桃
私はすごく悪い奴なのに、とてもやさしい人の家にいた。一人は眠っていて、もう一人は陽が出始めた街へ散歩に行った。私の家じゃないのに、起きているのは私だけだ。
今日のことを全部覚えておくのはとても難しいと思いながら1日が始まった。
友だちの家にはカーテンがなくて、起きると昼のような明るさに照らされる公園が目に入る。
友だちは既に結婚していて、パートナーと暮らしている。初めて会ったとき、パートナーの人は「○○さんのパートナーです」と挨拶し、夫とも妻とも家内とも使わないその表現に、良い人だなあと思った。
家は、東京から少し離れたところにあり、この家に遊びに来るのは本当に小さいけど旅行だった。
旅行というと必然的に週末だから、2人のことは日曜日だ、と思う。海で波をよけながら「明日は仕事だね」と言うと、「ね」と言われ、あるんだ、平日‥と思った。
麻雀を朝の4時くらいまでずっとしていたけど、友だちは一番乗りに寝てしまって、だから一番に起きて、昨日買った桃を2玉剥いてくれた。
「人が剥いてくれた桃が一番美味い」ということで、負けた人が桃を剥くと言っていた。その賭けは忘れていたけど、本当に友だちは負けていたから、結果的に成立した。
果物は冷やしすぎると甘さが落ちるけど、桃は半日ほど冷やしただけだからすごく甘かった。
桃を食べていたら、「今日どうしよっか」と聞かれて、さまざまな選択肢が出された。私は
「海に行きたい」
と言った。朝、パン屋さんに寄って、友だちの運転で海に行くことになった。
きっと知らないと思うけど、私がこんな風に、自分が思っていることを言えて、話さない選択をして、車で眠ったりしてしまうのはとても珍しいこと。
こうなるのに、3年かかった。
「今日、足立区で花火大会あるんだよ。浴衣の人を昼間から見た」
「へえ、素敵だねえ」
「浴衣の着付けできる?」
「浴衣なら、ギリギリ」
「なんで?」
「YouTubeで見て、覚えた」
「なんで?」
「夏祭りに、浴衣を着て行きたかった」
目を覚ましたら駐車場の草むらが見えた。海は意外と草も生えている。
初めて草原に立ったような気持ちで、思い出したくないことを思い出して悲しくなった。
どうしてこんなことになったんだろうと思った。友だちは、何も悪くない、これで良い、きっと忘れられると言った。私も、仕方ないと思った。
風が冷たかった。自分の家に帰ってから、友だちに桃の剥き方を聞いた。
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