり、同時に第2番の四重奏の大きな特徴でもあります。冒頭部分の肉厚で堂々としたサウンドの豊かさはどうでしょう!変ホ長調特有のふっくらと肉厚な豊かさが非常に生きています。ぼくは「変ホ長調」と言われて反射的に真っ先に思い浮かべるのはモーツァルトの交響曲39番、魔笛序曲、ピアノ協奏曲22番、ケーゲルシュタットトリオやこの四重奏の冒頭部分のサウンドだったりします。ベートーヴェンのエロイカ交響曲は変ホ長調の代表選手ですけれど、ぼくの場合はエロイカよりも先にまずモーツァルトの変ホ長調作品が浮かびます。皆さんはどうでしょうか。変ホ長調と言われて最初に思い浮かべるのはどんな曲ですか?

第2楽章はモーツァルトには珍しく変イ長調(フラット4つ)で書かれていて、その独特な色合いが特徴です。変ホ長調からフラットがひとつ増えただけでこんなにも微妙で複雑な色合いになるんですね。調性の不思議。

この作品全体からぼくが個人的に強く感じるのは強い「ロココ性」です(その点が第1番と大きく違うところだと思っています)。最上級に磨かれた軽やかさと遊戯性は本当に魅力的です。モーツァルトは若い時にロココ調の作品を多く作っていますが、絶頂期の磨き抜かれた技術で紡がれるロココは素敵すぎてため息が出ます。

動画もおすすめCDもフォーレ四重奏団の演奏を挙げておきました。彼らは「常設」のピアノ四重奏団です。ピアノカルテットの「常設」ってのがまず珍しい。おもしろい。ぼくは彼らの日本公演もミューザ川崎まで聴きに行きました。その時にモーツァルトの四重奏第1番もナマで聴きました。あのコンサート、素晴らしかったな〜。

👇の動画も最高ですので、ぜひ。


おれはシューマンのピアノ四重奏曲のAndante cantabileの楽章が死ぬほど好きです。







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