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Remix 文化

文 yk2(Yukako Horikiri)

先週、あるアーティストの個展を見にいった。

Kour Pour
イラン系イギリス人の父を持ち、現在ロサンゼルスを拠点に活動しているアーティストである。
このように多国籍なフィールドで活動している彼の絵は不思議な印象を受けた。
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文化のリミックス**
彼の絵画には絵画史における様々なイメージの参照が見られる。
(解説引用)ペルシャのミニチュア絵画や浮世絵、アメリカの抽象表現主義、東洋の山水画
それらがリミックスされてひとつのキャンバスに乗っている様子は見慣れたシンボルだが新鮮に映る。

また、この絵画を見ていると現代からどんどん過去へと思いを馳せていってしまう。下の絵を見て見てほしい。
左側には、葛飾北斎の富士のように見える絵画が並んでおり、その下に象形文字のようなシンボルが並んでいる。
右上の多くを占めるのは波紋型で、絵画の下半分は何か城のようなものと具象・抽象のシンボルがたくさん並んでいる。

 このようにシンボルが一同に会と、現在に至るまで長い歴史は少し違った形で同じように繰り返しているのだと感じさせてくれる。
 先史時代から人は何かを描いてきたわけだが、目に見えている世界を自分の意識に取り込むために絵に起こす。それは最初は抽象的な形で描かれ、のちに汎用性を持たされ文字になる。
 絵を描くとき、私は、私たちは、人間は何かを意図しているのであり、それは歴史を辿ればコミュニケーションを図るツールに結びついているのではないか。

またそれは不思議な色彩をしていた。私たちが色彩に抱くイメージと、シンボルが一致していないからだろうか。

色は文化を表現するツールになる。絵画に色が用いられた歴史は長いが衣類の染色などに比べ、発色させることが容易であった。衣類には大量の水を使って色をつけるため、どうしても薄まる。衣服にプリントができるまでは、美しく発色させるために大量の労力を要した。絵の具は衣類に比べて自由も利き、様々な色を作れた。美しく貴重な色を表現し、移り行く自然をこの手に止めようとした。

解説にはこうある。

(解説引用)文化の交わりを芸術的な革新性を導くものとして提示するとともに、ただひとつのオリジナリティが存在するという考え方を攪乱しようとしています。

そうだ、文化はアートと違って匿名である。社会という一つの塊がなければ文化は生まれない。各々の時代、芸術家たち個人に目を向ければ個性が見えるが、一歩引いて時代や、ムーブメントを見ると文化が見えてくる。個人的な営みが文化の一部にの中に位置付けられた時、歴史という大きな塊に精神を接続させることができるのだろうか。

参照
http://theclub.tokyo/ja/exhibitions/kourpour/

Kour Pour Returnee
The Club
GINZA SIX 蔦屋書店にて
6.12まで開催中。

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