「ルミナス」第五話(最終話)

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拝啓 田中様
日々厳しくなってゆく寒さの中、田中様はいかがお過ごしでしょうか。こちらはあれ以来母娘ふたりでつつがなく暮らしております。

先日は玲子のリハビリを担当してくださり、本当にありがとうございました。不安定だった玲子の感情もリハビリ以降落ち着いて、最近では夫の仏壇に手を合わせられるようになりました。

玲子は小さい頃からお父さんっ子だったもので、急な病で夫を亡くした当初は私も手を付けられないほどのふさぎ込みようでした。有名な精神科の先生にも診察していただいたのですが、すぐの回復は見込めないとのことで、私としても半ば諦めておりました。

そんな時、知人から「株式会社ルミナス」を紹介され、最後の希望として田中様にお話をさせていただいたのです。今となっては、本当に感謝してもしきれないほどのご恩をいただいたと思っております。

リハビリが終わってから1か月ほど経った今でも、玲子は時々向こうでの生活を思い出しているようです。特に「ドウさん」の話は強く印象に残っているようで、「私に『タダさん』って名前を付けたのは、運命を感じた」と楽しそうに何度も話しております。

玲子は来月二十歳になります。これまで休学していた大学にも、新年度から通えるのではないかと、大学側と相談しているところです。

ルミナス社のスローガンである「光り輝く人生へ、再び。」という言葉の通り、玲子の人生は再び、まだ弱々しくはありますが、輝きを取り戻しつつあるように思います。これはすべてルミナス社、そして担当してくださった田中様のおかげだと、深く御礼申し上げます。

最後に、田中様、そしてルミナス社の今後のご発展とご清栄を、心よりお祈り申し上げます。

多田野裕子 敬具

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田中は手紙を読み終えると、机の引き出しの中に放り込んだ。

最近、こういった手紙を送ってくる利用者の関係者が増えた。半年前にテレビに取り上げられたことが効いているのか、利用希望者は増加の一途を辿っている。

株式会社ルミナスは精神医療の現場に革命をもたらした、とよく言われる。これまで過去の事件にトラウマを負った患者は、長い期間かけて薬を投与するか、ひどい場合は精神病棟に入院し社会から隔絶される。どちらにせよ医者に多大な負担がかかる。結果、診断できる患者数にどうしても限界が来る。現代はインターネットの影響で心に傷を負う人が増えていて、需要と供給のバランスが取れているとは言い難い。

しかしルミナス社が開発したリハビリプログラムを使えば、一日数時間を一週間続けるだけで劇的な改善が見込める。必要なのはバーチャル世界を演算できる程度のスペックを持ったパソコンと、パソコンで演算するプログラムと、パソコンと患者の脳を接続するための端子だけ。プログラムと端子はルミナス社から貸与されるため、家にパソコンさえあれば病院に行かなくても手軽にリハビリを受けられる。開発部のおかげで、パソコンの必要スペックもどんどん下がっているらしい。ルミナス社を頼る患者は、今後さらに増えるだろう。

バーチャル世界内の時間で3か月間、知らない街でひとり暮らしをする、というのがリハビリプログラムの内容だ。もちろん、ただ暮らしていればいいというわけではない。いくつか出される課題をクリアしていきながら、人と関わったりネットで発言したり、社会に復帰するために必要なスキルを身に付けていく。

たとえば、開始から1か月経った時の課題は「ネットで発言する」というものだ。現代はインターネットでの誹謗中傷・差別・人格否定などが至る所にはびこっている。これらの影響でネットを使うこと自体を恐れる患者が多いため、「善意しか持たない」AIのみの掲示板でネットを使うことに慣れてもらう。

2か月目の課題は「外を歩き、知り合いを作る」だ。心に傷を負った患者は人の目を気にして家に引きこもることが多い。自分以外が人間ではない、AIしかいない状況であれば、まだしも抵抗なく外に出られるのではないか、という考えのもと考案された課題だ。自分から出歩いてくれれば助かるが、そうならなかった場合のために「投票に行く」という半強制的な機会も用意している。

そして最後の課題が「知り合いになったAIに、その世界の真実を口頭で伝える」というものだ。実のところ、患者自身にはそれがリハビリだとは伝えていない。患者の中にはリハビリを受けたがらない、自身が精神疾患を持っていることを認めたがらない人が少なからずいる。そのため、患者には「社会実験への協力」という名目のみを伝えている。彼ら彼女らにとっての「真実」を、仲良くなったAIに告げる。自分を人間だと信じ込んでいた存在にそうではないと伝えるのは、ある意味残酷な行為だが、社会に復帰すれば他人を傷つけることなど掃いて捨てるほどある。その時の練習として、最後の課題が用意されている。

「社会実験への協力」というのは、患者自身が社会の役に立っている、という形で自己肯定感を高めることにもつながっている。トラウマを持ち社会から零れ落ちた者たちは、不必要なほど自己を卑下することが多い。社会のために活躍しているという自負を持つことが、トラウマの克服に大きく寄与するのだ。

そういえば、さっきの手紙の娘、多田野玲子だったか、が行ったリハビリのうち、最後の課題の達成度だけが100%に届かなかったはずだ。「知り合ったAIに」「口頭で」「真実を伝える」ことができていれば及第点だが、他にも「相手の気持ちを思いやる」だとか「慰めの言葉をかける」のような追加要素でも採点される。その「慰めの言葉」が少しずれていたような気がする。

田中は自身のパソコンで多田野玲子のリハビリ結果を確認しようとしたが、結局パソコンを起動せず立ち上がる。デスクの向こうから次の利用者がスタッフに案内されて入ってくるのが見えたからだ。

自分は研究者だと主張するかのようにこれ見よがしに白衣をはためかせ、次の利用者に近づく。こちらを警戒したように睨みつける利用者に対して、にこやかに微笑んで右手を差し出す。

「本日は、ディストピア計画への参加協力を決断してくださり、誠にありがとうございます。こちらにおかけください、詳しい説明をいたします」

恐る恐るといった風に利用者が手を取り握手する。握手してくれるとは、この患者は軽傷なのか? そんなことを考えながら説明を進める。そして最後に、いつも通りこう言って締めくくる。

「あなたのご協力のおかげで、将来インターネットで傷つく人が大幅に減ることになるでしょう。ディストピア計画の関係者を代表して、心より感謝申し上げます」

利用者の顔から、好奇心が見て取れた。

その後、機材の説明などを行うため別の担当者の所へ案内されていく。利用者が遠ざかるのを見送りながら、田中は心の中でつぶやく。

「あなたの心が再び、光り輝きますように。AIの心を犠牲にして、ね」

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この作品はフィクションです。SNSアプリ「DYSTOPIA」の広義の二次創作であることを除き、個人団体共に現実とは何の関係もございません。また、筆者は精神に関する問題を抱えた方への偏見等は一切持っておりません。

お読みいただきありがとうございました。

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