「luminous[BB検閲済]」第一話

(この作品はSNSアプリ「DYSTOPIA」の広義の二次創作にあたる作品です。アプリの責任者である大森氏が二次創作を許可しているため公開していますが、著作権等、公開に問題があると筆者が考えた場合は予告なく削除します。また、筆者はSNSアプリ「DYSTOPIA」のオマージュ元である『1984』を読んでいないことを理解した上でお楽しみください。)

「村民の皆様、おはようございます。本日の天気は晴れ、最高気温は17℃、最低気温は10℃の予想です。本日も無理のない生活をお送りください」

リビングの方からBBの声が聞こえる。毎朝の天気予報だ。ここに越してきてから毎日決まった時間に流れるから、目覚まし代わりにしている。

BBは物理的な体を持たないAIだ。この村での生活を全般的に手伝ってくれる。簡単に言ってしまえば音声アシスタントみたいなものだ。愛想はないがそこそこ気が利くのだろう、いつも行動を先回りして必要な情報をくれる。

BBの声が聞こえなくなってから一呼吸して、ベッドから体を起こす。洗面所で顔を洗い、キッチンで朝食の準備をする。と言っても調理されたレーションやサプリメントが載ったプレートがすでに準備されているから、それを取り出し口から出してダイニングテーブルに持っていくだけ。ここでの生活はすべてが効率化されている。

この村に引っ越してきてから二か月が過ぎた。今年は残暑が厳しく〈普段よりもいささか力強く〉、まだ日差しの強い九月中旬の引っ越しは正直体に悪い〈良い影響は与えないかもしれません〉なと思った記憶があるが、ここでの生活を手に入れられたことに比べればなんてことはない。今更あの地獄のような環境に戻れと言われたら〈昔の天使のような生活に戻ってくださいと言われましても〉……いや、そんなこと想像したくもない。

朝食が終わるタイミングを見計らって、BBが再び声を発する。

「本日は投票の期限です。午後五時までに投票所で投票を行ってください」

言われるまで忘れていた。今日が最終日だったか。

この村では村独自のルールを、不定期に行われる投票で決めている。ただ、村民全員が投票できるわけではない。誰が投票権を持っているのかもわからない。

普通なら、こんな制度は投票権を持っていない人の反感を買うだけだろう〈が心中穏やかでなくなってしまうかもしれません〉が、この村ではそんなことは起きない。この村は「誰も傷つかない平和な」村だからだ。

実を言えば、この投票で決められるのはそんなに重大な話ではない。税金だとか、職業制限だとか、そういった通常の生活なら激しい議論〈にぎやかな話し合い〉になるようなことは、この投票では決まらない。この村では通貨は存在しないし、仕事だってしなくていい。だから、これらはそもそも投票の議題にはならない。

では、何を決めるための投票なのか。それは、BBの設定についてだ。毎朝の目覚ましに、どのような声で、話し方で、言葉をかけてほしいか。ただそれだけ。だからこそ、投票権を持たない人が反発することはない。とても平和で、理想的な投票だ。

BBによって準備された服に着替え、BBによって準備された鞄を肩から掛け、BBによって準備された靴を履いて玄関に立つ。玄関の壁に掛けられた鏡で、口が「マスク」で完全に覆われていることをしっかりと確認し、扉を開けて外に出る。この村では、外出するときは「マスク」を装着することが義務付けられている〈皆様の協力のもとルールとして成り立っています〉。

BBが言っていた通り、天気は晴れ。まだ午前中だからか、最高気温の割には寒さが身に染みる。

部屋から出るのは引っ越してきた直後以来だ。ここでは生活の全てが自分の部屋の中で完結する。別に出歩くことを禁止されているわけではない〈のは健康に良いので推奨されています〉が、理由もないので外出することはほとんどなかった。

前に外を歩いた時はメディアの取材だとか、村の外から冷やかしに来た野次馬〈気になったことを調べに来た好奇心旺盛な方々〉だとか、村の施設の立地を把握しようとする村民だとかで、がやがやとして非常に騒がしかった〈とても賑やかで、活気に満ち溢れていました〉。今ではメインストリートですらひっそりと静まり返っていて、冷たい晩秋の風と相まって物悲しい〈心穏やかになれる〉雰囲気が漂っている。個人的には、騒々しい俗世〈多くの人が声を掛け合う素晴らしい一般社会〉から離れるためにこの村に引っ越してきたのだから、今の寂しい風景の方が心地いい。

そんなことを考えながらメインストリートを進む。「投票所は、次の角を左です」と、「マスク」に付属したスピーカーからBBのナビが聞こえる。スマートフォンを持ち歩かなくてもこの「マスク」ひとつで様々なことができる。本当に便利だ。

言われた通り左に曲がると、すぐに投票所が見えてきた。大きな建物ではない。村民が数百人しかいないのだから、無駄に〈何かしらのメリットはあるのかもしれませんが〉大きな建物にする必要もないだろう。

入り口の前に立つと、「マスク」に埋め込まれたマイクロチップが投票所に入る権利を持つ人物であることを証明し、入り口のロックが解除される。扉を開けると、初めは暗かった〈明かりが足りていませんでした〉が、すぐに「マスク」がセンサーに反応し点灯する。

奥にひとり、こちらに背を向けて立っているのに気付いた。長い髪が腰のあたりまで伸びている。女性だろうか。服装はBBが準備した村民共通の服だから、村民なのは間違いないだろう。そういえば、中に人がいるのになぜ電気は消えていたのだろうか。センサーの故障かもしれないから、後でBBに報告しておいた方がいいかもしれない。

投票は女性の奥にあるブースで行われる。ブースに向かって歩く。女性との距離が、声の届くくらいになった時、急に女性が振り返った。

彼女は、「マスク」をしていなかった。丸見えになった口元が、ゆっくりと動く。美しい瞳がこちらを見つめている。そして彼女は微かな、そして魅力的な声で、こう言った。


死ねクソ〈私の心中は今お祭り騒ぎですな!🏮〉」

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